会議までの日々
昼食を取り終え、飯島大佐が去ったら午後の仕事に取り掛かる。
資料と回答表の二つは、追加可能な情報が多くなった為、一から作り直している。
今日分の仕事は午前中に終わらせたから、のんびりと作れる。でも、情報の開示範囲を考えて言葉を選ばなくてはならない。
使用する言葉の取捨選択で時間が掛かる。時間が掛かるとなれば、その進捗は当然のように遅くなる。
だが、今日の日付は十一月三日だ。定例会議が始まるのは七日なので、その前日か、徹夜して当日の朝までに完成させればいい。
けれど、徹夜をするには松永大佐の許可が必要となる可能性が有る。徹夜は基本的に出来ないと考える。やっぱり締め切りは前日か。
今日はもう午後なので、残り三日で終わらせなければならない事になる。
……一度少し詳細なものを作って、言葉を削って行った方が早いかな? 大雑把なものは作ってあるから、ザックリとしたものを作って詳細を足した方が早いかな?
昨日までに作ったものを一度見て、情報の開示範囲を思い出し、情報を足して作る事にした。
情報の開示範囲が広がったとは言え、一般に公開するような情報の域を出ない。速報に比べると、ちょっと詳細が判明している程度だ。
だが、厄介な組織に関わる資料も作らなくてはならない。本当に、何故あの組織が動いているのか?
中堅犯罪組織『ティファ』が関わっている犯罪の種類は広い。
大抵の組織は『一系統だけ』に関わる事が多いのだが、この組織は分別無く関わっている。
犯罪組織としての規模もそこそこ大きいから可能なんだろうが、向こうの宇宙で指折りの犯罪組織ですら、犯罪の系統が決まっている。
内部の実情を知る機会こそ無かったが、関わる機会は有った。
何を隠そう、義理息子のユーストマはここに攫われた経験を持つ。攫われたのは一度だけど、単身で救助に向かったあの時は結構暴れた。
うっかり暴れ過ぎて、半壊・全壊・倒壊・消滅した建物の合計は二百棟を超え、死傷者と行方不明者は合計で千人を超えた。
救助活動前に当時の皇帝に連絡を入れたかから、始末書提出とはならなかった。結果として、組織の力を削ぐ事に成功したからだけど、滅茶苦茶文句を言われた。
当時のルピナス帝国の皇帝は先代だった。
先代はセタリアと違い、非常に真っ当な人格をしていた。セタリアと比べて真っ当だが、割と思い切りのいい皇帝だった。見た目は『仕事の出来る男装の麗人』だけど。
話を戻して。
ちょっとした因縁の有る犯罪組織だが、あの日以降は接触していない。
驚いた事に、報復すらして来ないんだよね。やっぱり暴れ過ぎた事が原因か?
犯罪組織ティファの資料を簡単に作って内容を読み直し、ふと思い出す。
そう言えば、ティファは自爆テロ『赤頭巾』を高頻度で行う組織だったな。
警戒と警告を込めて、自分が知る範囲で行われたティファのテロ活動についても記載しておくか。ロシア支部の二の舞だけは避けなくてはならないし。
作った資料は、松永大佐か、支部長か、大林少佐に一度見せよう。
大体の予定を立ててから資料作りに臨んだ。
十一月四日の十時。
隊長室前の廊下で再びやって来た高橋大佐に、購買部で購入した催涙スプレーを試しに使った。勿論、使ったのは松永大佐だよ。購入して一本置いておいて正解だった。
催涙スプレーを浴びた高橋大佐は悲鳴を上げて、そのまま床で転げ回った。
だが、催涙スプレーの持続時間が短いのか。それとも、高橋大佐の耐性が高いのか。
高橋大佐は催涙スプレーを浴びると、最初は悲鳴を上げて涙を流して苦しんだ。でも、三度も浴びると悲鳴すら上げなくなった。
催涙スプレーを玉ねぎ系から、ニンニク系に変えて、最後に唐辛子系に変えたが、結果は同じだ。
「……薬品耐性を得たゴキブリみたいにしぶといですね」
「誰がゴキブリだ!!」
「本当にその通りだな。スプレーの威力が弱いと、製造元に苦情を入れておくか」
「否定しろ! つか、苦情を入れんじゃねぇ!」
自分の口から漏れた感想に、松永大佐はスプレー缶の表示を見ながら同意した。
唐辛子塗れになったにも拘らず、未だに元気な高橋大佐がキレて、今度は松永大佐に飛び掛かった。
しかし、どこに隠し持っていたのか。
松永大佐は冷静に上着の下から、以前月面基地で没収されてそのままだったスタンスティックを取り出し、高橋大佐を床に叩き落した。
電源を入れていなかったのか、高橋大佐は電撃に襲われる事は無かった。
だが、これが止めの一撃となったのか。高橋大佐は大の字に床に伸びた。うつ伏せのまま陸に打ち上げられた魚のように、高橋大佐の手足が床の上で跳ねている。
「……強くやり過ぎたか?」
「一応、まだ生きているみたいですよ?」
「生きているのなら、姫川少佐を呼べば良いな」
高橋大佐の生存を確認してから、松永大佐は姫川少佐を呼んだ。
約十分後。
姫川少佐が憲兵部の人と一緒にやって来た。高橋大佐は憲兵部の人の手で担架に乗せられて運ばれた。憲兵部の区画内に存在する医務室に運ぶらしい。何でだろう?
「支部長と神崎少佐から今回だけ特別に許可を頂きました。高橋大佐は定例会議当日の朝まで、憲兵部が保有する隔離部屋にいて貰います。見張りも借りる事が出来ました。あ、高橋大佐の仕事は全て隔離部屋に搬入済みです」
「私としては、佐久間支部長と神崎少佐の許可を取得済みならば構わない。定例会議で、今回の事を理由に高橋大佐を月面基地に飛ばしたいと、佐久間支部長に訴える。期間がどの程度になるか不明だが、女性陣の反応次第では長期になる」
「分かりました。他の部下にもそのように知らせておきます」
姫川少佐は松永大佐に頭を下げてから去った。
だが、その前に行われたやり取りは、二人揃って微笑みを浮かべたまま行っていた。大人二人のやり取りを見て思った。微笑みと言うか、あれはアルカイックスマイルだ。
それにしても、高橋大佐と姫川少佐はどっちが上なのか判別出来ない時が在るから困る。
仕事に戻ったが、玉ねぎとニンニクと唐辛子の匂いが廊下に残った。消臭剤を撒いて臭い消しを行ったが、中々消えなかった。
十一月五日は何も起きなかった。定例会議に必要な書類をこの日の内に作り終え、松永大佐と大林少佐に一度見せて、ちょっと手を加えたぐらいだ。
他は……強いて言うのなら、昼食時にやって来た飯島大佐から『負け犬になった野郎共を慰める為に、材料費を出すから摘まめるものを作ってくれ』と頼まれたぐらいだ。前日との差の酷さよ。
その日の内に絞り出しクッキーを大量に焼き、バスケットに詰めて翌日の午前中に持って行った。
松永大佐の気遣いで、井上中佐と一緒に飯島大佐の許へ向かった。
飯島大佐にバスケットを渡したら即帰る予定だったが、『こんなチビがパイロット候補の筈が無い』と、居合わせて事情を知った三年前以上の卒業生達から『何かのコネを使っているんだろ? 実力を見せろ』とシミュレータールームに連れて行かれた。
一人と対戦すれば良いのかと思ったが、二分前後の対戦を続けて、気づけば三十人抜きを終えていた。
思わず『対戦相手は一人じゃなかったの?』と言ってしまい、顔も名前も知らない卒業生一同をかなり怒らせてしまった。殺気立つ卒業生を相手に、追加で二十人と対戦を行い、全てを勝利で終わらせた。
ここで漸く、飯島大佐から『そこまで』と待ったが入った。
ぶっちゃけると、遅い。時計は既に十二時直前だった。十二時までに戻って来いと松永大佐に言われていたのに。
膝を突いている卒業生を無視して井上中佐と一緒に急いで帰ろうとしたが、飯島大佐が『松永に説明する為に一緒に行く』と言い出し、一緒に移動する事になった。
松永大佐に『戻るのが遅れた理由』を飯島大佐が説明した。松永大佐は威圧感の有る笑顔を浮かべて、飯島大佐に再発防止を求めただけで済ませた。
なお、飯島大佐からの依頼で作った大量のクッキーは、敗者となった去年度と一昨年度の男子一同が泣いて分け合って食べたらしい。
流石に女子一同も、同情して見逃したのか。




