やっと一日が終わる
このあと、隊長室で明日の予定について打ち合わせをしてから解散した。
飯島大佐と中佐コンビは、就寝時間ギリギリまで書類仕事をすると言って去った。
大林少佐は支部長に貰った情報の中身を報告しに去った。
自分は甘いものが欲しくなったので、気分転換にコーヒーが飲みたいと言った松永大佐と一緒に食堂へ向かった。
到着した食堂の厨房へ向かい、ツクヨミの購買部で購入した紅茶の茶葉を使ったチャイを作る。ロイヤルミルクティーでも良かったが、何となくチャイにした。
換気扇を回してから八種類のスパイスを小鍋に投入する。人によっては三種類だったり、五種類だったりするが、今回は八種類だ。松永大佐がやって来た。
「凄い臭いがするぞ。何をやっているんだ?」
「済みません。チャイを作っています」
「チャイ? ……ああ、香辛料の匂いだったのか」
流石にチャイの事は知っていた模様。松永大佐は匂いの元の正体を知ると下がった。換気扇が回っている事を確認してから、自分はチャイ作りに戻る。一人前だけ作るのは難しいので、三人前が出来上がった。
茶漉しを使いティーポットに注ぐ。使った道具を洗い、マグカップとティーポットを手に食堂に戻ると、頬杖を突いてぼんやりとしている松永大佐がいた。疲れが溜まってそうだ。真横にまで移動してから声を掛けるが、疲れ果てたと言った感じの声が返って来た。
正面に移動しようかと思ったが、松永大佐がテーブルの横を叩いた。ここに座れと言う事なんだろうと思い、隣の席に着く。だが、一分待っても松永大佐は何も言い出さない。マグカップに作ったチャイを注いで一口飲む。
チャイを作る為に使用したスパイスは、生姜(スパイスで言うとジンジャーの方が有名かな?)、シナモン、グローブ、カルダモン、ピンクペッパー、ブラックペッパーなどを始めとした料理に使うものだ。スパイスと称しているが『辛い』と言う訳では無い。使用したスパイスは肉や魚の臭み抜きに使うものだ。
ちなみにインドでは、二つの容器に交互に入れて好みの温度にしてから飲むらしい。練乳の角を取るとか他の意味も在るらしいが詳しくは知らん。今回は練乳の代わりに砂糖を使ったし、少し熱めのまま飲みたかったので冷ます気は無い。
ちびちびと飲んでいたら、復活した松永大佐がコーヒーを一気に飲み始めた。
「数十時間前に有人機の撃破を行い、今日になって大役を押し付けられたと言うのに、何一つ、変わらないんだな」
コーヒーを一気飲みするなり、松永大佐はそんな事を言った。
「向こうの宇宙にいた時の無茶振りに比べれば軽いです。無茶振りの内容は言えませんが」
「言わなくて良い。私では想像も出来ないような事だったんだろう」
「否定はしません」
一ヶ月で新技術を創れとか。シェフレラ石の代用合金も一ヶ月で創ったんだよね。激務だったわ。
代理参加した結婚式でクーデターが勃発し『現場にいるから報告して。反乱分子が制圧されるまで帰って来るな。手段は問わないから状況を終わらせて来い』と、適当な命令を言い渡されて、帰国出来なくなったとか。しかも、帰国拒否された。更に、喪服淑女の会傘下の女権運動家団体が『非合法暗殺部隊』を連れて勝手にやって来たから、手綱握りに苦労した。代わりに一年で殺された国家元首の妹が新しい国家を樹立して、クーデターは終息した。
他にも、宇宙の危機を『二十四時間以内』でどうにかしてとか、国家で対応するような事ばかりを『単独』でやらされていたんだよね。
「……家出したい案件ばかりだった」
「星崎。興味本位で聞くが、家出したらどうなったんだ?」
「国家が亡びたり、惑星が一つ消滅したり、銀河の半分が消し飛んだり、最悪、宇宙が消滅します」
「今回の作戦とは比較にならないな」
そうでしょうね。松永大佐の引きっぷりに賛同する。
今になって振り返ると、どうしてこんな案件ばかり押し付けられていたんだろうね?
お陰で『宇宙の危機を何度も救った』有名人になったけど、陰口・やっかみ・僻み・妬み・嫌がらせも酷くなった。一回冤罪で牢屋に押し込まれたけど、一時間で冤罪は晴らされた。でも当時は、度重なる嫌がらせでストレスが溜まっていた事も在り、某ライトノベルのように、逆に『牢屋に立て籠もった』んだよね。
食料を持ち歩いていたからこそ出来る芸当だった。
宝物庫に入れているキャンプ道具を取り出し、牢屋の中で『バカンスだー!』と半月近くも好き勝手していた。半月近くもの間、毎日サイが『政務が滞るから、いい加減出て来い!』って叫んでいた。
実際、牢屋から出た時点で『半年分』の政務が滞っていた。そう、『半月』仕事をサボっただけで、『半年』も仕事が滞ってしまったのだ。自分を冤罪で牢に押し込んだ奴らにやらせれば良かったのに、サイと政務官達は意地でもやらせなかった。
実際に、牢屋に立て籠もった二時間後にそう言ったら『皇帝の名代をやらせる訳には行かねぇんだよ!』と逆ギレ調に返された。
確かに、名代を決めるのは皇帝だな。
この一件が起きたのは先代皇帝の時代だ。セタリアとは違い、仕事の出来る男装の麗人と言った感じの人物だった。この冤罪事件が起きた時、視察の為に首都銀河から出ていた。皇帝がいなければやっても大丈夫と思ったんだろうが、当時の自分は皇帝の名代だ。
つまり、皇帝の代理人だった。
簡単に言うとね、冤罪で皇帝を牢屋に入れようとしたようなものだ。それなのに、何故、抵抗しなかったのかって?
当時の自分は、十年掛けて日数調整を行い手に入れた半日休暇に喜んでいた。なのに日帰り旅行先の空から『宇宙を滅ぼす厄災の卵』が降って来てしまった。羽化したら先史文明と同じ結末を辿る事になる。
本来ならそうなるんだけど、当時の自分は休暇を潰された怒りで、対象が何か知らずに、ぶった切って魔法で塵にしちゃった。そう、切って塵にしちゃったのだ。貴重なサンプルを。
先代皇帝に怒られて、何をやらかしたのかと説明を要求された。でもね、空から降って来た物体を適当に切って塵にしたのだ。それしか言えないし、言いようが無い。証拠となる映像を掻き集めて皇帝を納得させたが、滅茶苦茶怒られた。
そして冤罪事件は、この一ヶ月後に起きた。
休暇は潰れてイライラしていたのに、仕事が一・五倍に増えて苛立ちが募り、一ヶ月前のアレも『偶然成し得ただけだ。女の分際で調子に乗るな』と大声で陰口を叩く輩が増えた。
ストレス発散の場を求めていたところで、まさかの事態が発生したのだ。これを利用しない手は無いと乗っかった。
国家の諜報部と皇室直属の諜報部の新入り連中に、『私用』で色々と割り振っても良いと許可を貰っていたから、立て籠もり生活は快適だったよ。諜報部の人間にお小遣いを渡してパシらせました。新人以外の諜報部の人間は、皇帝の命令で不穏分子の捜索を行い始めていた頃だったから、使えなかったと言う理由も存在する。
そうそう。冤罪を吹っかけて来た連中は、自分が皇帝の女房役を務めているのが気に入らない馬鹿だった。
どの程度馬鹿なのかと言うとね。公表されている自分の身分を知らないし、調べもしなかった大馬鹿だ。
実家は皇室の次に身分の高い大公家で、その跡取り(この時点ではまだ完全に辞退出来ていなかった)娘だ。しかも、後継者を選ぶ際のトラブルが元で、皇帝の保護を受けていた。
ちょっと調べれば実家がどこなのか判る。そして、自分を気に入らないと言う連中の身分は、大体が子爵、男爵、準男爵と言った下位貴族だった。身分に付属する責任が軽い連中だった。今回の一件で不穏分子と判断されて、馬鹿一同家は没落した。
なお皇帝は、自分の『ガス抜きが終わった』と判断出来るまで、『視察期間を延長してまで』帰って来ようとしなかった。仕事が滞った原因の一つにこれも含まれる。
ぽけ~としていたら、松永大佐に呼ばれた。意識を過去から戻す。
「星崎」
「大丈夫です。冤罪で牢屋に押し込まれた時に、逆に立て籠もってストライキしました」
「それは大丈夫と言わないぞ」
松永大佐に呆れられたけど、実際に起きたから何とも言えないのよ。
「向こうの仕事は激務だったのか?」
「五メートル程度の書類のタワーを、毎日十本ぐらい捌いていました」
「激務にも程が有るだろう」
「セタリアはこの一・五倍の量をこなしていました」
「……もう何も言わん」
松永大佐。顔を片手で覆わないで下さい。向こうには必ず、残念な特徴を持つ奴が多いんです。
完璧な人間は存在しないが、代わりに『完璧であるかのように騙す事は可能』を体現した奴が、やたらと多い。弁明したところで、残念極まりない現実は変わらない。向こうの連中は言われても開き直るし、『寧ろ、優秀な証だ』と微笑み喜ぶ。
それとね、仕事量が多いのは帝国の版図が広過ぎるだけです。
言葉の接ぎ穂を無くしたので、間の繋ぎとして淹れたチャイを飲む。松永大佐は顔を片手で覆ったまま動かない。
時間は静かに流れた。
チャイをお代わりして飲み、三杯目に突入した。生姜を使用しているので体が温まって来た。マグカップの半分にまでチャイが減ったところで、ふと、大事な命令を思い出した。
「松永大佐。今になって思い出したのですが、アゲラタムを一機、私の専用機にする『支部長からの指示』はどうなったのですか?」
「……確かに存在したな。存在そのものが怪しくなった指示だったな」
沈黙を破って尋ねると、松永大佐ですら忘れていたのか。天井を仰いだ松永大佐からそんな回答を得た。気持ちは理解出来る。自分もついさっきまで忘れていたし。
慌ただしくなった原因の一つの、セタリアからの手紙を貰ったのが今月七日。そして本日は十六日。まだ十日程度しか、時間が経過していない。
何なのこの濃密な日程は!?
今日に至っては、セタリアからの通信に始まり、支部長へ報告中に他支部の副支部長が二人もやって来て、改めて支部長に報告し、セタリアと再度通信してティスと打ち合わせをしろと言われて、軽く模擬戦を行ってからお昼を取った。午前中だけでこの濃密さよ。
午後はトラブルを挟んだ報告から始まり、ティスと通信して、ガーベラ弐式に乗って慣らし操縦と模擬戦を行い、夕食を挟んで支部長へ報告しに向かったら、ロシア支部の人と遭遇して、支部長から報告ついでに事情を教えて貰い、軽く色々と教えて、隊長室に戻ったら追加で色々と教えて、明日の予定を決めて、今に至る。
一番恐ろしいのは、これでセタリアからの通信を受けた朝食時から十四時間しか経過していないのよ。マジでどうなっているんだろうね。
「指示は撤回だろうな。星崎はガーベラ弐式に乗り、アゲラタム三機には私と、佐々木中佐と井上中佐が乗る。これだけは変わらないな」
どうやら指示は撤回される模様。現状を考えるとそうなるな。無駄にはなっていなさそうだから良いか。そう思うしかない。
「明日、佐久間支部長に確認するが、その前に、星崎に言っておく事が在ったな」
急に改まったので、松永大佐と向き合う。
「独りで突っ走るな。少しは周りを頼れ。出来る出来ないはともかく、独りで動く前に『周りの大人』に声を掛けろ。何でもかんでも、独りで決めて、独りで行動するな」
「大人、ですか? 工藤中将と佐藤大佐と高橋大佐と、草薙中佐と佐々木中佐も含まれますか?」
「一応含まれる」
単純に思った疑問を口にしたけど、松永大佐は沈黙を挟まずに即答した。
「正直に言うぞ。次の作戦では何が起きるか分からない。戦力を可能な限り集めての作戦となる。何かが起きて行動に迷ったら、周りに声を掛けろ。手伝えるかは不明だが、相談に乗る程度の事は出来る。迷い悩んだら、独りで抱えないで誰かに相談しろ。話している途中で、解決の糸口が見えるかもしれん」
松永大佐は自分の目を見てそう言い切った。
対して自分は、何故か戸惑った。
「……はい。分かりました?」
よく言われる言葉に似ているのに、何かが違う。返事をしてから何が違うのかと考えて、一単語が含まれていない事に気づく。
昔からたまに言われる単語の一つに『頼れ』が存在した。
でも、いざ頼ろうと相談しても『無理』と断られた。『頼れ、手伝う』と言っておきながら、誰も言葉通りにしてくれない。最悪の場合、全てが終わった頃に白々しく『手伝いに来た』と言う奴もいた。全てが終わっている事を理由に断ると、『手伝ってやると言ってんのに何だその物言いは』と悪者にされて本当に嫌だった。単に甘い汁が吸いたいだけなのが丸判りで、周囲からも白い目で見られて退散した。
罪悪感を覚えてかは知らないけど、発言の責任を取る為か無理と言ったあとに『手伝うよ』と声を掛けて来たものが何人かいた。でも、いざ手伝って欲しい事を口にすると『ごめん。それは無理』と去って行く。
こう言う事が頻発した結果、誰も頼らなくなった。自分が出来る事と他人が出来る事の『レベルの違い』を見せつけられた気分になり、誰かを頼る選択肢を除外した。
対して松永大佐が、今言った言葉はどうだ?
頼れではなく、相談しろだった。
頼る内容が出来るか否かはともかく『声を掛けろ』か。
信じて良い言葉なのかと疑問を抱き、同時に『この人なら大丈夫だろう』と信頼していない事に気づく。
毎日のように顔を合わせて、一緒に仕事をして、一緒に命懸けで戦ったのに。自分は、松永大佐の事を未だに信頼していない。
「流石に、いきなり言われては戸惑うか。必ず言える状況になるとは限らないしな。だが、忘れるな。星崎はまだ子供で、まだ大人に頼って良い立場なんだ。悩み迷うのなら、大人に相談して良いんだ。お前は独りじゃないんだ。それだけは覚えておけ」
松永大佐の言葉の意味が解らなくて、自分は呆然とした。
――この人は何を言っているんだろう?
大人に頼って良い立場? 大人に相談して良い? 独りじゃない?
「ええと……」
「訓練学校での教官の対応と、チームメンバーとの関係は知っている。知っているが、あえて言わせて貰った。ここには訓練学校の教官も、チームメンバーもいないんだ。肩肘を張って、一人で抱え込む必要は無い。出来ない事を、誰かに託すか分けるかをしても良いんだぞ」
「託す、分ける、ですか」
「そうだ。私が言って良い台詞ではないがな」
反応に困っていたら、松永大佐は自嘲気味に肩を竦めた。
そして、今日は色々と起きたからもう寝ろと言い残し、マグカップを片付けてから松永大佐は去った。
自分は無言でぼんやりと松永大佐を見送った。
「頼れ、相談しろ、託す、分ける、か」
松永大佐に言われた事を口にして、浮かんだ言葉を飲み込むように、冷めてしまった残りのチャイを飲み干した。
マグカップを片付けて部屋に戻り、シャワーを浴びる。
やや熱めのお湯を浴びながら、言われた言葉を思い出しては振り払うを繰り返す。
シャワールームから出て時計を見ると、現在時刻は二十二時。長かった一日がやっと終わる。恐ろしい事に、月面基地から戻って来てまだ一日しか経っていない。
本当に、どうなっているんだろうね。
アラームをセットしてからベッドの上に寝転がっていると、思わず言葉が漏れる。
「松永大佐、……出来た例が無いよ」
そう。出来た例が無い。いや、相談と分けるは出来たけど、最終的には自分で終わらせた。果たして、自分の手で最終的に終わらせた場合は該当するのだろうか。
「分からないな」
分からない事だらけだ。でもどうして、松永大佐は父さんと同じ事を言うんだろう。子供っぽく振舞い過ぎたかな?
考えても答えは出ない。早いけど、今日はもう眠ろう。




