やる事をやって二人は帰った
三人で認識阻害眼鏡を掛けて試験運用隊が保有する区画に戻り、そのまま食堂へ向かった。
食堂につき次第、冷蔵庫に入れていたサイから個人的に貰ったロールケーキと二種類のタルト類を取り出し、別のところから大皿とナイフとフォークも三人分取り出す。大皿にロールケーキとタルトを一カットずつ乗せ、テーブルに並べる。
合わせるお茶は、ツクヨミの購買部で購入した茶葉を使った。セタリアから貰ったものを使うと、セントレアが恐縮してしまうので、普通の茶葉を使用する。ティーカップは無いので、代わりにマグカップを使う。
マグカップをテーブルに並べながらセントレアに謝る。
「さっきはごめんね、セントレア」
「……言われ慣れているから良いわよ」
セントレアは鼻を鳴らしてそっぽを向いた。怒っているのが丸判りの反応だ。
ここに来るまでは大人しかったけど、セントレアは高橋大佐に一撃叩き込めなかった事を根に持っている。
「本当にごめんね。お詫び代わりになるか怪しいけど、良かったら食べて」
ロールケーキと二種類のタルトを乗せた大皿をセントレアの前に置き、ナイフとフォークを手渡す。大皿に乗ったタルトを見たセントレアはギョッとして、ナイフとフォークを危うく床に落とし掛けた。
「食べてって、これ高級老舗菓子店の器焼きじゃない! しかも、注文しないと作ってくれない幻の一品!」
セントレアが言っているのは、柑橘のタルトの事だ。
使用している柑橘の入手が極めて難しく、店舗で安定した供給が出来ない事から、完全受注生産品となっている。値段も使用している材料に見合ったものだ。
皇帝が主催するお茶会でも、ごくまれに提供される一品だ。『皇帝主催のお茶会でこのタルトが食べられたら幸運が訪れる』と言う、謎のジンクスが発生しているので、一部からは『幻の一品』と言われている。
ちなみに、器焼きと言うのは、向こうの宇宙でのタルトの呼び方だ。パイ生地を器のように使う事から付いた呼称だ。
「昨日サイから焼き菓子と一緒に貰ったの。お茶はこっちで買ったものだよ」
「そうじゃない。そうじゃないのよ」
セントレアが頭を抱えている。焼き菓子が問題なのは何となく想像に難くない。
「お茶はミンティローズの方が良かった?」
「……それがいきなり出て来たら、心臓が止まるわよ。と言うか、どこで手に入れたの?」
予想は的中していた。ミンティローズはハーブティーの中でも最高級品に当たる。ルピナス帝国帝城で提供される来客用のお茶よりも、出来栄えによっては高いお茶だ。
そんなお茶なので、一言も無く出されたらセントレアが戦々恐々とするぐらいには、滅多にお目に掛かれない一杯だったりする。人によっては、一生の内に一度でも香りを嗅げれば良い一杯と言われる。
そんなお茶だから、イギリス副支部長の舌を騙せたんだよね。
「セタリアからの差し入れ品に混ざっていた」
「陛下からの頂きものなのに、私が飲んでも大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。ミンティローズのお陰で、日本支部にとって有利な状況になった時も在るし」
「どんな状況よ、それ……」
セントレアは額に手を当ててため息を吐いた。そして、天井を数秒間眺めてから、ナイフとフォークを手にとり、タルトを切り分けて口に運んだ。諦めが付いただろうけど、セントレアが最初に食べたタルトはチョコレートの方だった。流石に柑橘の方を最初に食べる勇気は無かったか。でも、チョコレートタルトを美味しそうに食べているから、機嫌は直ったか。
一方、フラガは黙々とロールケーキを食べていた。気に入ったのか、尻尾が元気よく動いている。
二人の反応を確認してから、自分も柑橘のタルトに手を付けた。
地球で言うところのレモンタルトみたいな感じだが、甘みと酸味のバランスが丁度良い。タルト生地にも柑橘の皮が練り込まれているので、タルト生地を噛み砕くと柑橘の香りが口に広がる。
生地にも柑橘が使われているとしつこそうに思えるが、生地とフィリングの味と香りのバランスは絶妙で、ぶつかり合う事は無い。二つの香りが混ざる事で完璧と呼べる仕上がりになっている。
一緒に出したお茶が完全に負けている。ミンティローズだったら釣り合うだろうが、出したらセントレアが困るだろう。
セントレアをチラッと見ると、機嫌良くタルトを食べていた。チョコレートタルトを食べ終えたセントレアはロールケーキに手を伸ばしていた。
そのまま三人揃って無言のまま食べ進める。そう、無言で、だ。
咀嚼音だけが食堂内に響くが、三人ほぼ同時に食べ終えた。
お茶を飲み、一息吐く頃には、セントレアの機嫌も大分直って来た。
使用した食器を片付けて、ティスから貰った、ワイン、リキュール、米酒、果実酒の四種類の酒瓶を出す。
「譲るから、どれか一本選んで」
「良いの? そんな気軽に出して」
「賄賂に使えって、手紙が入っていたから大丈夫。それに、セントレアは麦酒は飲まないでしょ?」
「麦酒は太るから飲まないわよ。それ以前に麦酒も有るの」
「ティスから樽で何個か貰ったの。こっちでは麦酒を飲む人が多いから良いんだけどね」
「そう。それなら、この果実酒を貰うわ」
セントレアは果実酒が入った酒瓶を手に取った。度数は四十度と高めだが、獣人族は総じて酒に強い。これは男女問わずなので、セントレアにちょっと度数の高い酒を渡しても大丈夫だ。
セントレアが酒瓶を収納機に仕舞っている姿を見ながら、フラガにも尋ねる。
「フラガも、お酒いる?」
「不要。器焼きで十分」
「フラガも昨日、高橋大佐に言われたでしょ。要らないの?」
確認を取ると、フラガは頷いた。理由を尋ねると、ティスから貰った中には、欲しいお酒が無いそうだ。念の為に、サイから貰った方も出したが、こちらも同じだった。
お酒の代わりにフラガから、帰ってから食べる用に、ロールケーキをもう一切れ欲しいとリクエストを貰った。ロールケーキを包み、フラガに渡した。
フラガは受け取ったロールケーキを収納機に仕舞った。
食堂でのお茶会を終わらせたら、次に演習場へ向かった。
二人が帰る為では無い。支部長から、フラガと自分の模擬戦の許可を取ったのだ。
久し振りに、初心者以外の相手と模擬戦が行いたかった。
フラガはオニキスに搭乗しない事を条件に了承してくれた。
自分が乗るのはジユで、フラガが乗るのはアゲラタムだ。手にする武装は長剣一振りのみ。
初心者以外との模擬戦は久し振りだ。格闘戦限定で、フラガと模擬戦を行う。セントレアは模擬戦の様子を撮影する担当になった。
近衛のアゲラタムの操縦技量は高い。だが、近衛は皇室守護がメイン業務なので、戦闘機に乗るよりも、銃火器や剣を持った戦闘を行う機会の方が多い。
首都防衛支部は戦闘機に乗る機会が多いので、高い操縦技量を持つものが多い。強襲訓練にて、対人戦も行っているので、個人の戦闘能力も高い。
仕事の範囲を考えると、能力に差が出るのは仕方が無い。
向こうの宇宙では、寿命、種族、異能、生まれた環境、身分、その他、様々な違いが存在する。でも、自身の能力を活かせば、ちゃんと上に行ける仕組みになっている。
その証拠かは不明だが、平民出身のフラガは現在、首都防衛支部長のサイの側近になっている。
フラガが立派な証拠だと、断言出来ないのは……、生まれ持った資質だ。
向こうの宇宙の中堅以上の国家の中枢には、奇人狂人変態変人ドSドМ鬼畜外道が、とにかく多い。
あの時、フラガがドМに覚醒しなければ、『コンプレックスに悩む、当たりの強い男』のままだったのか。謎だ。フラガのご両親が、今の息子の姿を見て卒倒していない事を祈る。
おまけのような情報と疑問を思い出したが思考から追い出し、セントレアの合図でフラガと模擬戦を行う。
模擬戦と言っても、互いの攻撃を紙一重で回避し合うものだ。お披露目の演武のようなものが存在するので、模擬戦も自然とこれに近いものになる。
格闘戦中心とは言え、アゲラタムとジユは人間のように動く。
まさに『ぬるぬる』と言う、擬音が付きそうな動きだ。参考になった機体が搭乗者と一体化するものだったからかもしれないが、それを差し引いても良く動くのだ。
日本支部が保有する戦闘機では不可能な動きでも、アゲラタムとジユは可能としてしまう。
技術力の差としか言えないが、この二機でも参考にした機体に比べると技術面では劣る。
……本当に、先史文明の技術は、一体どこまで到達していたんだろうね。
高過ぎる技術であるが故に、今回の事の原因の『亜種』を、どうやって斃したのか、気にしてしまう。
予想が外れて欲しいところだが、答え合わせは難しい。
現在、セタリア達が調べている。大昔の事だし、下手をすると百万年以上も昔の事だとも言われている、遠い昔の事を調べるのは、至難と言って良いだろう。
地質学のように、土中の成分解析をすれば判明する事では無いからね。
互いが放った攻撃を紙一重で回避し、目まぐるしく立ち位置を変える模擬戦を、セントレアが告げる終わりまで続けた。
鋭いアラーム音が響き、フラガとの模擬戦は終了した。
大きく息を吐き、額に浮かんだ汗をハンカチで拭った。ハンカチの湿り具合で、想像以上に汗を掻いていた事に気づく。息は上がっていないが、疲労が心地良く感じる。
ジユを定位置に戻して降りると、セントレアの周辺に五人の野次馬がいる事に気づいた。野次馬の顔触れは、訓練学校卒のパイロットの人ばかりだ。
特に目立っているのは、瞳を切れ込みを入れた椎茸のように輝かせて、セントレアを質問攻めにしている佐々木中佐だ。井上中佐がセントレアと佐々木中佐の間に入り、時に宥めて、質問を円滑に進めていた。
意外な事に、松永大佐と飯島大佐も混ざっていた。この手の状況になると、真っ先に止めに入る二人が、時々セントレアに質問をしているのは意外だ。
佐藤大佐も近くにいるが、目の前で行われている質疑応答を静かに聞いていた。
思ってはいけないが、甘味が絡まないと本当に、佐藤大佐は真面だな。この落差は何なんだ? いやでも、佐藤大佐と初めて会った時、ナイフをぶん投げて来たよな。
あれ? 元から真面じゃないって事か。甘味が絡むと暴走するけど。
……それにしても、松永大佐と佐々木中佐は馴染むのが早いな。
共にセントレアに臆する事は無い。今朝の事を思い出すと、松永大佐に至ってはフラガとも円滑に言葉を交わしていた。
向こうから人が来たら、この二人は外せないか。
井上中佐は時間が掛かりそうだけど、佐々木中佐を挟めば大丈夫そうだな。見た感じ飯島大佐も大丈夫そうだが、佐藤大佐だけ未知数なのが気掛かりだ。
セントレアを囲んでいる五人の様子を観察していると、アゲラタムから降りたフラガが傍にやって来た。
「人選、やっぱり悩む?」
「悩むよ。たまに発生するバカ騒ぎに付いて行けるか心配だし、何より感覚が違う。『こっちの大事、向こうの些事』だからね。感覚のすり合わせは難しいよ」
「あの失言馬鹿級でなければ、時間を掛ければ行けるとは思う」
失言馬鹿が一瞬誰なのか判らなかったが、少し考えて高橋大佐の事だと察する。
随分な言い草だが、高橋大佐は失言しかしていないので、フォローのしようが無い。
「フラガが首都防衛支部に入った時、すぐに馴染めた?」
「初めて強襲訓練を経験してから少し慣れた。そのあとは、ノリと勢い」
「参考までに……いや、混成編成を一度経験すれば行けるか?」
「陛下に申請する?」
「しないよ。荒治療は時と場合と相手を選ぶからね」
フラガの提案は却下した。セタリアに申請を出したら、『互いを知る良い機会になりそうだし、面白そう』と高確率で許可を出す気がする。そうなったら苦労するのはこっちだからね。却下一択しかない。
質問攻めを受けているセントレアに近づいた。
質問攻めを受けていたセントレアを救出し、松永大佐に会議の進捗状況について尋ねた。他の四人は撮影した映像を見る為に移動したのでいない。
「会議はまだ終わっていないが、アメリカ支部とイギリス支部から佐久間支部長宛のリアルタイム通信による連絡が入った。その対応をする為に佐久間支部長と一条大将が席を外した事で、会議は一時中断となったんだ」
「支部長宛の連絡では、会議の中止は仕方が無いですね」
こんな時にかよとか言ってはいけないんだろうけど、無断侵入されたし、人員を送り込んだと言う連絡をそれぞれの副支部長から受けた以上、支部長が対応せねばならない。一条大将は相談役として一緒に行ったと思う。
これじゃ、会議の一時中断は仕方が無いな。
「星崎。会議は明後日まで行う事になった」
「結局、一日延びたんですか?」
「そうだ。今回の会議限定で一日延びる事になった。支部長と一条大将以外で行った話し合いの結果だ」
「良く延長の決断が出来ましたね。月面基地は大丈夫なんですか?」
上層部の人間を集めた会議が延長になる。
出席者もそうだが、留守を預かる人からすると、嫌がる判断だ。そこそこ階級の高い人間がいないと困りそうな月面基地は大丈夫なのか?
「月面基地には、今日の会議が終了次第、一条大将が向かう」
「あとで一条大将に、一番いいお酒を差し入れても良いですか?」
松永大佐より、大変不憫な情報を聞いた。手元にティスから貰ったいいお酒が有る。一条大将に一本渡そう。
お酒の話題を出したら、松永大佐の目が一瞬泳いだ。何とも言えない顔で、松永大佐が口を開いた。
「その酒なんだが……。星崎、あの酒樽の中身を会議出席者に飲ませても大丈夫か?」
「それは大丈夫ですよ。寧ろ、全部消費して欲しいです」
自分は酒を飲まないし、年齢的にも飲めない。
だからどうやって消費するか悩んでいた。ビール煮を作るにしても限度が有るからね。
ただし、一点だけ確認事項が在る。
「昨日禁酒命令を受けた人はどうなりますか?」
そう、昨日アゲラタムに無断で搭乗して転倒させた五人は、支部長から『会議期間中禁酒命令』を受けている。この五人はどうなるんだろう? お預けか?
皆がお酒を飲んでいる中でお預け。自業自得だけど、可哀想に見えるから不思議だ。
「ジョッキで一杯だけ飲ませる。一杯だけでも飲んだのなら、文句は言わせない」
松永大佐の回答を聞き、フラガが半歩後ろに下がった。セントレアに至っては自分の後ろに移動した。
……松永大佐。そこは『一杯だけ飲めば、文句は言わないだろう』って言うところじゃないんですか? 『一杯だけでも飲んだのなら、文句は言わせない』って、何? 何でフラガが引く程の黒い笑顔を浮かべているの? 等々と、松永大佐に対して、色々と言いたい事が頭の中に浮かんだ。しかし、笑みを崩さない松永大佐を見て『反対派だった』事を察して何も言わなかった。
松永大佐がどうして『一杯だけ』と言ったかは不明だが、今は『作戦が成功で終わった』あとの会議だ。お祝いムードに水を差さない方が良いと判断したのかもしれない。
「松永大佐。おつまみとかは作りますか?」
「それくらいは買いに行かせるから不要だ」
代わりに、松永大佐に必要なものを尋ねたが、不要と言われた。
色々と心配になって来るが、松永大佐が『文句は言わせない』と言ったのだ。何かが起きても、どうにかしそうだ。
そもそも、自分の与り知らないところで決まった事だ。あれこれ言っても意味は無いだろう。
松永大佐に物分かり良く『分かりました』とだけ返した。
松永大佐が会議室に戻る前に、色々と確認をした。
今日の会議の終わりに行う酒盛りの場所は演習場だ。食堂が酒臭くなるからと、松永大佐が却下したらしい。
酒盛りに来る面々は会議の出席者で、使用するグラスやジョッキに、おつまみ類は各自持参させるらしい。
折り畳み式のテーブル類も出さず、床にレジャーシートを敷いて、直座りする。
酒樽を開封する時は、別の樽の上に置けば良いのでこちらは必要ない。酒樽の中身の麦酒は冷えていないが、そこは勘弁して貰おう。
その他、気になる事を松永大佐に尋ねていると、通信機が着信を告げた。勿論、自分のものでは無く、松永大佐の通信機だ。
片手を上げた松永大佐が、自分に背を向けて通信に出た。しかし、通信は一分と経たずに終わった。
こちらに向き直った松永大佐に通信の内容を尋ねる。
「中断していた会議の再開時刻の知らせと、星崎に酒瓶の残数を聞いて欲しいと言われただけだ」
会議の再開時刻は今から三十分後だった。
松永大佐からの要望に合わせて、酒瓶を出して数える為に食堂へ向かう。その道中、セントレアが小声で訊いて来た。
「ねぇ、酒瓶の本数って、貰っても大丈夫なの?」
「セントレア。聞かれたのは本数だよ。それに、麦酒の樽が大量に在るから、一本程度なら大丈夫だよ。何か言われたら、高橋大佐のせいにする」
セントレアは小声だったが、自分は普段と変わらない声量で回答した。隠す事では無いし、セントレアに一本渡した理由を話せば納得はしてくれるだろう。
支部長もセントレアに『一本渡して良いのか』と聞いたら『良いよ』と言っていたし。
自分とセントレアのやり取りを見ていた松永大佐が口を開いた。
「察するに、酒瓶を一本渡したのか。酒瓶一本で溜飲を下げてくれるのなら、問題は無いだろう。仮に本数を覚えているものがいたとしても、高橋大佐の名を出して納得させる」
松永大佐の言葉を聞き『そこは納得するじゃないのか』と、言葉が思わず出そうになった。
出て来そうになった言葉を飲み込み、辿り着いた食堂で酒瓶を数える事に集中する。
世の中、知らない方が良い事も在るのだ。
松永大佐が『他の人を納得させる方法』もまた、知らない方が良さげな空気だった。
十分後。会議の再開に合わせて会議室に向かう五人を見送った。
残りの自分達三人――と言うか、フラガとセントレアの二人が帰る時間だ。
二人を帰す明確な時間は決まっていない。だが、セントレアは本来の業務を休んでここに来て貰っている。なるべく早めに帰した方が良いだろう。
フラガもそれなりに仕事を抱えている立場にいる。でも、フラガは書類仕事に埋もれるような事態にならないように、スケジュールの調整類は確りとやっている。その辺の調整が変に上手いので大丈夫だろう。
心配なのは、昨日こちらにやって来たサイの方だ。
サイが普段抱えている仕事量を考えると、昨日こちらに二時間ほど来ただけだが、それなりに無茶をしていそうだ。近日中に実行される作戦の事を考えると……、いや、出撃する側に回って暴れそうだな。
サイが言うには、最前線で暴れるのが一番ストレス発散に良いらしい。
……所属している支部について考えるのは止めよう。
さて、二人はルピナス帝国に帰る訳だが、その前にフラガから自分が普段こなしている仕事の量を見たいとリクエストを貰った。
普段書類仕事をしている場所は隊長室だ。
松永大佐がいる時に言えと、思わずフラガに言ってしまった。
「? 朝の内に許可を貰った」
「………………そうか」
首を傾げて『許可は取得済みだ』と言い張ったフラガに対して、それ以外に言葉は出て来なかった。
食堂から隊長室へ移動し、自分の机を見せた。
「……暇?」
自分の机を見たフラガの第一声はこれだった。言いたい事は解るが、何とも失礼な物言いだった。
「暇じゃないよ。ちょっと仕事が溜まっている」
「この量で? 何の冗談?」
「冗談じゃないよ。この他に仕事が舞い込んで来るし、まぁ、忙しくなってもルピナス帝国にいた頃の一割ぐらいの仕事量だけど」
嘘は言っていない。支部長から緊急で『向こうの宇宙に関する資料を作って欲しい』と依頼は来るし、資料を作る場合はセタリアと通信でどこまで情報を開示して良いのか確認を取ったりする。
それ以前に、忘れがちだけどここは試験運用隊なのだ。最近は試験運用隊としての仕事は殆どやっていないけど、作戦終了直後なのでこれに関してはしょうがない。
ま、日本支部でどれだけの仕事をこなそうが、ルピナス帝国にいた頃と同じ仕事量を引き受ける事は、戻らない限り不可能だ。
ルピナス帝国にいた頃は、仕事で一ヶ月徹夜した後に他人の尻拭いで、更に半月徹夜するのがザラだった。
こんなスケジュールは普通は存在しない。突発的に発生する他人の尻拭いの内容がアレ過ぎた。
「どれだけの仕事量をこなしていたのよ」
「セントレア。目尻に涙を浮かべて言わないで」
不憫なと、言わんばかりのセントレアの行動に抗議してから、二人を連れて隊長室を出た。
再び演習場に戻り、オニキスの収納機から小型転移門を出し、組み上げて起動させる。
ルピナス帝国にいるサイ(セタリアは不在で、通信が繋がらなかった)と通信を繋ぎ、事情を話して小型転移門の座標の確認と位置調整を行って貰う。
『情報を掠め取る為に人員を派遣したが、内部の密告で地位を追われただぁ? 実行した馬鹿は何を考えてんだ? 密告しそうな奴を排除して、足元を固めてから動けよ。それ以前に、実行した時期が悪い。他所は、他人を蹴り落とさないと上に行けない馬鹿揃いなのか?』
事情を知ったサイの酷評に、何も言えなかった。
今は作戦成功後なので、タイミングが悪いのはその通りだ。
向こうの宇宙では、他人を蹴り落として上に行くと『自力で上に行く能力が無い』と自ら公言しているようなものなので、色んな意味で嫌われる傾向にある。他人を蹴り落とすと、『自然と敵が誕生する』から避けるものだと思うんだが、何でやるんだろうね。楽な道を選ぶとそのあとが地獄だと言うのに。
サイの手で座標の確認と位置調整が行われ、フラガとセントレアはルピナス帝国に帰還した。
フラガだけ名残惜しそうな顔をしていたが、セントレアに背中を押されて小型転移門を通った。
二人を見送り、サイと今後の往来について話し合った。
『対策としては、定期的にするのが良いな』
「サイもそう思う? だったら、セタリアにも言っておいてくれる? あたしも支部長に提案してみる」
『分かった。陛下に進言しておく』
定期的と言っても、何日置きが良いかを決めるのは難しい。一ヶ月間に何回とかになる可能性も有る。今は互いの希望を知る事が優先だ。
サイにセタリアに伝えるようにお願いして、大切な確認事項が在った事を思い出す。
「あっ、……ねぇ、サイ。あたしの資産がどうなっているか知っている?」
『リチアの資産? お前があんまり使わねぇから、小国の国家予算並みに溜まっているあの資産の事か? 陛下が全部管理しているぜ。お前の屋敷も……』
ルピナス帝国に残した資産について尋ねたら、回答の途中でサイの顔色が変わった。
どうしたのかと尋ねると、サイは何故か顔を引き攣らせた。
『たった今思い出したんだが……。コルムネアのリチアの屋敷に、な・ん・で、喪服女がたむろしているんだよ! 陛下がビビっていたぞ』
「え? 管理して貰う代わりに幾つかの部屋を貸し出しているだけだよ? 先々代から許可取っているし、先代も知っているのに、何でセタリアが知らないの?」
変だなぁと、思わず顎に握り拳を当てて首を傾げて、質問返しをするように回答した。
自分の回答を聞いたサイはギョッとした。驚きの余り、音を立てて椅子を蹴り倒して立ち上がった。
『はっ!? 先代は知っていたのかよ!? 先々代も許可を出すところじゃないって! それ以前に、管理なら国か、カルタの家に頼めよ! アイツなら絶対に喜んでやるぞ!』
「いや、カルタとサイが生まれる前の事だよ? 頼めないでしょう。大体、先々代が言い出した事だし」
『……先々代は何をやっているんだよ』
真実を知ったサイは脱力の余り、机の上に落ちた。
互いに上司への報告と進言事項について最終確認をしてから、サイとの通信を切った。
支部長の仕事が増えた気もするけど、今回は希望を聞くだけだ。定期的にした方が予定も立て易いだろう。
そう自己完結してから、小型転移門の片付け作業を始めた。
そして、小型転移門の片付けが終わったら隊長室へ向かい、支部長への報告書と提案書を作ってから、今日分の仕事に取り掛かった。
会議が延長になった事で、色々バタバタしそうだ。今日中に出来る仕事は終わらせよう。




