十一月定例会議 初日午前~佐久間視点~
十一月七日。
日本支部では、毎月七日に上層部の人間を集めた定例会議を行っている。
この日も例外無く、会議が行われた。
大規模作戦後では、初となる会議だ。欠席など認められない会議だ。その筈なのに空席が存在した。
会議が始まる時間になっても埋まらないそこは、高橋大佐の席だ。
欠席の理由を知っていそうな人物として、出席者の視線を集めた佐久間は遠くを見ながら口を開いた。
「高橋大佐は欠席だ。連絡して来た副官の姫川少佐が言うには『未だに仕事が終わっていない』らしい。終わっていない仕事には、勿論、会議の報告書類も含まれている。明日の会議に参加出来なかったら、三ヶ月間の減給を言い渡して急かした」
皆に佐久間が高橋大佐不在の理由を述べると、松永大佐が挙手してから発言した。
「佐久間支部長。高橋大佐の処罰として月面基地に飛ばす案を検討して下さい。高橋大佐には『ツクヨミにいる限り誰かを頼れば良い』と、甘えた思考が見えます」
「松永、お前のところにも来たのか」
空席を挟み松永大佐の隣に座る飯島大佐が呆れた声を上げた。恐らく『協力を得る為に行動をするのなら、その時間を使って仕事を進めれば良いのに』と思っていいるのだろう。
「はい、来ました。殺虫――いえ、星崎が保有していた催涙スプレーを使って追い出しました」
「おい松永。お前、今『殺虫剤』って、言おうとしなかったか!?」
「スプレー缶に印字されていた商品名が殺虫剤を連想させるものでしたのでつい」
「あのさ、『つい』でも流石に害虫扱いは駄目だろ」
工藤中将から突っ込みを受けても、松永大佐の微笑みは崩れない。それどころか、松永大佐はイイ笑顔を浮かべて、己の行動を正当化する発言をした。
「そうですか? 星崎は『薬品耐性を得たゴキブリみたいだ』と言っていましたし……。何より、高橋大佐は『私が駄目なら、星崎でも良いから貸してくれ』と言い出しました」
『適切な行動ね』
女性陣一同が頷いた事により、松永大佐の行動は肯定された。
佐久間は朝一番で姫川少佐より報告された高橋大佐の状態を思い出し、松永大佐に事の顛末を報告するように求めた。絶対にロクでもない報告を聞きそうだが、悲しい事に、組織の長として聞かなくてはならない。
そして、女性陣の顔が般若のようになる報告を聞き、佐久間は内心で嘆息した。
「高橋大佐の処罰に関しては、昼休憩までの進捗状況を聞いてから多数決を取る。決めるのはやる事をやってからでも遅くは無い。だから女性陣は殺気を抑えてね?」
佐久間が言葉を発し終えると、そこかしこから舌打ちが聞こえて来た。
不服の舌打ちは自分の耳に入らないところでやって欲しい。佐久間は切実にそう思った。
佐久間の司会進行で会議を行う。
作戦を実行した事による被害状況と日本支部全体の残存戦力、月面基地とツクヨミのそれぞれの残存戦力の確認。今後の襲撃に備えた戦力の割り振り。残骸の回収に向かう人員の選出。他支部からの要求への対応。今後のアゲラタムの扱いと部隊の創設について。これら以外にも多くの議題が存在する。
午前中で終わらせるには難しいが、残存戦力の確認と、残骸回収の人員の選出だけは早々に終わった。
人員の選出は『高橋大佐の処罰に含ませよう』と一条大将が提案し、満場一致で決まった。将官級からも一人選出するが、それはお昼前に決める事になった。
恙なく会議が進行しているようにも思えるが、皆は何度も松永大佐をチラチラと見ている。松永大佐が髪を切った姿を見たのは十一月に入ってからだ。作戦前なら何となく理由を察する事は可能だ。だが、作戦終了後に切る意味は何なのか?
会議中に何度も視線を浴びたからか、松永大佐は少し苛つき始めた。
「……髪を切っただけで、何度も見るものですか?」
「だったらあえて言うぞ。何で『昔の髪型に戻した』んだよ?」
一部の出席者は知らないが、飯島大佐の言う通り、松永大佐の今の髪型は『かつて荒れていた時代』と同じなのだ。そう、松永大佐を今の性格に矯正してくれた人物と出会う前の髪型なのだ。
松永大佐が荒れていた事実を知るものは今となっては少ないし、何より十何年も前の事だ。
その十何年も前の事を知るものは、飯島大佐の質問と同意見だと主張するように首を縦に振った。
「髪を短くしただけですよ」
「短くしただけじゃないだろ。何を考えて荒れてた頃に戻すんだよ? 何だ? ついに手を出すって決めたのか? はっ、年齢を考えろよ。流石のお前でも犯罪だぞ」
工藤中将の揶揄うような言葉を受けて、松永大佐は額に青筋が浮かべてから、一つ提案をした。
「高橋大佐と一緒に残骸回収に向かう人員は工藤中将で良いですか?」
『異議無し!』
「待て! 謝るから待て! 待って下さい!!」
工藤中将は頭を抱えて絶叫を上げた。そんな工藤中将に送る言葉は一つだけだ。
「口は禍の元だね」
否定の声は上がらなかった。佐久間の隣に座る一条大将は工藤中将に憐みの視線を向けてから頷いた。
テーブルに突っ伏したまま動かなくなった工藤中将を放置して、会議は進み、十分の休憩時間となった。
松永大佐がドイツ副支部長から頂いたと言う菓子を大量に出した。菓子を出した際に『味が濃厚で消費が難しいから食べて欲しい』と松永大佐は言ったが、一つ食べると確かに激甘だった。佐久間も三つ食べたら胸焼けしそうになった。佐藤大佐だけは濃厚なクッキーを十個以上も食べている。
「一個食べただけで、胸焼けする」「歯が痛くなる」「ドイツのお菓子って、こんなに甘いの?」「一個でこの満腹感は凄いな」「ねぇ、ドイツのお菓子で有名なバウムクーヘンは無いの?」「あれは最初に食べ切りました。チョコレートでコーティングされていた割に、日本のものに比べて水分少な目で固かったですよ」
松永大佐の発言で、星崎と二人で『食べやすいものだけを食べた』事が判った。
胸焼けして事前に用意されていたブラックコーヒーをがぶ飲みする出席者が続出する中、菓子に唯一手を伸ばさなかった飯島大佐が何かに気づいた。
「なぁ、松永。流石にこの菓子の量は多過ぎないか?」
「推測ですが、クライン少佐の一件を聞いた詫び分でしょうね」
「クラインって、あの厚化粧女は何をやらかしたんだ?」
松永大佐の回答を聞き、月面基地から来たもの達は納得の表情を浮かべた。
一方、ツクヨミにいたもの達は何の事か分からずに首を捻った。それでも、佐久間が月面基地で起きた事を説明すれば納得した。『あの女ついにやらかしたか』みたいな顔をしているものまで続出する始末だ。
「そう言えば、星崎の受け答えが秀逸だったわね……」
「大林少佐」
「別に良いでしょう。クライン少佐に『大した美人でも無いくせに』って言われた時の返答が『一番の美人? それは松永大佐の事ですか?』って、もう笑うしかないわ。ぷくくっ」
渋い顔をする松永大佐とは対照的に、大林少佐は当時の事を思い出して笑いを堪えている。そんな大林少佐を見て佐久間は思った。
……たまに思うけど、大林少佐は本当に凄いな。
ここまで松永大佐に向かってものを言う女性は日本支部にはいない。防衛軍全体を探してもいないだろう。
大林少佐の暴露を聞いて、皆は困惑した。
星崎が松永大佐に興味を示さない事は皆も知っている。でも、いかに興味を持たないからと言っても、流石にその発言はどうかと思った。
皆も佐久間と同じ思いを抱いたのか、松永大佐に向ける視線には同情が多分に含まれていた。
視線を集めた松永大佐の機嫌が悪い方向へ傾く前に、佐久間は休憩の終わりと会議の再開を宣言した。
再開した会議で他支部への対応についての意見を纏め、佐久間は星崎に提出させた資料を参加者に見せた。資料と併せて、数日前の通信でルピナス帝国より得た情報も教える。資料よりも、佐久間が知らせた情報で、参加者は一斉に動揺した。通信時に同席した三人は無反応だ。
「次がもう半年後に来るんですか?」
「向こうの見立てだと、半年程度で来るらしい」
次の勢力が半年後以降にやって来る。しかも、次はこれまでの敵よりも強大らしい。
いかに強大な敵であっても、準備期間が存在すると聞かされれば動揺は幾分納まった。
「半年って事は、来年の五月以降になるのか?」
「パイロットは補充されるけど、使いものになる奴は何人いるんだ?」
「それよりも戦力の割り振りを決めるのが先だが、使える奴の人数で大分変わるな」
補充される人員の話になり、佐久間は訓練学校の事について得た、幾つかの情報を開陳した。
「あー、そうだ。訓練学校卒業生の質の低下の原因が判明した。先代が『士官学校卒と訓練学校卒のパイロットの質を同じにする』とか言って、色々とやっていた。具体的には、教え方の上手い教官を士官学校に優先的に配属させたり、教科書を古いものに変えたり、授業内容を変更したりと、割と駄目だった」
佐久間の発言を聞き、参加者の半数がギョッとした。残りの半数は顔を顰めた。
「はぁ!? 先代は何やってんだよ!」「訓練学校の卒業生には出来なきゃガタガタ言っておいて、何を考えてんだあの老害は」「質を同じにしたって意味なんてないでしょうに」「あー、士官学校の卒業生には遺族に金払わねぇとだとか、抜かしている野郎がいたな」「おい、戦死しても遺族への支払いはしない書類にサインした奴じゃないと、パイロットには成れねぇようになっていたよな?」「そうなっているわ。私もサインしたもの」「パイロットの草薙が言うって事は、それで合っている事になるか」「支部長、それは何時から実行されたんですか?」
それから、皆で同時に色々と言い始めた。だが、大きな声では無いが、騒々しい中でもはっきりと聞こえる低い声で発せられた佐藤大佐の質問で騒ぎは静まった。
皆が落ち着いた頃を見計らって、佐久間は回答すべく口を開いた。
「佐々木中佐と井上中佐の次の代からだ」
「じゃぁ、南雲は……」
出席者の一人が八月に戦死した人物の名前を挙げた。
「正にその頃だ。訓練学校の不作は意図的だった。十年前に気づけていればと思うと情けないが、今からでも出来る事をするしかない」
佐久間は一度言葉を切って出席者の顔を見回した。
「訓練学校はともかく、士官学校に関しては教導隊の管轄だ。教導隊にもクレームを入れて、訓練学校卒の教官を引き抜いた。全員臨時教官として扱われていたから、十月に入ると同時に訓練学校で正規教官として動いて貰っている」
「質の向上目的で、訓練学校の卒業生を士官学校の教官にした意味がないじゃないですか!」
全くもってその通りの状態だ。訓練学校の卒業生をどこまで侮辱すれば気が済むのか。遅きに失しているが、出来る事をするしかない状況でもある。
「うむ。だから教導隊の方も色々とやった。疑問は残るが、これで訓練学校の不作期間は終わる筈だ」
「疑問って、何ですか?」
「一昨年度と去年度の卒業生だ。やたらと出来るパイロットが三年前よりも多かっただろう?」
『あー』
佐久間が抱えた疑問は皆も一度は思った事らしい。意図的な不作期間中に、一体何が起きたのか。こればかりは諜報部を総力を挙げても判明しなかった。
「支部長。それに関しては俺から報告したい事が有ります」
「飯島大佐、何かね?」
皆で疑問の回答を考えるも、その答えは出て来なかった。飯島大佐の発言は、そんな中で行われた。当然のように、皆の視線が飯島大佐に集まった。
「一昨年度と去年度の卒業生の中で、出来るパイロットには共通点が在ります」
「共通点?」
「はい。星崎とシミュレーターの対戦を相当な回数をやっていました」
「……マジで? 偶然じゃなくて?」
「マジだ。俺も偶然かと思ったんだが、全員星崎と対戦をやっていた」
飯島大佐からの報告を聞き、佐久間は思った。
……星崎は一体どこまで日本支部に影響を与えれば気が済むの? 変なところまで先々代支部長に似なくても良いのに。
星崎が日本支部に与えた影響は、良くも悪くも大きかった。
皆が反応に困っている中、井上中佐が小さく声を上げた。
「あ。飯島大佐。もしかして、昨日の午前中、止めなかったのは……」
「ん? あー、星崎がシミュレーターでどんな操縦をするのか見てみたかった。結果として一人当たり二分前後で五十人抜きさせる羽目になったが」
『五十人!?』
三人を除いた全員の絶叫が響いた。絶叫しなかった三人は質問者の井上中佐と回答者の飯島大佐に、報告を受けていそうな松永大佐だ。
「飯島、流石に五十人は誇張が過ぎるぞ。五人の間違いじゃないか?」
佐藤大佐の疑問に、絶叫しなかった三名を除いた皆が頷く。佐久間も桁を間違えていないかと思った。
「いいや。星崎は三十人抜きしてから、追加で二十人抜きをした。合計で五十人だ。証拠として、百分を超す録画映像を持って来た。見るか?」
佐藤大佐の疑問に答える為か、それとも似たような質問を受けた時を想定してか。
飯島大佐は準備の良い事に、映像を記録したメディアを取り出した。事前にこの手の質問を受けると推測していたと佐久間は確信した。
真偽を確かめる為に、佐久間は大林少佐に指示を出して、最初の十分間だけ映像を見る事にした。
『……うわぁ、これは酷いっ』
飯島大佐の発言通り、二分前後で一機が撃墜される映像だった。確り五回の対戦が行われた。
その対戦内容は、星崎機にどんな攻撃をしてものらりくらりと躱されて、近づかれたらあっと言う間にコックピット部分に攻撃を叩き込まれて撃墜と言うものだった。
「ちなみにだが、一昨年度と去年度の卒業生だと、対戦時間が五分前後にまで伸びる」
「三分の違いは大きいな」
「九月に訓練学校に向かった時、星崎と対戦がしたいって申し出る奴が何人かいた。顔は覚えたから、ツクヨミに戻り次第、申し出た奴の成績を調べたんだ。そしたら、全員実技の成績が十番以内に入っていた」
『ひぇぇ』
松永大佐と飯島大佐を除いた二人以外の全員が顔を引き攣らせて悲鳴を上げた。
「これは一昨年度と去年度の卒業生にも当て嵌まる。ここ十年間で、最も早く中尉に昇進しそうな奴も星崎と対戦をやっていた」
「飯島大佐。星崎が授業で教官と対戦した結果は調べたの? 流石に教官相手だったら負けを経験しているでしょう?」
「それは俺も思ったが、星崎は今のところ負け無しだ。引き分けも六月の一件以外では無い」
星崎の戦績を知り、殆どの出席者がギョッとした。
「えっ!? アイツ、一度も負けた経験が無いの! 教官にも先輩にも負けた経験が無くて、引き分けも一回しか経験していないの?」
「その引き分けも、向こうが勝手に撤退したよな?」
「ええ、その通りよ。この戦績を考えると、星崎はもうちょっと威張り散らしても許されるわね」
星崎はそれなりに気は強いが、目立つ事を好まない。けれど、嫌なら嫌とはっきりと言う。実際、六月に村上元中将に向かってはっきりと物申した。
「星崎が言うには、教官には手を抜かずにボコボコにしていたらしい」
「手ぇ抜いてこの対戦をやるとか、ありえないだろ!」
「本人が言うには、『セクハラ教官を物理的にボコボコにすると怒られるが、シミュレーターの対戦ならどれだけボコボコにしても負け惜しみを聞くだけで済む』らしい」
「怒りを原動力に、教官をフルボッコにしていたのか……」
これだけを聞くと、セクハラを行った教官一同の自業自得にしか聞こえないから不思議だ。
「負け惜しみの内容は大体決まっていて『実戦でそんな動きは出来ないし、体が持たない』なんだと」
「何だその負け惜しみは?」
「星崎が操縦するガーベラを見ると、実戦でも可能な動きだよな?」
「星崎も最初こそ、その負け惜しみが正しいか判らなかった。だが、操縦方法が戦闘機と近いパワードスーツを使い、何度か実験をして真偽を確かめたらしい」
「確かめたって……。あれ? え? 待って。もしかして、星崎の耐G訓練成績が日本支部一なのは……」
続いた飯島大佐の発言を聞き、出席者の一人が星崎に関して何かに気づいた。気づきはしたが、言い難そうに言葉は最後まで発せられなかった。飯島大佐は途切れた言葉の先を引き継いだ。
「その実験の結果だろうな。戦闘機と違い、パワードスーツには重力制御機は搭載されていない。無茶な動きをして、実際に体に掛かる負荷を体験した。そんで星崎は、こうも言った。『訓練学校にいた頃は、シミュレーターの訓練時間よりも、パワードスーツの操縦時間の方が長いかもしれない』とな」
飯島大佐の報告を聞き、皆で顔を見合わせた。
星崎が独自に行っていた訓練方法は既知のものでは無い。斬新過ぎるし、何より、星崎以外では出来ない訓練方法だ。
佐久間も九月に、星崎が行っていた訓練の一つとして報告を受けている。実施はした。結果は眩暈を起こして倒れるものが続出しただけだった。
凡人と非凡の違いを知るだけで終わった。
「支部長。訓練学校について俺から一つ提案が有ります」
「提案? 教官を補充しているのに、何をやるんだ?」
「月に一回、星崎を派遣したいです」
飯島大佐が星崎を派遣したい理由は何となく想像出来る。パイロットの質を向上させたいのは解るが、星崎で無ければ出来ない事が多々存在するので、佐久間としては却下せざるを得ない。
「うん。却下。星崎には頼みたい事が有るから、こっちを優先して貰う。今月二十七日、何人かを訓練学校に派遣して、約二ヶ月経過するから、視察に行って現場の意見を聞いて貰おうかと思っていた。提案は却下するが、滞在日数を伸ばそう。派遣人員は星崎と松永大佐と飯島大佐と、あと二人かな?」
「佐久間支部長。その選出理由は何ですか?」
「九月に訪問した四人の中から選んだ。下旬だから、佐藤大佐は来月の定例会議の準備を優先して貰う」
来月の定例会議の準備を優先しろと佐久間が発言したら、佐藤大佐は居心地悪そうに身動ぎした。
「残り二人は誰にするんですか?」
「個人的には違いを知る為に、士官学校の卒業生に向かって欲しかった。けれど、士官学校から異動した教官がいるから、将官級からにしようかと思っている。部隊単位で指示する時、一度は『パイロットにこうして欲しい』と思った経験が在るだろう? 代表者一人でも良いから、『どうしてパイロットはこう動くのか』を見て来て欲しい。次の定例会議で内容を報告してくれ。あ、人員の選出は工藤中将以外からにしてくれ」
佐久間が最後に付け足した事を聞き、工藤中将はガッツポーズを取り、他の将官級の出席者は嫌そうな顔をした。二つに分かれた反応を見て、報告が嫌なのかと思った。単純に仕事が増えるから、嫌がるのは解る。
でも工藤中将よ。君は残骸の回収に高橋大佐と一緒に向かうんだぞ。書類仕事を苦手とする高橋大佐では真っ当な報告書は作れない可能性が高いから、工藤中将が一人で作るんだよ。
仕事の量を考えると君の方が良いのに、どうして喜んでいるんだ?
「二十七日の午前中に出発するから、前日までに相談して決めてくれ。日帰りでは無く、二泊三日だ」
泊まり掛けだと知った将官級出席者達は、一斉に飯島大佐を見た。
「何だ? 俺も泊まりで行くんだぞ?」
「事の発端である事に変わりはないだろ?」
「だったら日数を減らすか? それとも、仕事を理由に半日でとんぼ返りするのか?」
「……半日で終わる?」
「無理だな」
飯島大佐の断言を受けて、彼を見ていたもの達は肩を落とした。
このあとも何度か話が途中で別の方向に逸れたけど、会議は進んだ。
早々に終わった、残存戦力の確認と、残骸回収の人員の選出以外に、戦力の割り振りと他支部の要求への対応について決まった。
他支部への要求――アゲラタムの操縦方法の開示については、星崎が提案した通りに行う事になった。『流石、混沌の申し子』と、褒めているのか貶しているのか判らない感想が出た。
本人がこの感想を聞いたら、何を思うのか。佐久間は少し気になった。
そして、あと少しで十二時になろうかと言う時に、その話題は出た。
「飯島大佐。聞きそびれたけど、星崎はどうして貴方の部下とシミュレーターの対戦を行う事になったの?」
それは草薙中佐から発せられた疑問だ。
今更だが、事情を知らぬもの達は『確かに』と同意した。
「元々、対戦をさせる予定は無かった。三年以上前の卒業生に星崎を『パイロット候補だ』って紹介したら、『こんなチビがパイロット候補の筈がねぇ』とか、『何かのコネを使っているんだろ? 実力見せろ』とか言い出して、俺と井上が止める前に星崎をシミュレータールームへ連れて行ったんだ。その結果は教えた通りで、合計五十人が敗北して膝を突いた」
真相を知り、出席者の殆どが呆れた。佐久間もその内の一人だ。これではただの引き立て役だ。
「喧嘩を売られて、返り討ちにしただけだったのか」
「ああ。しょうもないだろ」
「しょうもないって言うか、誰彼構わずに喧嘩を売るなって話だな」
「うん。その通りだ」
話は終わりと言わんばかりに、飯島大佐はそれ以上口を開かなかった。呆れていたもの達が多かった事もあり、話は終わった。
二時間の昼休憩を出席者一同に告げた佐久間は、松永大佐に午後に星崎を連れて来るように頼んだ。
午後の会議に星崎が出席すると知り、半数以上が嫌な顔をした。
「話が逸れてしまったが、午後に改めて敵勢力について話し合う。資料に書かなかった事や、向こうに開示しても良い情報か否かを再度尋ねる事になるかも知れん」
「支部長。その資料の情報は合っているのですか?」
「合っているだろうな。新しい勢力の名を聞かされて驚いたのは星崎も同じだ。情報の時差とは関係無く、我々が知っておくべき情報を纏めた資料だ。資料を作った星崎も、情報の開示範囲を向こうに確認していた。嘘を書く理由が無い」
「そ、そうですか……」
上がった疑いの声に、佐久間は自信を持って言い切った。
佐久間の淀みの無い回答に、疑問の声を上げた男性中佐は反応に困ってか、戸惑いを見せた。彼の反応を見て、出席者の何人かは不思議そうに顔を見合わせた。
「おい、清水。まだ疑ってんのか?」
「いや、貰った資料を星崎が纏めたのかと思ったんだよ。ほら、松永が星崎に仕事を手伝わせているって言っていたから」
「疑い損だな。ま、貰った資料が間違っている可能性が有っても不思議じゃないが、支部長の言い分だと、星崎が知る情報っぽいな。星崎も今になって嘘を教える必要性がねぇ」
「……そうだな」
周囲の反応を見て、男性中佐こと、清水中佐は諦めたような顔をした。元々疑り深い性格をしていたから、星崎の事を信じ切れていないのかもしれない。
疑われている当の星崎は『信じて頂けたんですか?』と割り切っていた。
「清水中佐。星崎の事を疑っても意味は無いぞ。私が周りに情報を教えたと言えば、『信じて頂けたんですか?』と当の本人があっけらかんと言ったんだぞ。星崎も徹頭徹尾、信じて貰えるとは思っていない」
「支部長。それはそれでどうなんですか?」
合いの手を入れるようなタイミングで、飯島大佐が突っ込みの声を上げた。同意見のものは首肯した。
「疑ってしまう気持ちは解るが、星崎経由で得る情報は貴重だし、向こうからの支援も取り付けた。これ以上星崎を疑っても意味は無い」
佐久間は改めて解散を言い渡し、全員に昼食を取りに行けと、会議室から追い出した。
佐久間は一条大将と大林少佐の二人と共に、無言で出席者達を見送った。全員が会議室から出た事を確認してから、ドアを見つめながら一条大将が口を開いた。
「支部長。清水は白なんですか?」
「白だ。『神崎少佐と二人っきりの緊縛お風呂尋問』を受けて、完全に縁を切った事は確認済みだ。『次に怪しい行動を取ったら、今度は神崎少佐と一週間無人島でお泊りデートだよ』と言っておいた」
「……さり気無く鬼畜の所業だな。同じ男としてよくそんな事を思い付くな」
一条大将は恐怖で身を震わせた。その恐怖は当然だろう。佐久間が神崎少佐から受けたくない事を、そのまま実行しただけなのだ。
横で話を聞いていた大林少佐がため息を零した。
「そんな事をせずとも来月で本国に送り出す予定です。清水中佐が抜けた穴は誰にするんですか?」
「それは送り出してから、皆で話し合う予定だ。さ、我々も昼食を取りに行こう」
佐久間は立ち上がり、二人を連れて食事に向かった。




