二人を見送って ~マオ視点~
時を少し遡る。
ドアの向こうへ消えた日本支部所属の男女を見送った三人は顔を見合わせた。口火を切ったのは拾った煙管をハンカチで拭いていたマオだ。
「おう、どう思う?」
「どうもこうも、こんなところで、あのホシザキの名を聞くとは思わなかったな。嬢ちゃんがあの御仁の身内である可能性を考えると、これ以上踏み込むのは危険だな」
「ガーベラに関しても、三代目日本支部長が関わっていんだろうよ。そう見るしかねぇ」
「確かに関与しているのなら、表に出せないのも納得出来る」
意見が一致したマオとスベンは頷き合った。頷き合う二人を見たフィルギニアは困惑を深めた。
「それって、私達は信用されていないって事?」
「四代目の日本支部上層部は、積み木で出来た城を壊して燃やすように、三代目が立て直した日本支部そのものを滅茶苦茶にしたからな。しかも、それに当時の各支部の支部長や幹部が関わっていたんだ。こっちは恨まれて当然で、日本支部の警戒対象になるのは仕方がねぇ」
フィルギニアの疑問に回答しつつ、マオは非公開の情報を思い出そうとして止めた。代わりに思い出したのは、マオがかつて所属していた中国支部についてだ。
中国支部は日本支部との交渉が有利な方向へ進まないと、千年以上も昔の歴史問題を引っ張り出してゴネ倒し、逆に中国本国が日本本土へ行った数百年前の侵攻を引き合いに出されて、交渉が決裂するのが当たり前となった。何時しか、日本支部と中国支部の幹部級の交流は途絶えて無くなった。パイロット級での交流は防衛軍全体で行われていたので途絶えなかった。それでも、十六年前を最後に行われなくなった。
幹部級の交流は無くなったのに、何故か中国支部には日本支部四代目上層部と繋がりが在った。それだけではなく、日本本国の無能な政治家が行った日本支部三代目上層部の追い出しにも関与していた。
代替わりした結果、日本支部は僅か数年で駄目になった。中国支部は日本支部の技術を盗んで幾つかの機体を作り上げたが、材料がゴミ屑だった為、満足に動かなかった。マオ個人としては、ガーベラのテスト操縦が出来た事以外に良かったと思えた事は無い。
十年前、全てが明らかになると同時に窃盗や横領その他山のような罪状で、中国支部と日本支部の当時の幹部は支部長に至るまで全員逮捕された。その身内と関与したものは政財界から追放された。
中国支部はやらかし具合の酷さから、戦場に出るパイロット(DP計画参加不参加問わず)を中心に兵の不満が爆発し、支部そのものが空中分解した。
将官級の半数以外全員が他支部へ去った。
残った将官級は、何を考えたのか日本支部に向かった。日本支部は既に五代目支部長に代替わりしていた。その後ろ盾を務めるのは、三代目支部長を始めとした上層部の面々だった。日本支部へ向かった将官達は『他支部を乗っ取りを計画した』罪で逮捕された。捏造の罪状では無い。本気で乗っ取りを考えて行動していたと言うのだから、最早、呆れるしかない。
ロシア支部と一緒に作戦の失敗を取り、中国本国の国際社会での立場が危ぶまれる状況で起きた『中国支部の空中分解』が原因で、中国と言う国家そのものが分裂し始めた。防衛軍絡みのものはアメリカ支部が十年の歳月を掛けて、全部タダで引き取った。負債でしかないのに良く引き取ったものだ。
マオは中国支部の空中分解が起きた時、既にイタリア支部に移籍していた。
アメリカ支部でも良かったが、移籍に出した条件――マオが退役するまでに、同じ作戦が行われる事が決まったら、支部が作戦に参加しなくても必ず参加許可を出す――を受け入れたのがイタリア支部だけだった。
余計な事まで思い出して、マオは内心で嘆息した。内心でげんなりしているマオに気づいていないスベンは少し考えてから持論を口にした。
「いや、戦場において英雄のように扱われる存在は不要と言う意思表示かも知れないな」
「たった一人で戦場の士気に干渉してしまう英雄は要らない、だったか。今月半ばの襲撃の時を考えると、確かに納得しちまうな」
「あー、あれね。狙いすましたかのように、ガーベラが日本支部の軌道衛星基地に向かって出発した後の襲撃だったから、結構な人数が浮足立って本当に困ったわ」
三人が思い出すのは十月中旬の襲撃発生時の事だ。英雄不在の知らせを聞いて、パイロットの士気が下がった。何を言っても士気は上がらず、各支部困り果てた。
「サトゥのお陰で落ち着いたが、戦闘終了後、日本支部に大量の苦情が殺到したらしいな」
「マジで苦情を入れたのか。最低だな」
「恥ずかしいから止めてって言ったのに、聞き入れてくれなかったわね」
日本支部からの、挑発とも侮辱とも、その双方とも取れる発言を聞き、各支部のパイロットは汚名を雪ぐ為に奮起した。戦闘終了後、この一件は各支部上層部にとって、非常に嫌な思い出となった。
目立つ戦果を叩き出したのは、脅威を知って舞い戻り、無茶をして月面基地を新型機から守り、何機も撃墜したガーベラだったので、他支部からの注目が集まる一方だ。
「私はそろそろ帰るけど、貴方達はどうするの?」
「俺も帰る」
「同じく」
三人で各支部の区画に帰る事になった。途中までは無言だったが、別れ際にマオがどうでも良い事を思い出した。
「今になって思い出したんだけどよぉ、クライン、おめぇマツナガに振られていなかったか?」
「何でそんなどうでも良い事を思い出すのよ!」
「もしや、それで変な質問を重ねていたのか」
「う、煩いわね! 別に良いじゃない!」
顔を真っ赤にしてフィルギニアは怒鳴る。その姿は肯定しているも同然だった。
「こんな地雷女じゃ振られて当然だな。ま、野郎自身が地雷女を引き寄せていたしな。全支部の地雷女は、必ず一度はマツナガに告ってるんだったっけ?」
「その通りだ。性格矯正をやってのけたあの女史がいた以上、他の女は袖にされて当然だったが」
「……喧嘩売ってる?」
フィルギニアの暗い視線と台詞はまたも無視された。
「それを考えると、本っ当に、惜しい人材を亡くしたな」
「かの女史は猛獣使いならぬ『魔王使い』として有名だったからな。魔王を宥め賺して、機嫌を一定に保ち、会話を円滑にしてくれた、惜しい女性だった」
「あの女そっくりの奴が出て来たって事は、二代目になるのか?」
「サトゥの反応を見るにそうなりそうだな。いや、もうなっている可能性が高い。興味本位で近づくなと通達を出すか」
「上と女共を中心に言い聞かせねぇと、地獄を見そうだな。主に周りが」
「地獄を見るだけで済むのならまだ良い。特攻して心が折れて使えなくなったりもしたら、そっちの方が問題だ」
「それもそうか。どうやって理解させるか考えるか」
意見が一致した男二人は頷き合い、短く別れの言葉を告げてから、フィルギニアを残して別々の道へ向かった。
ただ一人残されたフィルギニアは日本支部方面を一睨みしてから支部への道を歩き出した。




