空き時間に、差し入れの返礼品の準備
十二月七日。定例会議当日の午前中。
松永大佐から、自分とマオ少佐には待機(実質休暇)が言い渡された。
マオ少佐は朝食を取るなり、昼まで寝ると言って、部屋に戻った。
自分は暇になったので、サイとティスに渡す品を作る事にした。ちなみにこれは、サイのリクエスト品だ。
購買部に向かい、品物を購入した。
購入したものは、パプリカ、コリアンダー、クミン、ナツメグ、オレガノ、ブラックペッパー、ローレル、シナモン、カルダモン、オールスパイス、クローブ、カイエンペッパーなどを始めとした十種類以上の香辛料と、海鮮系の粉末出汁と岩塩だ。
さて、分かる人には分かるだろう。自分が作ろうとしているものは、カレー粉である。
ターメリック(聞き慣れない人には『ウコン』と言えば解るかな?)を使わないので、邪道(もしくは、ターメリック抜きはカレーじゃない)と言われるかもしれないが、向こうの宇宙には『ターメリックの代用品となる香辛料』が存在しなかった。
向こうで作っていたカレーは、刻んだトマトと赤ワインを使っていたので、ルーの色は結構赤い。
そもそもカレー粉は、十種類(もしくは数十種類)以上の香辛料を配合して作る。日本で販売されているカレー粉には、塩と出汁が含まれているが、こうして自作配合するものには含まれていない。なので、海鮮系の粉末出汁と岩塩を追加する必要が有る。出汁と塩は個人の好きなものを使えば良い。海鮮系の粉末出汁と岩塩は自分の好みだ。
意外かもしれないが、サイはカレーが好きだ。理由は有るよ。
無人島での訓練で、カレー粉が重宝されていた。肉にも、魚にも、野菜にも使える、ミックススパイスなので、サイ以外にも、無人島訓練を行うものは必ず持って行く。
辛さを求める人は、カイエンペッパーか、粉末唐辛子を追加で使う。
サイ用のカレー粉にはカイエンペッパーは使わないが、ティス用には必要だ。二人とも人と会う機会が多いので、体臭(と言うか口臭?)を考えてニンニクは使えない。けれども、辛さを追加する事は出来る。
サイは辛いのが少し苦手で、ティスはピリ辛系が好きなのだ。
ティスの分までカレー粉を作っているのは、『流石に一国の王のティスに、冷凍食品を渡すのは駄目だろう』と、心の中の最後の良心が囁いた結果だ。
ティスから貰った酒樽は『状態維持の魔法を掛けた状態で、余裕が有る時に送り返して』と言われた。酒造に関しては、余り知識を持っていない身なので、ティスの指示に従い、既に送り返している。
厨房でカレー粉の調合を行う。サイに渡す分は数本の小瓶に分けて入れ、ティスに渡す方は大きな瓶一本に入れる。個人で使う用も作ったよ。香辛料の配合はサイと同じなので、作るのは楽だ。
サイに渡す方を小瓶にしたのは、前述の通り、無人島訓練に持って行くからだ。ティスはそんな訓練を行わないし、料理は城の料理長が作るので、大きな瓶一つで良いのだ。
味の確認の為に、少量のみじん切りにした玉ねぎと挽肉を具材に使い、分けていた二種類のカレー粉で、二種類のカレーを小鍋で少量作る。どちらも一人前程度だ。
食堂に常備されているパンに、作ったカレーのルーを掛けて食べる。
……サイに渡す方は大丈夫だが、ティスに渡す方はちょっとカイエンペッパーが少なかったかな? でも、辛すぎても駄目だから、これで良いな。
味見完了。それぞれの瓶に状態維持の魔法を掛け、お酒とジュースを貰った時の籠に入れて、端末に仕舞う。
「おう、何やってんだ?」
端末に籠を仕舞った直後、マオ少佐が厨房に顔を出した。時計を見て時間を確認するが、まだ十一時にもなっていない。
「カレー粉の調合です。これは味見用です」
「……カレー粉の、調合? それ以前に、厨房を使って良いのか?」
「厨房の利用許可は松永大佐から取っています。材料は自分で購入したものです」
「こっちの購買部も色々売ってんだな」
感心したマオ少佐は厨房に入り、自分の傍にまでやって来た。出来立てのカレーが入った小鍋を覗き込む。
「これ、本当にカレーなのか? なんか赤いな」
「ターメリックを使っていないので、色はちょっと違いますね」
小鍋を覗き込み、カレーを見たマオ少佐の感想に、少しだけ感心した。てか、マオ少佐はカレーを食べた事が有るのか。食べた経験が無ければ、こんな感想は出ないか。
「はぁ~、そうなのか。味見用って言っていたよな? 食っても良いか?」
「良いですけど、パンしかないですよ?」
「それでいい」
用意していたパンを一切れ、マオ少佐に渡す。マオ少佐は受け取ったパンに、カレーのルーを少し垂らして齧りついた。
「もうちょい辛さが欲しいが、美味いな」
「そっちはカイエンペッパーを入れていないので、辛さは控え目です」
カイエンペッパー入りの小鍋を指差すと、マオ少佐はこちらも同じように食べた。
「少し辛いが、こっちも美味いな」
出身通りに辛い味付けが好きなのかと思いきや、返って来た感想は意外だった。中華系の人は辛いものを好みそうだと思っていた。
「辛いですか?」
「そこまで辛くはない。個人の好みの範疇だな」
感想を口にしながら、マオ少佐は二人前のカレーを平らげた。昼食まで一時間以上も時間が有るから大丈夫だろう。
「美味かったぜ」
「お口に合って良かったです」
小鍋は食洗機に入れてしまえば、洗う手間は無い。カレー粉の調合に使ったものを片付けて行く。
「食っといてアレなんだが、何でお前はカレー粉の調合なんて始めたんだ?」
「個人で貰ったものの返礼品です」
「返礼品にカレー粉? 大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。前にも渡した事があります」
マオ少佐の質問に回答しながら、ルピナス帝国にいた頃を思い出す。
当たり前の事だが、向こうの宇宙にカレー粉は存在しなかった。
似たようなミックススパイスは見つけたが、肉と魚の臭み消し用だった。臭み消し用なので、ミックススパイスと言っても、最大で三種類しか使われていなかった。
また、香辛料の扱いは『隠し味』程度で、一つの料理に最大で二種類しか使わない。
カレー粉を他人に紹介した時、異端扱いされた。個人で作って食べるものだからと、異端だの、邪道だの、そんな意見は無視した。布教活動は行わなかったが、興味本位で食べた人からは高評価だった。
先々代の皇帝は辛いものが好きで、カイエンペッパーを多めに入れたカレーを作ったら、大喜びで食べた。
「ただ辛いだけのものは古い。複雑な味わいこそが、王道だ」
などと、先々代皇帝は食通じみた事を言った。
辛さはそのままに、先々代皇帝は十日ごとに微妙に香辛料の配合を変えたカレーを食べていた。一度に三人前ぐらい食べるから、料理長に泣き付かれて、結構な量のカレーを一緒に作っていたんだよね。
皇帝が食せば、貴族は興味を持ち、平民階級にもカレーはあっと言う間に浸透した。
辛さの調節が可能で、余った野菜と肉で、簡単に大量に一品作れると言うのが、主婦(もしくは主夫)層を中心に根強く支持された。
特に軍部からは『どんなものにも使える簡単な調味料だ』と、割と高評価だった。
唯一解せない事は、『カレーは自分が開発した料理』と扱われて、特許を取得する事になった。
余分な事まで思い出してしまい、暫しの間、無心になった。どうして、『ああ』なったんだろうね。
使った道具を片付けて、己の分として作ったカレー粉は冷蔵庫に仕舞う。
厨房内の掃除を軽く行い、部屋に戻ろうとしたが、マオ少佐が未だに厨房にいた。そして何故か自分を観察している。
「お前さ、アイザワモミジって名前は、聞いた事は有るか?」
「誰ですか?」
マオ少佐にどうしたのか尋ねたら、そんな質問が飛んで来た。うん、誰の名前だよ?
「知らねぇなら良いけどよぉ……。あの野郎は髪型を元に戻すし、そっくりなガキは見つかるし、日本支部はどうなってんだ?」
「? ? ?」
何一つ意味の分からない事をマオ少佐が呟きだした。
その呟きのせいでマオ少佐は、背後の忍び寄る足音が聞こえなかったらしい。
「マオ少佐」
「なんでぇ?」
「後ろを見て下さい」
「……後ろ?」
マオ少佐は自分に言われた通りに後ろを見て、大量の脂汗を掻き始めた。
「松永大佐。会議は終わったんですか?」
そう、マオ少佐の後ろに立っているのは、松永大佐だ。マオ少佐が声にならない呻き声を上げた。松永大佐はそんなマオ少佐を無視して、自分の質問に回答する。
「今日の午前中は新入り三人の全体の流れを教える以外の事はしない。午後からは先月と同じだ。マオ少佐はここで何をしているんだ?」
「水を飲もうかと思ったんだが、スゲェ臭いがしたから、確認する為に厨房に入った」
「星崎は厨房で何をしていた?」
「カレー粉の調合です。配合が合っているかの確認を行う為に、少量のカレーを作りました」
「……そのカレーはどうした?」
「マオ少佐が完食しました」
松永大佐からの質問に正直に回答しただけなのに、マオ少佐が狼狽え始めた。だが、松永大佐はマオ少佐に片手を振って制して、後ろにいる面々に向かって声を掛けた。
「だそうだ。佐々木中佐、井上中佐、どうする?」
「いや、どうもなにも、なぁ?」
「そうだよな。マオ少佐が食べて残っていないんじゃ、仕方がないですよ」
松永大佐が声を掛けた相手は、カウンターの向こう側に立っている佐々木中佐と井上中佐だった。思わず時計を確認したが、まだ十一時半を過ぎたばかりだ。
カウンターに近づくと、中佐コンビに話し掛けられた。
「昼はここで食べる。月面基地に移動する前に、星崎に声を掛ける機会が無かっただろ?」
「そうだ。松永大佐から『そう言えばいないな』みたいな事を言っていたって聞いた。まぁ、ほぼ毎日のように来ていたから、勘違いさせたのかもしれないが」
中佐コンビにそう言われて、今月の頭に、確かにそんな事を言ったなと思い出す。
カウンター越しに二人と軽く話し、昼食まで時間が少し残っているのでお菓子のリクエストを聞いた。二人揃って『プリン!』と返答を貰った。カラメルソースは『底に入れて欲しい』と言われた。
三十路半ばの男性がプリンを所望する。突っ込むのは止めよう。
冷蔵庫の中身を確認し、卵と牛乳を取り出す。基本的なプリンは、卵と牛乳と砂糖で作れる。少ない材料で作れるのがプリンの利点だ。
ササッと材料を混ぜて、温めた器にカラメルソースと卵液を注いで、オーブンで湯煎焼きにする。
オーブンの前から離れて、食堂に移動した会議から戻って来た大人達の会話に混ざった。




