意訳文章を読んだ大人の反応と出発
「これを読む限りだが、こちらの情報は『完全に筒抜け状態』だな」
十分程度、椅子に座り自分のノートパソコンと睨み合った松永大佐が『フランス支部とその本国の調査報告書の意訳文章』を読み、出て来た感想はこれだった。松永大佐が言った『こちら』には、日本支部を含めた全支部とその本国以外も含まれていそうだ。地球に現存する組織全部は含まれていないと思いたい。
国連とその直属の防衛軍の情報は、向こうに全部漏れていると見て良い。その他の組織は、必要になったらその都度調べる筈だ。
室内に椅子は一つしか無い。自分はベッドに座り、端末を起動させてドイツ支部の意訳文章を作っていた。意訳文章作成の手を止めて、松永大佐も知る諜報部の人間の名前を挙げる。
「向こうにはこの手の調査を得意とする人材が豊富にいます。十月の頭に来たディセントラ――えと、執事服の老人は覚えていますか?」
「……あの老人か。覚えているが、それがどうしたんだ?」
「あの老人は皇室直属の諜報部の人間です。あんな感じで調査の手が入ったんでしょうね」
松永大佐に教えたかなと、記憶を探る。バタバタしていたからか、何故か思い出せない。でも、松永大佐の反応を見るに、教えていないか覚えていないっぽいな。
「済まない。聞いたかもしれないが思い出せない」
「私も報告したのか覚えていないので良いですよ」
案の定と言うべきか。松永大佐は覚えていなかった。気にしていない事をアピールしてから、老人こと、ディセントラについて教える。
ディセントラは皇室直属の諜報部のトップだ。見た目は完全に老人だが、千年も生きていない為、どちらかと言うと『若手』に分類される。向こうの宇宙では、最低でも二千年以上生きなければ『若造』扱いされやすい。王侯貴族は普通に五千年以上生きるものが多いし、王族に至っては一万年は余裕で生きるものが多い。
そして、生きた時間はそのまま異能の熟練度に現れる。
ディセントラは自分が面倒を見た事も在り、異例の速さで出世した。
「向こうの宇宙は本当にこちらと違うのだな」
松永大佐。呆れないでくれる?
「ゴホン。しかし、フランス支部の内情がこの状態だと、ドイツとイタリアの意訳文章を見るのが嫌になるな」
話題を変える為か、松永大佐は咳払いをした。丁度良かったので、自分も話題転換に乗った。
「支部長に送りますか?」
「何かの役には立つだろうから送る。ツクヨミとの時差を考えると、今の内に送った方が良さそうだな」
松永大佐が口にした単語を聞いて、現在時刻と時差からツクヨミの時刻を計算する。時差は九時間なので、大抵の人はシャワーを浴びてそろそろ寝るか、人によってはお酒を飲んでいる時間だろう。
作り途中だった文章を保存してから端末を落とし、ボストンバッグからノートパソコンを持ち運ぶ薄い鞄を取り出す。松永大佐は自分の行動を見るなり、文章が変更されていない事を確認してからノートパソコンの電源を落として画面を閉じた。
松永大佐からノートパソコンを受け取り鞄に仕舞い、共に部屋を出て通信室へ移動する。
そして。
『ごめんなさい。支部長は通信に出られないわ。今から一時間前、支部長は飯島大佐からの差し入れチョコチャンククッキーを食べて、泡を吹いて失神しちゃったの』
「大林少佐。実行犯と疑われたくないのなら、満面の笑みを浮かべて言うな」
『おっと、ごめんなさい』
支部長の『代理』で通信に出た大林少佐は松永大佐から指摘を受けるなり、緩ませていた頬を引き締めた。大林少佐の顔が引き締まった事を確認してから、松永大佐は用件を告げて、そのまま話し合いを始めた。
情報の取り扱いについて自分は蚊帳の外だ。松永大佐にノートパソコンを預けて、自分は黙って大人二人のやり取りを無言で眺める。
……松永大佐。笑顔で指摘するところじゃないと思うんだけど。それよりも、本当にあのクッキーを差し入れたのか。そして支部長はあのクッキーを食べて気絶したのか。仕事に支障は出ないのか心配だ。そう言えば、ハルマン大佐もクッキーを口にしたら白目を剥いていたっけ。
クッキーで思い出したが『残りのクッキーは一条大将と工藤中将に食べさせる』って、松永大佐が言っていた。どうなったんだろう? 本当に食べさせたのか。工藤中将が作戦に参加するのか知らない――と言うか、一条大将、松永大佐、ゲルト大佐、中佐コンビ以外に誰が参加するのか知らない。
そもそも作戦の存在自体を知ったのは一週間前だ。しかも、作戦の大雑把な目的しか知らない。詳細を聞きに行かない自分が悪いんだけど。
まぁ、『誰も進んで教える』と言った事をしないのは、自分が知らない誰かに喋るかも知れないと『自分を警戒した』反応だろう。敵勢力に関する情報を持った人間は警戒されて当然だし。それを考えると、疑いが晴れたタイミングはギリギリだったのかもしれない。
実戦に巻き込まれたあの日から今日までの日数を計算すると、四ヶ月と少ししか経過していない。あの日の日付が六月の半ばだったから、そこから報告がセタリアのところへ行き、調査開始となった時点で半月掛かっているだろう。そして、ディセントラが接触して来たのが今月の定例会議の日だから、調査期間は実質三ヶ月か。
出会いが一ヶ月遅れていたら、どうなっていた事か。
考えたくは無いけど、色々と『ぶっつけ本番』になっていそうだ。
いや、セタリアの事だから、日本支部の事だけを先に調べてから接触して来そうだ。それでも時間は結構ギリギリになりそう。
「星崎」
「? はい」
不意に松永大佐に呼ばれた。返事をしてから近づく。一瞬だけだが、松永大佐は不思議そうな顔をしていた。考え事が顔に出ていたのかな? 昔から『よく見ると、顔に出ている』と言われたからその可能性は高い。
松永大佐に用件を尋ねると、意訳文章を送信するそうだ。ノートパソコンのログインは自動で行われるように設定しているから、立ち上げに困る事は無い。データがどこに在るのか分からないのかと思えば、ノートパソコンは鞄に入ったままだった。
松永大佐から鞄を受け取り、ノートパソコンを取り出して立ち上げる。ノートパソコンの立ち上げが完了したら、松永大佐が持って来た有線ケーブルを受け取りノートパソコンと繋ぐ。次に、通信越しに大林少佐からの指示通りにデータを送る。
データの送信には数分の時間を要したが、大林少佐から問題無く受信出来たと知らせを貰う。
『ここまで調べる必要が有るのかってところまで、調査の手が入っていたのね。正直に言って、脱帽するわ』
ざっくりと意訳文章に目を通した大林少佐は感嘆の声を上げた。
向こうでは意外な情報から己にとって有利な方向へ持って行けた事例が存在する事から、割と念入りに色々と調べる。親族関係に、愛人を含めた友人知人との交流関係は当然は勿論、日常で利用頻度の高いお店の名前と購入商品名から、休日の家族との過ごし方まで調査する。
「このあと、ドイツとイタリアの報告書の意訳も行います」
『ドイツとイタリアか。そのチョイスは誰がしたの?』
「私だ。アメリカとイギリスの本国の意訳を頼もうかと思ったが、フランス、ドイツ、イタリアの三ヶ国に少し圧力を掛けた方が良いかと思った」
『それは支部長がやる事でしょう。恩を売ると言う点を考えると、アメリカとイギリスを優先して欲しいけど、最近煩いそっちが良いわね』
大林少佐が口にした『恩を売る』と言うのは、それぞれの副支部長に『恩を押し売りする』事を言うのだろう。と言うか、恩の押し売りをするのか。それってさ、二ヶ国の副支部長にとって『本国から派遣された支部長は目の上のたん瘤だと思われている』と、断言しているも同然なんだけど。良いのか?
そういや、すっかり忘れていたけど、防衛軍の憲兵部長官はイギリス本国から派遣されていたな。その前任はイタリア本国からの派遣だった。
何でだろう。無性にイタリア支部の報告書が読みたくなって来た。六月の痴漢騒動はどんな風に報告されているんだ? 気になる。
『あ、そうだ。星崎は報告書を読んだ感想は有る?』
「感想、ですか?」
『ええ。向こうの人の感性が判らないから、参考までに教えて』
大林少佐よ。そんな理由で自分に感想を求めないで。思わず鸚鵡返しで聞いてしまったよ。
てかね。向こうの面々の感性は『個性的』の一言に尽きるので、参考にならんぞ――と、そう言いたい。けど今回に限っては、読む人間を選ぶ内容なので大雑把な予想は可能なのだ。
「国家元首と近い人が読んだら、抱腹絶倒しますね。もしくは唖然とします。割合的には、八割が内容を理解して大爆笑して、残り二割は理解するのに『時間が掛かり』唖然とします。そして内容を理解してから、二割の内半分が呆れて、もう半分はため息を吐いてから額に手を当てます」
『そこまで反応を具体的に言わなくても良いわ』「そんな反応をするのか……」
大林少佐の目が死んだ。そこまで凹まないでくれ。
松永大佐は『信じられない』と言った顔になっている。読む人間が『国家元首と近い面々』だと仮定してだからか?
向こうの国家の中枢にいる人間は『割と愉快な(意訳)面々』で構成されている。清濁併せ吞むは当然として、どっちを選んでも差の無い二択を迫られたら『己が面白いと感じるか否か』で決めるような連中だぞ? 真っ当な反応を期待するのは無駄だ。
「報告書を読んだセタリアの反応は八割の方だと思います」
『一番聞きたくない予想ね。支部長にもそう教えておくわ。星崎。時間的に可能だったら、アメリカとイギリスもお願いね』
「分かりました」
大林少佐に了承の返事を返すと通信は切れた。最後まで支部長は出て来なかった。一時間経過しても復活しないのか。大丈夫なのか?
「支部長は大丈夫でしょうか?」
「心配は不要だ。どうせ日頃の仕事で溜まった疲労が追い打ちを掛けて眠りが深いだけだろう」
松永大佐の口からスラスラと、台本の台詞を読み上げるように、ノーブレスで言葉が出て来た。藪蛇っぽい気配がするので、ここで『眠りが深い』については突っ込まない。
このクッキーについて自分から松永大佐に話した事は無い。多分が付くけど、昨晩支部長への差し入れ品として作ったと説明した時点で『こうなる』と予想していたんだろう。
「クッキーで思い出したのですが、残りの四枚はどうなりましたか?」
「アメリカ支部長とドイツ支部長に、私に直接暴言を吐いたパイロット二名と面会した時に食べさせた。流石に一条大将と工藤中将に二枚ずつ食べさせて、予定に支障が出ては困る」
「……食べてどうなりましたか?」
支部長が失神したのなら、他に食べた人も倒れていそうだな。作った責任をひしひしと感じ、聞きたくは無いけど確認を取る。
「全員白目を剥いて倒れた。泡を吹いて痙攣していたが、命に別状は無い。医務室に運ばれたが、作戦に関係の無い四人だ。作戦が終了するまで眠っていても問題は無い」
松永大佐。笑顔で言う事じゃないぞ!? 普通に大事じゃん! 何で食わせたんだよ!? そんな事よりも、今回の作戦にアメリカ支部『も』参加するのに、その支部長を気絶させて良いのか?
「各々の副支部長に事情説明を兼ねた連絡を入れたら、文句を言われるどころか『少しの間、仕事が楽になる』と逆に大喜びで礼を言われた。作戦終了後に良い茶菓子が私宛で届く事になった」
何も言うなと、松永大佐の笑顔の圧が強くなった。
指摘するどころか、突っ込みどころが多すぎて、どこから突っ込めばいいのか分からん。つーか、松永大佐から向こうの宇宙の『鬼畜系ドS』と似た感じがする。
「そうですか」
思考を回しても何と言えば良いのか分からず、言葉はこれしか出て来なかった。向こうの鬼畜系と似ているのなら、ここで下手な事を言うのは悪手だ。
気まずい空気の中、ノートパソコンやケーブルを片付けて通信室から出た。松永大佐とはここで別れて、一人で部屋に戻る。
部屋に入り、机にノートパソコンが入ったカバンを安置してからベッドの上に寝転ぶ。
飯島大佐からの依頼品は『眠気覚まし』どころか、『強制的に意識を断つ』品に変貌を遂げた。
自分と飯島大佐も味見として一枚ずつ食べたけど、気絶はしていない。この差は何だ?
「いや、考えるのは止めよう」
声に出して思考を止める。過去は変えられないのだ。喜んだ人もいるんだから、これ以上考えても意味は無い。
起き上がり、ノートパソコンを鞄から取り出して机に置き、端末の収納から持って来た炭酸ジュースのペットボトルとお菓子(ピザ味ポテトチップスの袋)を取り出し机に並べる。ウェットティッシュを一枚用意して準備は完了。
色々と忘れる為に、仕事に打ち込もう!
仕事に集中した結果。
出発一時間前にドイツとイタリアの二ヶ国分だけでなく、アメリカとイギリス分も終わった。『終わったー!』と喜びの声を上げたが、直後にやって来た松永大佐に飲み掛けのジュースと食べ掛けのお菓子の袋が見つかり『飲み食いしながら仕事をするな』と怒られた。仕事が終わった事を教えると、もう一度ノートパソコンを持って通信室へ移動した。時差を考えると支部長は執務室に居そうだ。前回と同じように松永大佐が通信機の操作を行い、通信を繋ぐと大林少佐では無く、支部長と飯島大佐が出て来た。支部長はやっと復活したらしい。
松永大佐が用件を短く伝えて、前回と同じようにデータを送信し、支部長に確認を取って貰う。漸く復活した支部長に滅茶苦茶感謝された。でもね。
「支部長。死人みたいに顔が青いですけど大丈夫ですか?」
『ダイジョウブダヨ。イガアレテイルダケダカラネ』
ねぇ、支部長。ダラダラと大量の脂汗を掻きながら、青い顔で大丈夫と言われても困るんだが。
支部長の後ろには、大変イイ笑顔を浮かべた飯島大佐がいた。作成依頼人として、罪悪感も何も感じていない御様子。支部長は組織で一番偉い人なのに、こんなにも雑に扱って良いのかしら? 馬鹿をやっている様子も無いのに。
『星崎。こっちの心配は要らん。作戦に集中しろ』
飯島大佐はそう言って通信を強制的に切った。思わず一緒にいた松永大佐を見たけど、こちらも飯島大佐と似たようなイイ笑顔を浮かべていた。
良・い・の・か・よ。
数分前よりスピーカーから流れる、防衛軍のお偉いさん(誰の演説か聞き忘れた)らしい人の演説が全く頭に入らない。一緒に演説を聞く松永大佐は『白々しい。一から原稿を作り直してから出直せ』とケチを付けていた。
大事な作戦なのに、何でこんなにもコメディチックなゴタゴタが満載なのだ?
自分が言ってはいけないんだろうけど、団結具合と言い、防衛軍は大丈夫なのか?
トラブルなく現地に行けるのかと、ちょっと心配したけど時間通りに出発はした。
そうそう移動時間中、やる事は在ったけど、松永大佐にミーティングルームに呼び出されて『男女間の人付き合いについて』延々と言われた。婚活女性みたいな事は何一つしていないのに。
自分は女性よりも、男性への当たり方が強いと思うんだが、何故だ?




