部屋に戻ってから気づいた事~松永視点~
時間を少し遡る。
松永は隊長室経由で自室に戻った。それも、本日中に片付けてしまおうと考えていた書類の山を無視してだ。気分を変える為に冷水のシャワーを浴びるも、口から漏れるのは重いため息だけだ。
体が冷えた頃になって、松永は漸くショックを受けている事に気づいた。次の作戦中に星崎が単独で突っ走るのを防ぐ為に言ったが、反応が松永の予想と違っていた。松永はシャワーを温水に切り替えながら回想する。
「何が原因だ?」
星崎と出会ってから既に、二ヶ月半に及ぶ月日が流れている。二ヶ月半も、ほぼ毎日のように接し、解らぬ事が有れば教え、問題点を指摘し、一度だが実戦を共にし、八月の下旬からは共に書類仕事をしている。
星崎に不信感を抱かせる行動は取っていない。にも拘らず、『少しは周りを頼れ』と言った時のあのきょとんとした星崎の顔は、間違いなく松永を信頼していない。いや、信頼して良いのか迷った顔だった。
星崎が名前を上げた五人――工藤中将、佐藤大佐、高橋大佐、草薙中佐、佐々木中佐に原因が有るのか?
少し考えたが、佐々木中佐は脳筋気味な言動が原因だろう。となると、残りの四人は、一体何をやらかしたんだ?
※※※※※※
月面基地日本支部保有区画幹部専用の執務室。ここで月面基地駐在日本支部幹部達は、やっと終わりが見えて来た戦後処理をしていた。
「「ぶぇくっしょいっ!!」」「っ!?」
静かだった室内に二つのくしゃみを飛ばす音と、椅子を蹴り倒して立ち上がる音が響いた。
「工藤と佐藤に、草薙か。お前らどうしたんだ?」
男性将官の言う通り、音源はその三人だった。視線を集めた三人は居心地悪そうな顔をする。三人の内、工藤と佐藤は顔を見合わせた。
「何て言えば良いのか、変な寒気がした」
「右に同じく。戦場で感じるような、何か覚えの有るような、奇妙な寒気だった」
工藤と佐藤の言い分を聞き、最後の一人である草薙に視線が集中する。
「私も似たような寒気だったわ」
三人揃って、似たような言い分だった。そこで興味を無くせばいいのに、要らぬ事を言ってしまうのが工藤だった。
「変と言うか、松永に睨まれた時みたいな寒気だった」
「つまり、松永がお前ら三人の何かでキレたって事か?」
不要な言葉に不要な疑問が浮上し、室内の空気は凍った。そして三人は、顔を青褪めさせた。
「待って頂戴! 松永大佐を怒らせるような事なんてしていないわよ!」
草薙の言葉に同意するように、工藤と佐藤も首を縦に振った。
「直接松永に何かをしたんじゃなくて、星崎絡みじゃね?」
「その線はあり得そうね」
一人が適当な事を言い出しそれが肯定されると三人の顔色が青から白に変わった。
「つまりアレか? 星崎が松永に何かを言われて『あの三人は良いのにどうして駄目なのか?』って返答したって事か」
「子供から駄目な大人の見本扱いされたのか。それで松永が怒りながら否定したと。確かにあり得そうだな! 草薙なんか星崎の前で警棒を振り回して暴れているところしか見せていないし」
「工藤中将! どさくさに紛れて、何で私だけ名指しするのよ!」
名指しされて怒った草薙は、隠し持っていた伸縮式特殊警棒を取り出した。すぐに周辺に座る幹部達が草薙を取り押さえに動く。
「工藤! 何を言い出すんだよ!?」「待てっ!? こんなところで暴れるな!」「不味い、それを退けろ!」
突然、室内が慌ただしい空気で満たされた。女性陣は書類を守る為に立ち回り、男性陣は犠牲を払いながら草薙を取り押さえる。誰が指示を出さずとも、見事な連携が取れていた。
草薙を鎮圧するまでに掛かった時間分だけ、全員の残業が決まった。そして、不要な事を言ったとして工藤は全員から飲み物を一本分を奢るように要求された。
工藤は懐が淋しくなると泣いたが、全員に無視された。
※※※※※※
「ばっくしょぇっ!?」
ツクヨミ内のとある隊舎の隊長室にて、パソコンと向き合っていた高橋は盛大なくしゃみを唾と一緒に飛ばしていた。室内に唯一いた高橋の副官は冷ややかに一瞥してから、パソコンの画面に飛ばした唾を拭いている高橋に苦情を申し立てる。
「……大佐。汚いのでくしゃみをする時は両手で口元を隠して下さい」
「少しは俺の事を心配してくれても良くない!?」
「どんなに馬鹿をやっても風邪の症状の気配はおろか、微熱すら出した事が無い人が、何を言っているのですか?」
「確かに風邪を引いた事は無いけどよ。くしゃみぐらいはするぞ!」
「大佐ぐらいの知能レベルになると、微熱すら出さない事は熟知しています」
「さり気無く俺を馬鹿にするな!」
「おや? 自白するとは珍しいですね。自白するだけの暇が在るのでしたら、机の分だけは今日中に、徹夜をしてでも終わらせてくださいね」
「え゛!?」
「手伝いませんので頑張って下さい」
絶望する高橋を置いて、しつこく釘を刺した副官は退室した。数秒してから高橋の絶叫がドア越しに聞こえたが、退室した副官も通りすがりの隊員も、誰も気にしなかった。ここに所属するものは皆、書類仕事が嫌いだから。
※※※※※※
松永はここ二ヶ月半の事を思い出したが、心当たりは一つも無い。
「飯島大佐に相談するか」
日程的に丁度良く、相談相手がいる。思考を切り上げて、松永はシャワールームから出た。雑にタオルで髪を拭きながら隊長室に戻り、執務机に座りパソコンを起動させる。眠る前には必ずメールが来ていないかの確認を行う。それが松永の眠る前の習慣だ。
新着のメール類は無い。立ち上がってから、明日の仕事の割り振りを行う。前倒しで仕事を行っていたので、期限には余裕が有る。だが、戦後の処理を考えると溜まっているとしか言えない。
松永は『このまま眠ろう』と考えていたが、溜まり具合を考えて眠る前に短時間で終わりそうなものを幾つか終わらせから、自室に戻った。部屋の灯りを落としてベッドに寝転がると、眠気がやって来た。
松永は眠りに落ちる前に、ふと大事な事を思い出した。
それは、星崎の前世の記憶についてだ。
星崎が周りを頼らないのは、前世で何かが起きたからではないか? 何度も想像を絶する無茶振りを受けていたような事も言っていた。それを考えると、元々周囲を頼れる状況ではなかった事も起因しているのだろう。
ここまで考えてもう一つ気づいた。
それは午前中に行われた、皇帝との通信についてだ。松永はあの皇帝が合格点を出した基準について考えていた。基準が解らなかった。だが、日本支部が星崎を『どのように扱っているのか』が基準だとすると、今後の対応について考える必要が出て来る。
「気づいただけ、良しとするか」
頭を悩ませる事だが、飯島大佐と相談してからでも遅くは無い。
そこまで考えた松永は眠気に身を任せた。
翌朝。松永は忘れていた事を思い出し、飯島大佐と共に頭を抱える事になるのだが、この時はまだ知らなかった。




