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モブキャラとして無難にやり過ごしたい  作者: 天原 重音
作戦と試練 西暦3147年10月後半

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帰還後の午後

 松永大佐が昼食をほぼ取り終えた頃に、午後の予定の有無について尋ねる。幸いにも無かったので、午後にやりたい事を松永大佐に告げた。二つ返事で許可は下りたが、松永大佐の監督下で行う事が条件だった。飯島大佐と中佐コンビも行きたいと希望したので、食休み後に五人で向かう事になった。

 頂いた茶菓子は三時のおやつとして残す事になった。なお、ドイツ副支部からのお礼の品は明日のお昼に届くらしい。

 ところ変わって、演習場。

 試験運用隊が保有する演習場には、ジユとアゲラタムの他に、赤く塗られた二体のアゲラタムと、オニキスが片膝を付いた状態で安置されていた。

 オニキスを見た飯島大佐は最初は驚いた。オニキスを既に一度見ている松永大佐と中佐コンビも改めて見て、アゲラタムの違いについて気づいて驚いている。

 支部長が『リアルタイム中継されていた』って言っていたから飯島大佐も見ていたのかもしれない。

「映像でも見たが、実際に見るともっとデカく感じるな」

 飯島大佐の感想に心当たりが有るけど黙った。色々と実験台にした結果、普通のアゲラタムよりもゴツイんだよね。黒く塗装し直してからは『大きく見える』とよく言われた。

 大人四人に一声掛けてから、オニキスに乗り込み起動させる。

 最初に行う作業は、収納機から松永大佐が搭乗していた機体を取り出す事だ。拡声機と集音機を起動させてから作業を行う。

 虚空から赤いアゲラタムが登場した光景を見て、中佐コンビが唖然としている様子が全周囲画面に映し出された。松永大佐の指示を受けながら取り出したアゲラタムを指定の位置に置く。

 次に行うのは、収納機の整理だ。知らない間に何かを詰め込まれていたので、取り出して確認する必要が有る。『落ち着いたら連絡する』とセタリアには言ったけど、これを確認してからでなければ通信は出来ない。そして、収納機から武装以外の詰め込まれた物体を取り出すと、案の定な結果になった。



「これで全部か……」

 試験運用隊が保有する演習場は『小さい』分類に入るとは言え、アゲラタム同士で模擬戦が行える程度には広い。そんな広さを保有する演習場の殆どが埋まっている。

 演習場で最も巨大な物体は、全長二十メートルにも及ぶ三個セットの物体――アレから更に小型化が進んだ新式の転移門だ。

 ここまで小さくしたのかと感心したが、『ここまで小さくして、需要は有るの?』と首を傾げてしまった。転移門の元の大きさは二十キロを超す巨大な構造物だったが、目の前の物体は二十メートル程度の大きさしかない。何分の一だよ。

 大人四人に正体を明かしたら、全員ギョッとした。中でも井上中佐はふら付いて佐々木中佐に支えられていた。アレだけ苦労して破壊したものと同じものが目の前にあると知ったら、流石にこうなるか。

 転移門だけはオニキスの収納機に仕舞っておこう。転移門を仕舞っただけで演習場が広く感じる。

 そのほかの物品は、スーツケース、クローゼット、高さ一メートルの樽、一メートル四方の大きな木製のコンテナ、縦の長さが三メートルの長方形の木製コンテナだ。長方形のコンテナ以外は複数個存在する。どれだけ詰め込んだんだよ。

 ボヤいても意味は無い。オニキスから降りて一つ一つ確認する。

 樽は全部酒樽だった。スーツケースの中には、向こうで着ていた私服や小物と履物に、五人分の端末とレターセットが入っていた。レターセットにはルピナス帝国の封蠟セットまで付いていたので、自分が代筆する日が来るのかもしれない。

 コンテナの中身は向こうで市販されている飲食物と、個人使用の道具類が詰め込まれていた。向こうの宇宙以外で使えないものばかりで、泣く泣く手放した道具だが使っても良いのか?

 クローゼットには衣服と小物が収納されていた。見た目通りの使い道だけど、ルピナス帝国で公式の祭典や式典で着ていたドレス(小物もセットで入っていた)や軍服の正装が混ざっていた。


 ルピナス帝国の軍服の見た目は騎士服って感じだ。軍服は左右非対称のデザインで、上衣の裾の長さは左右で違うし、公式の場と帝城に向かう時には上衣の上に所属支部の色を示す片マントを身に着ける。左右の裾の長さの選択と、片マントを左右の肩のどちらから身に着けるかは自由だ。なお、片マントは普段身に着けなくても良い。大体は利き足側の裾が短く、利き手と逆側に片マントを身に着ける。

 でも自分が着る、軍服の正装は違う。どう違うのかって言うと、全体的に豪奢なのだ。

 群青色の軍服の所々にサファイヤと金の飾りが縫い付けられている。軍服と同色のブラウスとキュロットスカートを身に着けるのだが、丈の長さは膝上十センチと短く、遠目にはミニスカートにしか見えない。ベルトを使わず、腰の左右が編み上げ状になっているので、一人で着るのが大変なのだ。

 ここに、腰の辺りで上下に分割された黒いコートを羽織る。腰で分割されているので、二重スカートを穿いているようにも見える。

 コートの上部はボタンで前を閉じないタイプで、袖には金糸で精緻な刺繍が入れられている。金糸の刺繍を際立たせるように、銀糸や粉末にした宝石を使った特殊な刺繍糸までもが使われているが、これが『軍服』だと言う事を忘れないように配慮されており、成金感は無く、黒い鎧の光沢に見える。この刺繡はコートの下部にも施されていた。

 ここに、やや高めのヒールが付いた編み上げの黒いニーブーツを履く。ニーブーツに見えるが、編み上げのブーツに手を加えたものでこちらにもコートと同じような刺繍が入っている。

 最後に銀糸の刺繍入りの白い手袋を付ける。


 そんな軍服がクローセットから出て来た訳だが、何でこんなものが入っているのか?

「ん?」

 クローゼットの内側で張り紙を見つけた。

『こっちに来て貰う事になるかも知れないから、試着しておいてね』

 嫌だなぁ。でも、試着しろって事は一度は着る機会が来る可能性が高いって事だ。試着は大林少佐に手伝って貰うか。

 最後に長方形のコンテナの中身を見る。

「……何でコレが?」

 長方形のコンテナの中身は、先程オニキスの収納機に改めてしまった転移門とほぼ同じものだった。

 ここで『ほぼ』が付くのは、作り上げたのが『自分』だからだ。

 簡単に言うと魔法を使って創り上げた、『人間だけが通る事を想定した』小さな転移門だ。

 作成工程で魔法を使用しているので、向こうの宇宙の技術を完全に無視している。そんな事実も在り、ルピナス帝国の機密品扱いの一品だ。国家間の交渉次第では、他国にも高値で売り渡していた。

 一個(一対ではない)当たり旧式転移門を作る半分の金額で、先史文明と似たような技術品が購入出来ると意外にも受けたよ。ルピナス帝国に『対となるもの(出入り口)』が存在するから、一つだけの販売だった。仮に分解しても、全く同じものを作るのは不可能だと思われて、『売ろう』ってなったんだよね。決めたのは先々代の皇帝だ。

 しかし、これが手元に来たって事は、本格的に誰か来るのか。一体、誰が来るんだ?

「星崎? 中身は何だったんだ?」

 こちらに来れそうな面々の顔を思い出していると、背後から松永大佐に呼ばれた。

「あー、支部長に直接報告した方が良い物品です」

「佐久間支部長に報告を要するものか。なら、先程の転移門同様に仕舞っておけ。報告は直接見せながらが一番だ」

「分かりました」

 機密品でもある中身を言う事だけは憚れたので、『支部長に報告もの』と言って誤魔化した。支部長の名前を出したからか、扱いは簡単に決まった。

 長方形のコンテナをオニキスの収納機に仕舞い、残りの物品を紹介し、自分が個人で使用していたものは端末の収納機に仕舞った。

 残りの品々の扱いは大人四人で話し合って決めて貰う。特にお酒は大人に決めて貰うしかない。今はお酒が飲めない未成年者だからね。

 支部長、早く戻って来てくれないかな? 向こうの時間では、まだ寝ている可能性が高いけど。


 このあと。

 松永大佐が搭乗していたアゲラタムの修理箇所の確認を行い、一度解散となった。

 オニキスに関する質問は、月面基地で支部長が『来月の定例会議で受け付ける』と言っていた事を松永大佐が飯島大佐に教えた事で無くなった。それまでに質問内容を纏めると飯島大佐は言っていた。解散間際に、可能な範囲でしか回答は出来ないと、飯島大佐に釘を刺した。けれど、飯島大佐の反応は手をひらひらと振っただけだった。実に適当な反応だった。

 中佐コンビは来月から、再び月面基地の駐在担当になるらしくその準備が残っていると言って去った。月面基地駐在期間中に年を越すとか笑って言っていたけど、苦労が透けて見える。

 でも三人揃って、夕食はこっちで食べると言っていた。夕食もちょっと豪華なのかな?

 オニキスを一度演習場に置いたまま、夕食時になるまで隊長室で松永大佐と一緒に次の定例会議で使用する書類や資料作成を行う事になった。

 松永大佐から必要となりそうな資料リストを貰いコツコツと作って行く。作る資料は転移門の他に、アゲラタム、オニキス、敵勢力に関するものばかりだった。この辺りの情報を持っているのは自分だけだから、次の定例会議に呼ばれる可能性が高そう。

 同時に支部長の考えも何となく解る。作戦が終わったから、遂に日本支部の一部にも公表する。

 事前に作った資料を松永大佐に見せて、――いやその前に、セタリアに公開しても良い部分の確認をした方が良いかな?

 少し悩んだが、今は資料作りに専念しよう。確認は作ってからでも可能だしね。

 そうそう、休憩時にアメリカ副支部長から貰った茶菓子のチョコレートを食べたよ。アメリカにも出店している、ベルギーに本店を持つ有名な菓子店らしいが、知らない。美味しいから良いか。


 そして、十九時頃に仕事を切り上げて松永大佐と一緒に食堂へ向かう。

 その道中で神崎少佐がやって来た。何事かと首を傾げると、何故か新しいスタンスティックを、ベルトに吊るす形で提げるケース(拳銃のホルスターに似ている)と一緒に貰った。

 新しいスタンスティックを手にして思い出す。前に差し入れとして貰った一本は、松永大佐に貸し出したまま手元に返って来ていない。

 スカートの下に隠すように持ち歩いていたからか、怒られたんだよね。

 貰ったその場でスタンスティックのケースをベルトに装着する。剣を佩くのと同じ感覚で、ケースの位置を決める。

 自分がケースを装着していた間に、神崎少佐は松永大佐に高橋大佐の『あのあと』について報告していた。

「松永大佐の踵落としを脳天に受けて、痛みでのた打ち回っていたでしょう。松永大佐が食堂に入ってから、高橋大佐を全力でハグしたの。そしたら、高橋大佐ってば、白目を剥いて失神しちゃったのよ」

「根性が無いにも程が有る。これを前にして気絶する軟弱ものだったか」

 神崎少佐を前にして、高橋大佐は意識を飛ばしたらしい。

 控えめに表現しても、筋肉ダルマとしか言いようの無い神崎少佐が『全力』で抱き着いたのならば、背骨を含む骨が折れてしまいそうだ。でも、目の前にいるのは神崎少佐だ。激痛に耐えないと別の意味で襲われる可能性が有るんだけど、憲兵部の人だからそこまではやっていないだろう。そうだと思いたい。

「あのあと、高橋大佐の副官が引き取りに来たから、そのまま引き渡したわ。スタンスティックの貸し出しの確認をしたけど、要らないって言われたわね」

「自業自得だな。擁護する価値も無い」

 松永大佐はそこで神崎少佐との会話を切り上げた。神崎少佐を見送り、改めて食堂へ向かう。



「そうか。あの野郎に相応しい末路だな」

 昼食時に見た高橋大佐のその後を、松永大佐から知らされた飯島大佐は神妙な顔でそう言った。嫌いな故人を思い出すように言わなくても良いと思うんだが。

「飯島大佐。高橋大佐はまだ死んでいないですよ」

「アレに抱き着かれて白目を剥いたんなら、精神的に死んだも同然だろ」

「……否定出来ないですね」

 井上中佐が常識人っぽく指摘したが、言い返された飯島大佐の言葉を肯定してしまった。

 松永大佐と佐々木中佐は『我関せず』と言った顔で、昼食同様にちょっと豪華な夕食を食べている。昼食同様にデザートも付いていたが、ティラミスだった。作業工程で選んだんだろうな。

 昼食時と同様に既に完食済みの飯島大佐はデザートに手を付けなかったが、ティラミスはあまり甘くないデザートだと教えた。すると興味を持った飯島大佐が珍しく手に取った。

 味見だから少量だけど、ティラミスを一口食べた飯島大佐は目を瞠った。

「ほぅ、思っていたよりも甘くないんだな」

「クッキーがコーヒー液に浸されているのと、最後の工程で甘くないココアパウダーを万遍無く振り掛けるので、ほろ苦いデザートですよ」

「ふぅん。これだったら少しは食えそうだな」

 そう言うなり、飯島大佐は追加のティラミスを取りにカウンターへ向かった。珍しい光景だが、誰も何も言わなかった。

 中佐コンビは山盛りにした夕食がまだ残っている。松永大佐は二人前ぐらいの量をゆっくりと食べている。自分も普段よりも多めに夕食を食べているが、ちゃんとティラミスを食べる分の余裕は残しているよ。ほろ苦いけど、甘いコーヒーに合うから絶対に食べる。

 飯島大佐が最初に完食したのは、ここに最初に来てしまったからだ。

 自分達が来たのは、飯島大佐が半分ぐらい食べ終えた頃だった。隊長室から出た時間が十九時と少し遅かったし、道中で神崎少佐とも会っていたので、完全にタイミングがズレた結果だ。

 ふと、十九時を過ぎていると言う点から、月面基地との時差を思い出した。

 向こうだと、十時を過ぎた頃かな?

 本日、月面基地で会議を行うと聞いたけど、何時から開催されるんだろう? 

 忘れようにも気になってしまったので、大人四人に思い切って尋ねた。変な顔をせずに松永大佐から教えて貰ったが、九時だった。

 向こうの時間で九時って事は、会議は既に開催されている事になる。

 自分が質問をしたからか、食事の話題は月面基地で行われている会議になった。

 飯島大佐は知らされていなかったのか、今日の会議で支部長がセタリアとのやり取りの一部を開示すると聞き、驚愕していた。

「大丈夫なのか?」

「開示する情報はほんの一部で、『日本支部は接触しても良いと、判断されただけだ』と主張するそうです。どう転ぶかは知りませんが、少しは警戒した方が良いでしょうね」

「警戒か。それは、誰かがここに来るって事だよな。それとも、十年以上もやっていない交流会が再開になるのか?」

 交流会の再開と聞き、ティラミスを口一杯に頬張っていた中佐コンビが顔を上げて『もが?』と声を上げて反応した。だが、二人は僅か数秒でティラミスに意識を戻した。子供のような反応だ。

「その辺りは佐久間支部長がどうにかするでしょうが、交流会の再開程度で落ち着くと思いますよ」

「その根拠は?」

「ガーベラのパイロットに特別褒賞を出す事が決まり、佐久間支部長が直接尋ねました。パイロットが希望する褒賞の内容を書いた紙は佐久間支部長の手元に届いています。それを会議中に読み上げたら、どうなると思いますか?」

「……過去の所業を考えると、パニックが起きそうだな」

 ニコニコとイイ笑顔を浮かべる松永大佐と渋面を作る飯島大佐だったが、二人の視線は何故か自分に向いている。全くもって解せぬ。しかし、飯島大佐より『九月の定例会議を思い出せ』と言われて思い出すと、心当たりしかないので何とも言えない。

「交流会で落ち着くんならいいが」

 飯島大佐はそこで言葉を切り、真っ直ぐに自分を見つめた。

「星崎。お前は特別褒賞として何を希望した?」

 真顔の飯島大佐が特別褒賞の内容を聞いて来た。

 そこまで気にするものじゃないと思うが、ここは素直に回答しよう。松永大佐と中佐コンビも興味津々と言った感じで自分を見ている。

 自分は支部長に希望した内容を口にした。

「そう来たか」「そこまで嫌なのか?」「佐々木。嫌だから、特別褒賞で叶えて貰う事にしたんだろ」 飯島大佐は呆れ、佐々木中佐は首を傾げ、井上中佐は納得顔で突っ込みを入れた。

「ふむ。想像の斜め上を行く希望だが、日本支部にとっては都合が良い。佐久間支部長も笑顔で許可するだろうな。懸念材料は、他支部がどう動くか不明である点か」

 松永大佐は一人冷静に分析していた。

「私も特別褒賞が出ると聞いた時は昇進だと思いました。支部長が『支部長の権限で可能な範囲で』とおっしゃったので、広報部の手伝いとかのメディア露出が嫌だったので、この内容を希望しました」

 より正しくは注目を浴びたくないからなんだが、納得して貰う為にそれらしい理由を言った。

「……ああ。松永の二の舞を防ぐ為か」

「飯島大佐。どう言う意味ですか?」

「まんまの意味だ」

 笑顔を浮かべる松永大佐から逃げるように、飯島大佐は顔を逸らした。

 飯島大佐の言葉を聞いて、作戦前に聞いた事を思い出す。

 そういや、松永大佐も広報部の手伝いをやったんだっけ? 

 具体的に何をやったのか気になるけど、松永大佐に視線を向けたら笑顔で威圧された。聞くなって事らしい。質問を諦めて残りのティラミスを食べた。


 

 夕食後の談話は行われない。互いの簡単な近況報告は昼食時に済ませている。なので、食事が終わればまったりとした時間となり、適度に食休みを取ったら解散となった。

 今日の業務は終わっているので、自室に戻った。解散間際、松永大佐は自分に向かって『早めに寝ろ』と言った。『子供か』と突っ込みたいが、まだ未成年の子供だから我慢した。

 軽く伸びをしてからベッドに腰掛けて、そのまま上半身を後ろに倒した。

 そのままぼんやりと天井を見つめて、今日の日付を思い出す。

 十月三十一日。六月にクォーツと戦闘したあの日から、四ヶ月半が経過する。

 半年どころか、五ヶ月にも満たない月日で、自分を取り巻く状況は変わり果てた。

 退役年齢になるまで、モブキャラとして無難にやり過ごす予定だったのに。どうしてこうなった?

 でも、この状況じゃそんな我儘は言っていられないだろう。

 作戦に集中する為に、一旦放置していた事を思い出した。端末を起動させて、セタリアから貰った情報のとある画像を表示させた。

 空中ディスプレイに写るのは、天を衝くような威容を誇る顔の無い白い巨人だ。とても情報捕食生命体には見えない。

 巨人の撮影場所が宇宙空間だったのか、闇色を背後に小惑星か衛星と思しきものが浮かんでいる。

 けれど、撮影場所は太陽系では無い。向こうの宇宙とこちらの宇宙を繋ぐ、次元の亀裂が出来た小さな惑星の地表だ。

「先史文明を傾け滅ぼした厄災の亜種、か」

 記録に残っている厄災の巨人に知性は無い。事実、先史文明を滅ぼした厄災の巨人は『獣のようだった』と、先史文明の生き残りが証言している。何が起きて知性を持ったかは不明だ。

 この人と同じ形をした獣だが、捕食するのは情報だ。

 情報を捕食するだけの、知性の無い生命体。それがこの巨人の正体だ。

 先史文明は技術が高度に進歩していて、宇宙全体が一つの国家だった。それが、この巨人の登場で呆気無く崩壊した。だが、記録上では『国家の崩壊と引き換えに巨人を倒した』となっている。

 その具体的な方法は今日(こんにち)に至るまで判明していない。

 いや、幾つかの仮説は存在する。どれが正しいのか確認する手立てが存在しないが為に、仮説のままになっているだけだ。自分もどれが正しいかは判らない。

 でも、一つだけ言える事は『機械技術だけではどうにもならない』点か。

 自分が予想する『先史文明が選んだ厄災の巨人の倒し方』が合っていなければ良い事を祈りたい。

 

 こいつが、地球に攻め入っている勢力を連れて来た黒幕でなければ、雲隠れを計画したよ。


 思わず嘆息が口から洩れた。

 襲撃が少ない理由は、地球側に技術を進歩させる時間を与える為だった。

 理解し易く言うと『養殖』が近いかな? 

 食べ頃になるまで育てるように、地球に技術の進歩を促している。確かに、向こうの宇宙では戦争と紛争が頻発する地域での技術進歩は目覚ましかった。地球を襲撃して同じ事をしている。

 誰の入れ知恵だと言いたいが、厄災の巨人がこちらの宇宙に来てしまったのは三百年前だ。

 三百年前の地球は、戦争が起きていた。戦時下で開発された技術は今でも使われているし、新しいものに変わっている。

 そして厄災の巨人は、地球の技術進歩の速度を見て次の行動を――地球を標的にする事にした。

 戦争がこんな状況を齎すとは誰も思わないし、別の宇宙から攻撃を受けるとも思わない。

 こいつに関して厄介な点が二つも在る。

 一つ目は、この厄災の巨人がどこにいるのか分からない事だ。少なくとも太陽系にいるが、正確な場所は不明なままで、ルピナス帝国を中心に向こうの宇宙の国々も調査している。

 二つ目は、厄災の巨人を退けたとしても、こいつの下にいる複数の犯罪組織が素直に地球から手を引いてくれる可能性が極めて低い事。

 犯罪組織は中規模以下だと確定している。大規模犯罪組織が動いていないから気休めになるかと、問われれば答えは否だ。

 向こうの宇宙でシェフレラ共和国のように動いている国が無いと断言は出来ない。中国支部のように接触を受ける支部も出そうだ。

 何より厄介なのがアルテミシアだろう。交渉してアルテミシアを味方に付けるのも一つの選択肢だが、セタリアから許可を取らないとややこしい事になる。

 ……しかし、こうして考えると薄氷を踏むって言うか、薄氷の上でタップダンスを踊ると言うか。首の皮一枚で繋がっている状況だ。

 しかも、持ち堪えたのでは無く、遊ばれている。

「あー、止めだ。止め。うん。寝よう」

 画面を閉じ端末を落として起き上がり、シャワールームへ向かう。

 松永大佐からも早めに寝ろと言われているのだ。こう言う時は、何も考えずに言われた通りに眠ってしまうのが良い。

 シャワーを浴び、魔法で髪を乾かしながら思い出す。

 ツクヨミに来てからお風呂はずっとシャワーを浴びるだけだった。たまには湯船に浸かりたい。支部長に褒賞を却下されたら、婆臭いけど『温泉に行きたい』とでも言ってみようかな?

 でも、独りで行くのは厳しいよなぁ。付き添ってくれる女性陣がいれば良いけど、そもそも許可が下りるか怪しい。

 ツクヨミで湯船を保有している隊舎ってないかな?

 どうでも良い事を考えている内に髪が乾き切った。部屋の灯りを落としてベッドに潜り込み、ふと思い出す。

 そう言えば、もう一つの転移門は何時破壊されるんだ?

 セタリアへの質問事項が大量に在る事に気づいた。けれども、ベッドで横になると疲れが溜まっていたのか眠気がやって来た。

 眠気に逆らわずにそのまま目を閉じる。

 やる事は溜まっているけど、起きてから考えよう。

 明日の行動を決めてから、眠りに落ちた。

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