二人の副支部長の帰路の途中~第三者視点~
アメリカ副支部長のジェフリー・レコードは、支部への帰路の間、パソコンの画面と睨み合っていた。
パソコンの画面を見ていないものがこの光景を見たら、移動途中でも仕事をしていると思うだろう。
だが、真実は違った。パソコンの画面には、十代の少女向けのフリルだらけの衣服が映し出されていた。
仕事をする振りをして、貢物を吟味しているジェフリーの横に座っているのはイギリス副支部長のヴァンスだ。彼はパソコンの画面を覗き見てから感想を述べる。
「ジェフリー。端的に言うぞ。貴様にファッションセンスは欠片も無い。加えて、松永大佐の部下の時点で勝ち目は存在しないに等しい。素直に諦めろ」
「はっ、たかが一杯の茶に負けた男の遠吠えなど、聞くに値しない」
「私の目の前で茶を侮辱するとは良い度胸だ」
鼻で笑われたヴァンスはそう言うなり拳を握る。『紳士の嗜みを馬鹿にするものには鉄槌を』が彼の方針だ。けれども、続いたジェフリーの言葉を聞いて拳を解いた。
「そもそも、勝つ見込みが無い戦いなら毎日のようにしているだろう? それが一つ増えたところで大差は無い」
「……それは、確かにそうだな。だが、流石に今回だけは、諦めた方が良いと思うぞ」
「せめて膝の上に乗せて、一回でも良いから『パパ』と呼ばせたい」
「涙を誘う儚い望みだな。一度でもそう呼ばせたら、何度サクマに強請られるんだろうな。ついでに二度と会えなくなるぞ」
「くぅっ」
ヴァンスの指摘を受けて、ジェフリーは血涙を流さんばかりに悔しがった。
暫しの間を空けてから、ヴァンスは再び口を開いた。
「ロシアの獅子は、サクマの誘いを受けると思うか?」
「受けるだろう。知りたい情報と引き換えならば、相応の働きはする。アレはそう言う漢だ」
「確かにその通りだが、お前は許可が下りると思っているのか」
「そろそろ復帰したいらしい。復帰に見合った功績を立てれば『可能』と判断している」
「成功すれば、確かに見合った功績だな」
「中国支部は潰れ、DP計画からも退く。残っている部分は、我が支部で受け入れて、時間を掛けて無くす」
「他支部の尻拭いをやるのか。豪気だな」
「そこは大国の意地と言ってくれ」
誇るべき点であるにも拘らず、ジェフリーは自嘲した。
ジェフリーが自嘲した理由を、何となく察したヴァンスはそれ以上何も言わなかった。金蔓の本国と良い関係が築けなければ、困り果てるのはどこの支部も同じ事だ。それを考えると、日本支部は異質と言わざるを得ない。
最たる異質は軍人としての経験すら無い三代目の日本支部長だが、現日本支部長も大差ない。
日本支部を見ると、質の低い政治家がどれ程害悪なのかと、否応なしに理解してしまう。
「次の作戦の功労者はどこの支部になると思う?」
「ヴァンス、幾ら何でも気が早いぞ。ま、日本支部になるだろうな」
隣の席に座るヴァンスを見向きもせずに、気が早いと言いつつも、ジェフリーは考える素振りも見せずに回答した。
「祀り上げられるだろうな。お前の娘にしたら、一生涯戦場から離れられまい」
「そんな事は解っている。それに十四日の防衛戦を考えると、既に祀り上げられているだろう」
「サクマはそのままにするつもりはなさそうだぞ。そうでなければ、同意は求めんさ」
「そうだな。しかし十四日の報告を聞いて恥ずかしかった。士気を上げるのに他支部のパイロットを利用するのは良くない」
「それを考えると、あの挑発はタイミングが良かった」
「内容を考えなければ確かにそうだな」
ヴァンスとジェフリーは顔を見合わせて頷き合ってから、揃って軽く笑い合った。
笑い合う二人の副支部長を、離れたところから見つめる複数名が存在した。現在笑い合っている二人の秘書官達だ。二人の秘書官達が同乗しているから、主語が抜けた訳の分からない会話を繰り広げられている。秘書官と言えど、情報漏洩の警戒対象とされている。彼らもそれだけは理解しているので不満は無い。不満を抱いては秘書官の地位にはいられない。
主語が抜けている二人の副支部長の会話の意味は彼らには解らない。解らないが、ジェフリーの秘書官達だけは一つだけ理解した。
ジェフリーのストライクゾーンに入っていた人物が日本支部にいた。
これが理解出来ただけで十分だ。勿論、宥める事前準備時間が確保出来た、と言う意味合いだ。
アメリカ副支部長のジェフリーは、常日頃から『自身を怖がらない可愛い娘が欲しい』と嘆いている。これはアメリカ支部内では割と知られている。ハニートラップに引っ掛からないのが不思議なぐらいに知られている。
ジェフリーがハニートラップに引っ掛からない事は、本人は全く知らないが『最新版アメリカ支部の七不思議』の一つに数えられていた。彼の秘書官一同が頑張っていたからだった。知らないって素晴らしい。
娘を求めるジェフリーのぱっと見の外見は『泣く子も黙るマフィアのボス』としか表現出来ない。それぐらいに強面だった。
余りにも強面が過ぎるので、ハニートラップで近寄る女性は、ジェフリーを見ると一瞬躊躇してしまう。なのでハニートラップか、否か、大変判り易かった。実に悲しい現実だけが在った。ちなみにジェフリーは、ハニートラップと判ると大人の男でも震え上がる程にキレ散らかす。変なところが残念な男だった。
こんな彼の家族構成は妻以外だと、息子三人に孫息子四人と、見事に男だけだった。なお、息子三人の妻は可愛いらしさとは程遠い、男勝りで気の強い姉御肌系だった。なお、夫婦は『可愛い娘』を所望していた。神に見放されたと言ってはいけない。
ジェフリーの秘書官一同は支部に戻り次第、取るべき行動について話し合いを始めた。先ず、写真を入手するところから始まった。
一方、何も理解出来なかったヴァンスの秘書官一同は、狂った日程について話し合っていた。あーでもない、こーでもないと、ヴァンスの予定を分刻みで調整する。
三者三様の会話は、アメリカ支部が保有する軌道衛星基地に到着するまで続いた。
その数日後。ジェフリーの秘書官達は、佐久間の秘書官大林との交渉の末に該当人物の写真を入手する事に成功した。そして、入手した写真を見て『な・ん・の・き・せ・きぃ!?』と揃って驚愕の絶叫を上げた。
なお、秘書官達が写真を入手した事実だけは、ジェフリーの耳に入らなかった。




