四人は帰ったが、一日はまだ終わらない
「濃い連中だったな」
オニキスを定位置に戻し、降りて大人達に近づいたら、聞こえて来た言葉がこれだった。
発言者は神妙な顔をした飯島大佐だ。他の大人達は、直接言葉を交わしていない人まで、疲れ切った顔をしている。
今日ツクヨミに来たのは、セタリア、サイ、アフェル、カルタ、フラガの五人だ。セタリアはすぐに帰ったけど、やっぱり登場の仕方がアレだったせいか?
しかし、たった五人で『濃い』のか。首都防衛支部の面々が来たら、疲れ果てそうだな。アフェルに頼んで、近衛辺りからも人を回して貰うか。あ、セントレアが現役なら指名するか。
それでも、『変態がマシか』、『鬼畜がマシか』の二択になる。
向こうの宇宙で『普通の奴がいない』からしょうがないんだけどね。
疲れた顔をした松永大佐に声を掛けて、支部長への報告内容について相談する。報告内容について相談しても、実際に支部長に報告するのは松永大佐だけど、保管区へ行く許可だけは取ろう。こちらが保有している部品を一度見せた方が良い。ついでに、明日こちらに呼ぶ時間についても相談を持ち掛けた。
だが、ここで長々と相談するよりも食堂へ戻ろうと、松永大佐に提案されて食堂へ向かう。演習場にいた面々も一緒に行動する。
「お前らどこに行っていたんだよ!?」
食堂に入るなり、復活した高橋大佐の怒声が自分達を出迎えた。
笑顔を浮かべた松永大佐が『気絶したお前が悪い(意訳)』と言って、高橋大佐を黙らせて帰らせた。他の面々にも、『疲れているのなら帰れ(意訳)』と言って追い出した。出したままだったクッキーを端末に仕舞いながら、去って行く大人達の草臥れた背中を見た。
そして、食堂内に残ったのは、自分と松永大佐の他に飯島大佐と、珍しい事に工藤中将だ。
自分の右隣に松永大佐、飯島大佐の右隣に工藤中将の組み合わせで対面で椅子に座る。四人だけとなった食堂内で、口火を切ったのは真顔の工藤中将だ。
「星崎。俺は今日こそ達成したい事が有る」
「時間の無駄になるので、不要な前置きは止めて下さい」
工藤中将の前置きは、笑顔を浮かべた松永大佐にバッサリと切り捨てられた。だが、切り捨てられた工藤中将は表情を変えない。
「そうか。って事は、お前は星崎に関する矛盾点の回答を知っているんだな?」
「知っていますよ。八月の最終日に支部長から聞かされました。星崎からも直接話を聞きましたね」
笑顔が崩れない松永大佐を見てか、黙っていた飯島大佐が凄みのある顔で口を開いた。
「それが俺らに開示されない理由は何だ?」
「必要以上に広めないで欲しいと私から支部長にお願いしました」
このまま松永大佐に対応を任せるのは良くないと判断して回答する。
自分の回答を聞き、飯島大佐と工藤中将の視線が集まった。
「必要以上に広めるなって、星崎が頼んだのか?」
「はい。仮に広まっても信じて貰い難い内容ですが、色々な意味で疑われかねないので必要以上に広まって欲しくないんです」
松永大佐の回答を聞き、工藤中将の眉間に皺が寄った。
「その広まっても信じ難い内容が、お前が抱えている矛盾点って事か」
「そう言う事になりますね」
松永大佐の肯定に合わせて自分も首肯したら、今度は飯島大佐が口を開いた。
「星崎、お前にスパイ容疑が掛かっていた頃の話だ。支部長は『証拠は用意出来ないが、お前は白だ』と言い張っていた。その時に『荒唐無稽な話をどこまで信じてくれるか』って言ったな?」
「確かに言いました。ただし、言ったタイミングが八月の保管庫内での敵機鎮圧直後で、支部長と一緒に乗り込んだアゲラタムのコックピット内です」
「随分とまぁ、スゲェタイミングで言ったな」
「……あの時はその、日本支部に存在する筈の無い機体を見て、ちょっと混乱していました」
工藤中将に呆れられたけど、支部長に口止めを依頼するタイミングはあの時しかなかった。
混乱の正体が『全部ぶっ壊したのに何で残機が残っているの!?』と言う困惑と、『やべぇ、緊急事態を理由にうっかりやっちゃった。雲隠れしないと駄目かな?』と言ううっかりへの嘆きだ。後者の方が意味合いも強い。あの時はマジで雲隠れを検討したな。
「そういや、あの黄緑色の機体は違法な機体なんだったか」
自分の回答を聞いてか。飯島大佐がそんな事を言った。そう言えば、飯島大佐は支部長に提出したアゲラタムとマルス・ドメスティカのレポートに目を通した人だったなと思い出し言葉を肯定する。
「五百機近くも存在した機体を、頑張って全部破壊して、資料とかも全部廃棄して、喪服淑女の会傘下の女権運動家団体が保有する諜報部隊に捜査を依頼して、情報の流出が無いかも確認しました。喪服を制服のように着こなした女性が般若みたいな顔で捜査してくれたのに、……現物が残っていて、しかも改造されてました」
……いかん。マルス・ドメスティカ絡みの苦労を思い出してしまった。
五百機近くもあったマルス・ドメスティカを、最初は素手で、途中から戦槌を持って、全部破壊して回ったんだよね。一緒にいたクフェアの野郎は役立たずで、早々に開発者の捕縛に向かわせたな。
まぁ、本当の苦労は喪服淑女の会絡みだ。資料を保有していたものを一人残らず殺す勢いで捜査していた。女性の尊厳に関わる事になった時の暴走具合は酷かった。だからこそ、開発者がいた場所を見つけてくれたんだよね。
過去を思い出していたら、工藤中将が怪訝な顔をした。
「あんな機体が五百機近くもいた事の方が驚きなんだが、何でお前はそんな透き通った顔をしてんの?」
「……終わってからが、一番苦労したんです」
特に喪服淑女の会の暴走っぷりが酷かった。
戦闘はただ破壊すれば良かったけど、暴走する女性を宥めるのは難しい。喪服淑女の会直属の非合法暗殺部隊と、とある国の女王が率いる私設戦闘部隊が暴走気味になったので、止めるのは大変だった。
苦労した過去を思い出してしまい、遠い目をしたら飯島大佐が咳払いをした。咳払いを聞いて視線を戻す。
「まぁ、その、なんだ。話は逸れたが、あの時は星崎がスパイなんじゃないかって疑った」
「状況的に疑われてもしょうがないですね。私もスパイと疑われるのが面倒で色々と聞くのを止めましたし」
「……それは作戦の事も含まれるのか?」
「十月に何か予定が存在する事だけは、八月に佐々木中佐と井上中佐が言っていたので知っていました。知らなかった事は、それが作戦だった事です」
飯島大佐の質問に答えながら、十月半ばに月面基地から戻ったあと、飯島大佐も作戦に関する説明を求めた一人だったよね? と思い返す。けど、ここには工藤中将がいるので、説明的な意味で聞いて来たのかもしれないな。
「散々スパイじゃないかって疑ったが、お前が協力的だったから『疑う意味が無い』ってなったのもまた事実だ。でも、星崎が持つ矛盾の回答を聞かないと腑に落ちない点が多過ぎる。特に、どこで出会ったのかとか」
工藤中将の言い分を短くすると、『スパイと疑う意味が無くなった状態だが、納得出来ない点が多過ぎる』と言ったところか?
納得出来ない点を解消する為には、正気を疑う事を言わなくてはならない。
八月末日に教えた四人は『そう言うもの』として受け入れてくれたけど、目の前にいる二人に同じ事を求めるのは難しそうだ。
時間を貰って、松永大佐か支部長に相談した方が良いよね?
でも、『支部長に意見を求めるような事なのか』って聞かれると、逆に困る。
「支部長に相談してからでも良いですか? 教えた人の人数を支部長にも知っていて欲しいです」
「内容が内容なだけに、知っている人間を支部長が知らないのは、流石に駄目って事か?」
目を眇めた工藤中将の言葉を首を縦に振って肯定し、言葉を付け足す。
「今後、ルピナス帝国とのやり取りをする際に、色々と手伝って貰う可能性が高いので、仕事の割り振り的な意味が含まれます。私は向こうに一度は行かなくてはならないので、その際に同行して貰うかもしれません」
「よし、これ以上俺の仕事を増やす必要は無い。と言う訳で飯島。知りたいのならお前一人で聞け」
自分の発言を聞いた工藤中将は勢い良く立ち上がった。そのまま、立ち去ろうとした工藤中将の腕を飯島大佐が掴んで引き寄せた。
「待て。仕事量に怖じ気づいて敵前逃亡するな」
「放せっ、仕事がこれ以上増えたら、俺は過労死する!」
「まだ死んでないんだから出来るだろ?」
「俺の自由時間が無くなるから駄目だ!」
「……騒ぐ割に睡眠時間の確保は出来ているのか」
「あ」
飯島大佐からの指摘を受けて、うっかり失言に気づいた工藤中将は動きを止めた。
動きを止めた工藤中将は飯島大佐に腕を引かれて、大人しく椅子に座った。工藤中将の目が死んでいるけど、飯島大佐は見なかった事にして、自分に質問を重ねる。
「星崎、今ここで話さなくても良い。誰が星崎の秘密を知っているのかだけは、今ここで教えてくれ。支部長と松永だけか?」
「一条大将と大林少佐の二人です。支部長が誰かに教えていたら、人数は変わります」
「意外だな。神崎の野郎は知らないのか」「え!? 神崎が知らないの!?」
飯島大佐と工藤中将が目を丸くした。
今になって思ったが、憲兵部のトップが知らないのは、確かに意外かも。
「恐らくですが、『大林少佐が知るのなら不要』と佐久間支部長が考えたのかもしれません。我々が知らないだけで、聞かされている可能性も有ります」
「その可能性は低いだろ。どの道、支部長に確認しねぇと分からねぇけどな」
工藤中将は松永大佐が口にした可能性を低いと言い切った。工藤中将が何を根拠に『可能性は低い』と判断したのか分からない。
「支部長に確認するのなら、ついでに許可も取ろうぜ」
「そうだな。……明日の会議の議題の一つにしても良いな」
飯島大佐と工藤中将はそのまま考え込み始めた。
会議の議題にするような事じゃないと思う。作戦終了直後の会議だから、もっと別の事に時間を使うべきだ。
ルピナス帝国絡みの事が会議の議題に上がるんだったら、まだ解るけど流石に自分の事を議題にするのはなんか違う気がする。ただし、自分と大人達の感覚の違いによる提案の可能性も有る。飯島大佐と工藤中将の独断の可能性が高いので、隣に座る松永大佐に確認を取った。
「馬鹿な事を言わずに、二人で直接聞きに行けば良いでしょう。運が良ければ、一条大将もいる筈です」
松永大佐は『これから行け』と言った。
つまり、感覚の違いでは無く、飯島大佐と工藤中将の独断だった模様。独断で行動するのなら、支部長に直談判して欲しい。松永大佐に言われた二人は顔を見合わせて、視線を逸らした。
こうして二人の反応を見て思うんだが、行きたくない理由は何だ? 疲労で今日行きたくないのなら、明日にすれば良い。それとも、会議の議題にして、情報の共有を図りたいのか?
それにしても、先に発言する権利を押し付け合っている大人の姿は、実に見苦しい。
押し付け合いで話が進まなくなったので、松永大佐が二人を食堂から追い出した。追い出す際に松永大佐は『支部長に連絡を入れておく。二人で対応しろ(意訳)』と言い放った。
言われた二人の絶望顔は、食堂で会話が始まった時を考えると……この結末になるとは思えなかった。特に飯島大佐。あんなに凄みのある顔をしていたのに。最初の勢いはどこへ行ったんだ?
かくして、飯島大佐と工藤中将が肩を落として食堂から去った。
隣にいる松永大佐は見送り次第、疲れ切った顔で天ならぬ天井を仰いだ。
「お茶を淹れますか?」
「……そのお茶と言うのは、貰いものの茶か?」
「はい。松永大佐にも一度出した事の在るハーブティーです」
松永大佐の質問に回答しつつ、カルタに渡した茶缶を回収し忘れた事を、今になって思い出した。大林少佐の手に渡っているのなら良いけど、一応聞いてみるか。
「悪いが、不要だ。今は佐久間支部長への報告が優先だ」
そう言うなり松永大佐は立ち上がり、隊長室へ向かった。自分も一緒に移動する。
隊長室で支部長に、残っていた四人が帰還した事と、先程の工藤中将と飯島大佐の一件を経緯と合わせて報告し、他にも幾つかの報告と申請を行う。
映像の中の支部長は報告と申請を聞き終えても、数分程度、考え込むように黙っていた。
『工藤中将と飯島大佐が来るのなら、会議の話題にする必要は無いな。それよりも、保管区への立ち入りか。……正直に言うと、許可を出したくない。でも、使える機体を確保するには必要そうだな』
「支部長。でしたら、整備兵の人に来て貰いますか?」
『そう言う問題じゃないんだが、う~む……。人選が可能かつ、少人数で短時間なら、許可を出すしかないか。使える機体が無いと困るのは、向こうも同じだしな』
使える機体が無いと困るのは双方だと、そう判断した支部長は保管区への立ち入りの許可をくれた。
『星崎。人選はどう行うんだ?』
「性格を優先します。次に無断で勝手な行動を取らない、好奇心で動かない、バレなければ大丈夫精神でこっそりと動かない、利点を生んでいるから問題無い精神で動かない、そう言う性格の人を探します」
『星崎。何だか当たり前の事を聞かされている気がするんだが、向こうの人員は大丈夫なのかね?』
「性格(と性癖)はともかく、人品だけは問題ありません」
『それは大丈夫って言わないぞ』
「それとも、国家への忠誠心溢れる、大変愉快(意訳)でハイスペックな方々ばかりと言えば解りますか?」
『……話が進まないからツッコまないぞ。人選は星崎に任せるが、四人までにしてくれ。保管区へ向かう前に、必ず松永大佐に会わせろ。松永大佐は星崎が指名した四人の顔を覚えてくれ。残りの申請の回答は明日の会議で軽く話し合ってから出す』
支部長は自分と松永大佐の応答を待たずに通信を切った。松永大佐は無表情で通信機を操作して落とした。
「佐久間支部長はあのように言ったが、申請は必ず通すから心配は無用だ」
「松永大佐、半年も有れば色々と試せますので、無理をしなくても大丈夫ですよ?」
半年も時間が有れば、色々と出来るのは実経験で知っている。何より、作戦終了直後の防衛軍に無理を強いる事は控えるべきだろう。特に支部長とか。
「いいや、時間は有意義に使うべきだ。予定がそれなりに詰まっていて、人員の再選出を行わなくてはならない状況が重なっている以上、暢気に時間を過ごす訳にはいかない。一度の話し合いで確実に終わらせるべきだ。それが互いの為になる」
松永大佐はニッコリと笑顔を浮かべてそう言った。笑顔で言うのは良いんだが、何故火山の鳴動音の幻聴が聞こえるのか、説明が欲しい。
「一度で決めてしまった方が、向こうに進捗報告をする手間も省ける。向こうとの連絡手段を保有しているものが星崎しかいない以上、無駄な手間は省くべきだ」
松永大佐の続きの言葉を聞いた限りだが、これが本音か?
手間省きに関しては反対しないけど、大丈夫なのかな? 特に支部長とか。
「それより、人選はどうする気だ?」
「フラガと女性一名と、整備兵から一名の、合計三名にする予定です。整備兵の一名はちょっと頑固な職人気質な人ですが、そこそこに懐が深い人なので大丈夫でしょう」
「ちょっと頑固な整備兵の一名も気になるが、女性を呼ぶのか?」
「はい。セタリアは性別が無いに等しいので、女として扱えません。カルタは諜報部所属なので、今後も直接会うか不明です。何より、諜報部の人間が気軽に来ては問題が発生します。首都防衛支部は、数日後の作戦の準備で忙しいです。そこで、アフェランドラの同僚の女性に来て貰って、別視点で見て貰うのもありだと思いました」
「ふむ、視点を変えるのは良いかもしれないが、人選のリクエストは受け入れて貰えるのか?」
「今からサイにメールを送って相談します。サイに機体について相談した時、使える機体が無いと人員派遣の壁になりそうだからセタリアに相談すると言っていました」
「それなら、リクエストは聞き入れられそうだな。残骸の回収に工藤中将と高橋大佐が向かう前、と言うのが良いな。どの残骸を回収すれば良いのか、それを直接聞く事が出来れば、効率良く作業が出来るだろう」
松永大佐の意見を聞き、心の中で工藤中将に『ごめん。仕事を煩雑化させたかも』と謝った。高橋大佐は工藤中将の指示を聞かないと動かなそうだから、……ま、いっか。
端末を起動して、サイ宛のメール文章を作成する。
サイへ。
今日は忙しい中、来てくれてありがとう。
日本支部長にサイ達が帰った事を報告したついでに、保管区への立ち入り申請をしました。そしたら、四人までの制限付きで、残骸を保管している区画への立ち入り許可が貰えました。
明日、フラガと一緒に来る時に、整備兵から代表の一人を選出して一緒に送って欲しい。可能ならベロペロネに来て欲しい。無理なら、同等の知識量を保有している人を選出して欲しい。
それと、女性視点の意見が欲しいから、セントレアがまだ近衛にいるのなら、明日フラガと一緒に来れないかアフェル経由で相談して。セントレアが無理なら、大人しい性格の女性操縦士を一人選出して欲しい。
最後の一人は選出しなくても良いです。この三名で十分です。カルタに仕事を放棄して無理をして来ないようによく言っておいてね。不要な連絡も控えるように言い聞かせて下さい。
セタリア判断で最後の一人追加する場合は、事前に連絡を下さい。
おやすみ。
こんな内容のメール文章を作成し、サイに送信した。
勿論、メール文章は松永大佐に教えたよ。
松永大佐にメール文章を教えた際に、『ベロペロネとセントレアは誰?』と、質問は受けなかった。文脈で誰なのか当たりを付けたのかもしれない。
さて、色々と終わったので時計を見て時刻を確認したら、恐ろしい事に二十時半を過ぎた頃だった。
会議が終了してから二時間半しか経過していないのか。
大変恐ろしい。でも、会議終了後は、顔合わせと軽く対話、食堂で夕食を取ってのんびりと過ごして、模擬戦を行い、四人が帰還、と言う流れだ。
こうして流れを確認すると、三時間も掛からないな。
消灯時間まで二時間半の時間が有る。
松永大佐は少しでも書類仕事を終わらせる気でいるのか、仕事を始めていた。
仕事の邪魔にならないように己の席に移動した自分はどうするか考える。
貰ったケーキ類を食べても良いが、部屋に戻って端末の収納機の整理をするか。木箱を返却した事で収納機の容量に空きが出来た。あ、松永大佐に渡したままのハリセンを回収しないとだ。
……そう言えば、松永大佐が乗っていたアゲラタムの修理をやっていなかったな。
ふと、そんな事を思い出した。
ツクヨミに戻って来てからの時間は、余り経過していない。ツクヨミに戻って来たのは十月三十一日で、今日は十一月の七日だ。
約一週間程度の日数しか経過していないが、この一週間で会議の資料を作っていたのだ。その合間に色々とドタバタ劇が起きたんだが、会議に影響を与えたのは高橋大佐の一件ぐらいか?
以前、アゲラタムの修理箇所を確認したが、簡易修復機能では修復不可能だった筈?
でも、保管区に行かないと修理用の部品が入手出来ないから、どの道修理は出来ないか。
どうするかと独りで唸っていると、松永大佐から『どうした?』と声を掛けられた。松永大佐の仕事の邪魔をしない為に、素直に回答する。
「いえ、松永大佐が搭乗していたアゲラタムの修理がまだ出来ていなかった事を思い出しただけです」
「それか……。何だかんだで、こちらの業務を優先して貰っていたから出来ていないな。だが、明日整備兵を一人呼ぶんだろう? その時、ついでに修理を依頼すれば良いんじゃないか?」
「それはそうなんですけど、保管区に行かないと修理用の部品が手に入らない事を思い出しました」
「そっちか。だが、佐久間支部長から立ち入りの許可は下りている。どの道、修理は明日にしろ」
松永大佐の言う通りなので『そうですね』としか返せない。
明日来ると仮定して、ベロペロネが何と言うか不明だが、キレ散らかしはしないだろう。
ここで松永大佐の意識が仕事から離れている事に気づいた。木箱を返却した事で収納機の容量に余裕が出来た事を理由に、松永大佐に渡したままのハリセンを回収し、隊長室から出た。
食堂へ向かい厨房の冷蔵庫より、サイから貰ったロールケーキを取り出す。六等分にカットされているこのロールケーキは、ルピナス帝国のとある洋菓子店でよく購入していたものだ。
一見すると生クリームしか使っていないように見えるが、生クリームの代わりにクリームチーズを使っている一品だ。クリームチーズにはオレンジピールに似た、砂糖で煮込んだみじん切りにされた柑橘の皮が練り込まれているので、さっぱりとした味になっている。
一切れを持って来た皿に載せて、残りは冷蔵庫に仕舞った。
皿を手に食堂に戻り椅子に座って、ついでに持って来たナイフとフォークを使いロールケーキを食べる。
このロールケーキはクリームチーズを使用しているからか、フォーク一本では食べ難く、ナイフを使うと食べやすいのだ。決して、気取って食べている訳では無い。
手で持って食べるクレープに乗った、ソフトクリームを食べる為にスプーンを使うのと同じ理由(?)だ。
記憶と変わらぬ味を保っているロールケーキは美味しい。
……ユーストマとサイとカルタにナイフとフォークの使い方を教える為に、このロールケーキを買ったな。そう言えばティスにも、ナイフとフォークの使い方の練習で取り寄せたっけ。
何かと思い出の有るロールケーキだ。
クリームチーズの絶妙な硬さのお陰で、このロールケーキは貴族の子供に人気の一品だった。
空の皿を使ってテーブルマナーの練習をするよりも、実際に食べながらの練習の方がテーブルマナーの習得速度は速かった。ロールケーキの一切れの大きさは大き過ぎないので、子供でも食べ切れた。
味もさっぱりとしているので、大人からの人気も高い。
一切れを食べたら、使用した食器を片付けて部屋に戻った。
収納機の整理を行い、消灯時間三十分前に中止してシャワーを浴び、魔法で髪を乾かしながら、ベッドに腰を下ろす。
会議が終了してからの方が長かった気がするけど、明日以降も大変なんだろうな。
明日のドタバタを憂いても仕方が無い。確りと眠って頭をすっきりとさせよう。
部屋の灯りを落として就寝した。




