十一月定例会議 初日午後
午後の会議が始まった。高橋大佐の姿は無い。
高橋大佐の席を詰めて、自分は松永大佐の左隣、佐々木中佐の右隣に座る事になった。『高橋大佐の椅子は未消毒だから座るな』と松永大佐から言われたので、新しい椅子を出してここに座っている。しかし、『未消毒』って、高橋大佐は雑菌扱いなのか?
会議の最初に行ったのは、無断でアゲラタムを動かし転倒させた五人の処罰についての話し合いだ。
アゲラタムの操縦に慣れるまでは『転倒させる恐れがある』事を知っていた二人がいて、何故止めなかったのかが焦点となった。
転倒するか分からなかったと、五人は頑なに主張した。
そこで、支部長から許可を取り、自分から見ての疑問点を五人に尋ねた。
「全ての酒樽が壁際に移動していました。動かしたのは誰ですか?」
「星崎。子供のお前には解らねぇだろうが、……いいか、もしもアゲラタムが転倒して酒樽を割っちまったら、酒が勿体ないだろ!! 五人で安全な場所に運んだんだよ!」
男性中佐の主張に、残りの四人は『その通りだ』と首肯した。
五人の主張を聞き、室内に重い沈黙が下りた。額に手を当てた支部長は眉間を揉んでから指摘する。
「その発言だと、転倒する事は想定済みだったとも取れるぞ」
「「「「「……あっ!?」」」」」
失言に気づいた五人が血相を変えた。気づいた事を質問しただけだ。断じて誘導では無い。
五人の反応を見た支部長は一度頷いてから、処分内容を決めた。
「会議期間中の禁酒が無難かな?」
「「「「「ええっ!?」」」」」
支部長の判断に五人は絶望顔になった。
このあと、五人を除いた面々で多数決を取り、正式に決まった。
多分、支部長は一ヶ月前の発言を覚えていて、この場にいる何人かはそれを忘れている。それを見抜いての判断だろう。
その証拠か怪しいが、禁酒命令を受けなかった残りの面々は五人を可哀想な人を見るような目で見ている。この分だと、ほぼ全員が忘れていそうだ。
作戦を挟んでいるので、ある意味仕方が無いのかもしれない。
五人の対応が決まったら、半年後に来るであろう犯罪組織『ティファ』に関する資料の開示と質問タイムとなる。次の勢力に関する情報について、ある程度の認識を共有しないと、戦力の配分が決められないらしい。
既に資料に目を通していた支部長と一条大将からの質問に答えながら、口頭で資料に注釈を付けて行く。大体の質問を終えたが、自分が回答可能な質問範囲で済んで良かった。
ティファ対策についての意見も求められたが、その次に行われた戦力の配分に関して支部長にオニキスを『日本支部の戦力から除外する』ように求めた。勿論、向こうの宇宙でオニキスが受けていた扱いについて説明してから要求した。
オニキスを出せば、どんな劣勢でも逆転は見込める。
けれども、ルピナス帝国やディフェンバキア王国では、編成された部隊に混ざって前線に立つ事は少なかった。オニキスは武装を積み込み過ぎているし、何より武装の火力が過剰なので、単騎特攻か、敗戦の可能性が見える程の劣勢以外で出撃させないと言われていた。
他のパイロットに実戦経験を積ませる為と、オニキスのパイロットを務める自分が軍人ですらない(そもそも正規業務が開発と研究で、他は皇帝から依頼の『臨時業務』扱い)二点から、出撃は控えた。軍人でもない奴が国家最強って言うのは、軍部の面子に関わる。例え拳で敵機を破壊しても、大きい機体の方が目立つ。
それに、自分には他人の仕事を奪ってまで、功績を立てたい気持ちは無い。ルピナス帝国にいた頃に立てた功績の殆どは、臨時業務を達成させたから手にしたものだ。正規業務でも功績は立てたよ。
国内最高峰の専門家チームでも『どうにもならない』と匙を投げた時にのみ、皇帝命令で休暇返上で呼び出されて臨時業務に臨んだのに、終わらせたら匙を投げた連中に罵られるって、どんな罰ゲームだよ。こっちは失敗した連中の尻拭いをしているのに。
腹を立てた自分は、『そこまで言うのなら、何故匙を投げた?』か、『国内最高の専門家を名乗っておきながら、失敗して国に泣き付いた負け犬が何を言っているの?』の二つのどちらかを相手に言う。
完全な喧嘩腰だが、喧嘩を売って来たのは向こうなので徹底的に叩き潰した。普通に名誉棄損レベルの被害を受け、侮辱発言も貰ったので、裁判は完全勝利だった。つうか、皇帝の目の前でやるなよ。
と言うかね。
こっちはお前らが失敗したから動いたんだよ。国一番の専門家を名乗っておいて、何で失敗するの!? しかも、再発を考えて詳細を纏めた報告書を提出したのに、読まないで皇帝に無断で破棄して失敗しやがって。
素人の報告書は読めない?
その素人に尻拭いを押し付けた無能の分際でよくもまぁ、被害者面が出来たな。面の皮が厚過ぎるわ。
公文書無断破棄罪にも問われた『自称専門家』は資格剝奪の上で、降格と左遷が決まった。ついでに『自称専門家』のご家族は、裁判の内容と降格と左遷の理由を知るなり、家から追い出したそうだ。全員中位貴族の嫡男で婚姻もしていて、子供もいたが、問答無用で一族から追放された。
単に、皇帝から睨まれた奴を、何時までも家に置いておく『愚行』を選択する家が存在しなかっただけだ。
だって自分に臨時業務を回せるのは皇帝だけだ。
自分よりも格上の人間が皇帝だけってのも在るが、そもそも、皇后代理(扱いは実質皇后だが、公の立場としては代理扱い)をやっている人間に対する『不敬罪』が適用されるのよ。生家は大公家と皇室の次に格の高い家なのだ。
生家はともかく、自分の仕事の結果にケチを付ける事は、人選をした皇帝にケチを付けるも同然なのだ。皇帝の怒りを買って家が潰されなかっただけ、寧ろ感謝しろ。
四十九日連続徹夜を五十二日に引き伸ばされた挙句、中々予約が取れなくて有名だったレストランのスイーツバイキングの予約を強制キャンセルされた恨みは忘れん。特に、予約をキャンセルしたのは国なのに、なぜ自分がキャンセル料を支払わねばならんのだ。
はした金で文句を言うなとか、マジでムカついた。確り馬鹿発言をした奴に請求したわ。
……って、昔の事を思い出し過ぎた。
少し過去に浸っていた間に、戦力の配分に関する話が大分進んでいた。
幸いにも試験運用隊に関する部分ではなく、月面基地の駐在兵の戦力についてだった。派遣する兵数を減らすか否かで、議論が起きていた。
減らす事に慎重派は意外にも多い。他支部から妙な探りをしつこく入れられるかもしれないと、意見が上がっている。また、ツクヨミの戦力を増やしても、居住スペースには限りが有る。更に、現時点でも訓練場の予約時間の奪い合いが起きている。等々の意見が相次いで上がり、駐在戦力は現状を維持する事になった。
なお、試験運用隊の演習場は、アゲラタムを置いている事を理由に松永大佐の許可無く利用を禁止する事も決まった。常識だと思うが、先の五人の事を考えると釘を刺す事も兼ねているのかもしれない。
ガーベラの今後の扱いについても話し合いが行われた。
作戦に参加する為だけにガーベラには弐式装備が追加されたが、『元に戻しては?』と意見が出た。便宜上、最初の状態を壱式と呼称する事になった。
ガーベラは壱式のままでも十分な性能を誇る。状況に応じて弐式に切り替えた方が良いのではないかと、意見が出たけど、一つだけ問題が在る。
ガーベラ弐式はコックピット内の座席とかを自分用に小さいものに変更し、コックピットそのものを小さくして無駄になりそうな部分を詰めて色々と詰め込んだ機体と化している。
弐式は空きスペースを作って色々なものを搭載した機体とも言えるので、気軽に切り替えは出来ない。
この事を松永大佐が明かして却下すると、何故かブーイングが飛んだ。
ブーイングを飛ばした理由を問うと、壱式に戻せば操縦出来そうな奴を見つけた、もしくは操縦してみたかったと、回答が在った。
前者はともかく、後者の意見を聞き、松永大佐は棒状のハリセンを手に笑顔を浮かべて威圧した。
支部長が松永大佐を宥めてから、パイロット候補者の名前を聞きだした。けれど、全員候補にすら上がっていない人ばかりだった。当然のように支部長は却下した。
そしたら今度は、ガーベラを壱式装備に戻してから『士官学校卒の候補者を試しに乗せて見ては?』と似た意見が出た。
無論、操縦中に負傷する覚悟を持つものだけを選出するが、『今時そんな奴が若手にいるのか?』と意見がチラホラと出て来た。回答として、しつこい事に先程の候補者達の名前が出たが、その候補者達の耐G訓練成績の最新の数値は、どれ程良くても『五』だった。
耐G訓練成績数値が『十二(公式記録)』の松永大佐ですら、壱式で最大速度が出せないのに、その半分以下の人が搭乗したらどうなるよ?
今になって知ったが、八月にガーベラに乗せた連中(耐G訓練成績の数値は全員三)が出した速度は、最大速度の一割程度だったからほぼ無事だった。ここで『ほぼ』が付くのは松永大佐と飯島大佐と佐藤大佐の三人でいびり倒し、精神的な疲労で倒れるものが続出したらしい。
支部長の『死人を出す訳にはいかない』の発言で却下された。
戦闘機に搭載されている重力制御機は、パイロットに掛かる加速時の負荷を軽減させる為に搭載している。重力制御機の最大軽減数値は『五G』だ。人間の限界が九G前後だった筈で、軽減してもこれを越えないようにしている。
ガーベラがどれだけパイロットの事を考えていないのか、よく分かる。
操縦してみたいと言う意見は、かつてガーベラのテストパイロットを務めた面々から出た。
重力制御機が最新のものと入れ替えになったから、実際に操縦するとどの程度変わるのか体験したい、との事だった。八月に松永大佐が操縦した感想を聞き、実際にそうなのか実体験したいとの事だ。
ガーベラを壱式に戻せば、最大速度を出せずともある程度の速度を維持したままで操縦は可能だ。
でも今の日本支部には、ガーベラ並みに速いアゲラタムが存在し、修理すれば使える機体は増える。問題はその修理が出来る人間が自分だけと言う点か。
他支部がどう出るかは知らない。けれど、日本支部はアゲラタムの部隊創設に関する意見は出ている可能性は高い。先の作戦で実際に操縦した三人がいる。その三人はフォーメーションに関して議論を重ねていた。
先の作戦に関するアゲラタムの報告書類は提出されている。今月初めに松永大佐から提出前に意見が欲しいと言われた記憶が有るので、これは確かだ。
午前中の会議の内容は知らないけど、その報告を聞いたから五人はアゲラタムの操縦に挑戦したのか?
話し合いではなく、午後の会議が始まる直前に支部長の手元に届いた新規報告により、ガーベラ弐式は壱式に戻す事になった。先の作戦で実際に使用した時に得たデータを基に、参式の準備が進んでいるらしい。勿論、準備を進めているのはあの七人の色眼鏡老人だ。
一抹の不安を抱いてしまうのは許して欲しい。作戦開始前の様子と、実際に操縦するパイロットの事を考えていない老人達の性格から、常人では操縦不可能な機体として『ガーベラ参式』が爆誕しそうだ。
頼むから自分が操縦可能な範囲に留めてくれ。
戦力の配分の話し合いは部隊の再編成にまで及んだが、会議期間が残り二日も残っている事から『一晩寝かせて明日正式に決める』事になった。
支部長。文句の言い合い、奪い合いで決めた編成は使えないって事なの?
自分と松永大佐は基本的にツクヨミの守衛隊の『予備戦力』扱いで落ち着いた。ただし、松永大佐が出撃する際は、アゲラタムへの搭乗が求められた。
試験運用隊で確保している未使用の機体を、別のところに回したい。赤いアゲラタムは味方機で、日本支部は敵機の機体について解明が進んでいる事をアピールしたい。などの意見が出た結果だ。
ただし、佐々木中佐と井上中佐は、これまで通りにナスタチウムに搭乗する。ツクヨミにいた時に襲撃が発生したらアゲラタムに搭乗してはと、意見も出た。操縦方法が違う二つの機体に交互に乗るのは負担が大きいと言う事で却下された。
オニキスは支部長の許可無く、戦場への参加禁止になった。




