突然の通信と嫌な情報
一夜明けて、朝になった。
昨日と言うか、厳密には一昨日の深夜の襲撃でドタバタしていたせいで、今日の日付が思い出せなかった。と言うか、時差の存在を忘れて行動した結果、起きたら夜中だった。食堂に料理は無かった。泣く泣く水を飲んでシャワーを浴びて寝ましたとも。
改めて、今日の日付は十月十六日。ディセントラと再会してから、そろそろ十日が経過するのか。
日課のように七時頃に食堂へ向かい、朝食を取りながら唯一の同席者の松永大佐に今日の予定を尋ねた。
十三時までにガーベラの整備とパーツの交換が終わる。そして、ガーベラ弐式の操縦の慣らしと模擬戦を飯島大佐と行う。模擬戦は一回につき二十分程度で、休憩時間に微調整をするそうだ。
この予定だと、お昼まで暇になるから、松永大佐の書類仕事を手伝う事になりそうだ。そう思っていたら、予想外な事を言われた。
「十一時に佐々木中佐と井上中佐が、アゲラタムの操縦訓練でここに来る。星崎は軽い模擬戦の相手を務めろ」
「監督役は松永大佐ですか?」
「いや、今回はやらない。程々にやれ」
良いのかと思うが、井上中佐がいるから良いのかもしれない。それに、軽くと松永大佐は言った。本格的な模擬戦はするなって事だろう。素直に了解の返事をした。
朝食が食べ終わり、今日の書類仕事を片付けに席を立ったところで、松永大佐に呼び止められた。
「通信機? 今のところ、音沙汰は無いです」
昨日の夕食後。通信が着たら端末に転送されるように操作したが、今のところ無反応だ。
自分に何を譲歩するように言われるのかと、警戒しているのか。
「そうか。一条大将が八時半頃、アメリカ支部からツクヨミに戻って来る。支部長の執務室で合流次第、通信をもう一度試して欲しいと、支部長から連絡が来た」
「あれ? 書類仕事はやらないのですか?」
「締め切りに余裕が有るから問題は無い」
「そうでしたか――って!?」
書類仕事の確認を取っていたら、目の前に空中ディスプレイが出現した。空中ディスプレイの映像に映っているのは、セタリアだった。
『はぁい、クゥ。元気にしてたぁ~』
セタリアは気の抜けるルピン語の挨拶と共に、ばちこーんと、ウィンクを飛ばした。空中ディスプレイの向こう側で、松永大佐は心底嫌そうな顔をした。あの顔をしたと言う事は、多分セタリアの性格を正しく理解して、幻滅したのだろう。
まさか皇帝が神崎少佐に近い性格をしていたら、イメージが崩れるわな。無意識に半目になる。
『その口調と露出狂だけは直らないのね』
『ちょっと! 他に言う事が在るでしょ! 会えて嬉しいとか!』
『ターゲスとマルス・ドメスティカを野放しにしていた上に、十年前まで知っていて動きもしなかった奴に、会えて嬉しいって思う?』
『そ、それは……』
映像のセタリアが目を泳がせた。あれは言い訳を考えていなかった顔だ。動く度に胸元が揺れた。自分の正面には松永大佐がいるので、朝っぱらから『ポロリ』をやらかすのではないかと心配した。
自分の心配を余所にセタリアは唸り始めた。唸りながら沈黙の時間を引き延ばされては時間の無駄となる。録画状態にしてから話を進めよう。
空中ディスプレイの向こう側の松永大佐を見る。すると、こちらに向けられた松永大佐の通信機の画面に『こちらは気にするな。そのまま話を進めろ』と表示されていた。大きく頷いて反応を返すと、松永大佐は頷いてから通信機を仕舞った。
『そんな事よりも、そっちから連絡して来るなんて、急にどうしたの?』
『あっとね、ほら、サイが私の代わりに通信に出てくれたでしょ?』
『それでそっちから通信して来たの? 今は人がいないけど、そっちとやり取りを知っているのは一部の人だけなの。そっちと同じ感覚で通信しないで』
『あー、そう……って普通に考えればそうなるか』
腕を組んで頷いて勝手に納得したセタリアに、今度こそ用件を尋ねる。
『それで?』
『確認だけど、受ける方向なのよね?』
『一応、その方向だけど。最終確認はいるかな?』
確認の仕方と、通信のタイミングを考えて、セタリアが何を言い出すのか警戒する。
『そうだったのね。んじゃ、そっちで拾ったものは好きにして良いわよ』
『良いの? 独断じゃないでしょうね?』
何を言われるのかと思えば、こちらに譲歩するような内容だった。一瞬何を企んでいるのかと思ったけど、多分、アゲラタムの使用許可の事を指すのだろう。
『独断じゃないわよ。軍部の連中と話し合ったもの』
『代表者一名と話し合ったは、連中と話し合ったにならないからね?』
『もう、それくらいは解っているわよ。ちゃんと、動かすところの上と話し合ったんだから』
『それって、サイとその側近一同と話し合ったって事?』
セタリアの言葉から、誰と話し合ったのかを推測する。ディセントラは『サイのところを動かす』みたいな事を言っていた。
『あれ? そんな事、手紙に書いたっけ?』
『ディセントラに動かすならどこを動かすのかって、聞いたの。そしたら、多分サイのところじゃないかって』
『あ~……まぁ、その通りだし、クゥ相手だったらいっか』
セタリアの物言いから、正式に決まっていなかったか、口外してはいない情報だったと推測する。聞いた自分も悪いが、ディセントラも言えない事なら『言えない』と言えば良かったのに。
『サイのところを動かす予定だけど、動かす人員はまだ決まっていないのよね』
『まだ達成していないから、時間は残っているでしょ』
『そうだけど、一ヶ所そっちで、もう一ヶ所はこっちで潰した方が良いって流れになったの』
『……どう言う事?』
セタリアから齎された情報を聞いて、思わず眉を顰めた。
はっきり言って、自分が持っている情報は少ない。四ヶ月前の一件が発生しなければ、一生、関わる事は無かっただろう。
それに、向こうの宇宙が絡んでいる事を知ったのは、たった二ヶ月前の事。詳しく調べようにも、伝手も道具も無いまま、支部内でゴタゴタが起きた。そこへ拍車を掛けるように、マルス・ドメスティカは再起動した。破壊されて残っていた機体から、向こうとの大まかなタイムラグを知る事は出来たが、詳しい事は何一つ分からない。
松永大佐経由で支部長から情報を得ようにも、予定が詰まった。無理して支部長に聞きに行けば良かったのかもと思いもしたが、今度はスパイか何かと疑われる――いや、もう既に疑われただろう。
八月に松永大佐から『それでも良いのか?』みたいな質問を受けた。その時は意味が解らなかったが、今になって思えば、あれは自分をスパイと疑っての発言だったのだろう。『味方を殺す武器を作っても良いのか』で意味は合っている筈。これを考えると、高橋大佐が自分の寮部屋にやって来たのも、『何かの確認の為だった』としたら、無断侵入も頷ける。
『珍しい事に、その惑星の公転軌道上に短距離転移門が存在するのよ』
『地球の公転軌道上に短距離転移門が在る? 普通は一つの居住惑星に一つだよね?』
自転は『惑星が回転する動き』で、公転は『惑星が太陽の周りを回る』事だったかと、思い出しながら考える。
短距離転移門の配置を地球で言うと、軌道衛星基地とほぼ同じ高度になる。これは向こうの宇宙に存在する、軌道エレベーターの先から少し離れたところに配置してしまった方が、短距離転移門を通過する際に、航路に迷うなどの混乱が起き難いからとされている。
けれどもこれは、人々が居住している惑星に限った事だ。
もう一種類の長距離転移門は、人々が住まない元資源惑星上に建設するか、こっちで言うと『太陽系圏(向こうでは○○星系圏)の端っこに設置する』の二択となる。ただし、長距離転移門に辿り着く為に、短距離転移門を通過する必要が有り、この二種類が同じところに設置(もしくは建設)されるのは珍しい事で無い。移動距離を可能な限り伸ばす為の配慮なので、常識とされる。
故に、二つの短距離転移門を同じ惑星の近く設置する事は無い。非常識と言うより、異常だ。
『普通はね。どう言う訳か、旧式の短距離転移門が二つも存在するの。クゥ達がいる青い惑星の衛星と赤い惑星の中間地点に一つ。こいつは一緒に動いているから観測は可能ね。問題はもう一つ。公転軌道上のやや内側に『隠れた状態で存在する』旧式短距離転移門よ』
『隠れた? 条約違反の隠蔽技術で隠しているって事?』
『その通りよ。んで、隠蔽されている方はルピナス帝国で破壊した方が良いんじゃないかって』
『隠蔽系の技術が『条約違反ものになっている』って知られたくないって事?』
『違うわ。残骸から違法技術が流出する可能性を無くしたいの』
予想と別の理由が出て来た。セタリアの言葉を聞いて思い出すのは昨日の戦闘だ。流出を防ぎたくても既に手遅れな気がする。
『ああ、そっちか。でも昨日の戦闘で撃墜したターゲスに、隠密行動系の機能が搭載されていたから、手遅れじゃない?』
『うげ、勘弁して欲しいわ~。残骸の回収は行われたわよね?』
回収は行うと、工藤中将より最初の二機を撃墜した時に聞かされたのを思い出して首肯する。セタリアの言い分は理解出来るし納得出来るけど、今の地球の技術じゃ不可能だと思うので、不要な心配だとも思った。
『今の地球じゃ無理だと思うけど』
『念には念を入れてね。ほら、キルシウムの連中が絡んでいるから、その辺の目が厳しいのよ』
『馬鹿のせいだったのね』
『そう言う事よ~。本当に、面倒な事をしてくれたわ。唯一の幸運は、残党がそっちにいる分だけって事ね』
セタリアの言葉に『その通りだ』と頷く。一度壊滅したのに、どうやって復活したのか。やっぱり、一緒に動いている犯罪組織が原因っぽいな。
『残党がいるのはどっちの転移門なの?』
『こっちで引き受ける方よ。だから、気にしなくても良いわ』
『……そう。あ、こっちに流せる情報が有るなら送って貰っても良い? 多分、説明で必要になると思う』
防衛軍側で引き受ける方にいないのか。その情報を聞き、少し考えてから情報の開示をセタリアに求める。支部長に転移門について説明しても、解らないだろうし、端末に落とした情報を見せながら説明した方が理解も早いだろう。
『分かったわ。でも、距離が在るから時間が掛かるわよ』
『無いと説明に困るから、時間が掛かっても良いよ。それとこっちから、もう一回通信を入れると思う』
『あら、そうなの?』
この通信が始まる少し前に松永大佐より、一条大将と合流してから、支部長の執務室でもう一度通信を試して欲しいと言われた。その事を思い出して、必要だと首肯する。支部長もセタリアの性格を理解して貰った方が良いしね。今後の為に。
『多分。それと、端末の時間をそっちの宇宙に合わせたいから、電子設定類も貰って良い?』
『あー、時間を合わせないと、通信に出られない時とか有りそうね。それも併せて送るわ』
そう言うなりセタリアが色々と操作を始めた。空中ディスプレイの端に、データの受信を始めた事を示す、ゲージが何本も表示される。
『お願い。あと、最後に自動翻訳機の準備だけはしておいて』
『必要になる訳――いや、要るか。直接喋った方が、解る時も在るし』
データ送信の手を止めずに、セタリアが一人で納得している。その間に聞く事が残っていないか考える。
『キルシウムの残党はそっちにお願いするけど、そう言えばターゲスの総生産数は知ってる?』
『ん~確か、そっちで増産されていない限りは、四十三機だったわね。 そっちで十一機を墜として、こっちで十機を回収解体したから、二十二機になるのかしら』
大変不吉な事を言われたが、残数は半分に到達していた。
『残りが二十二機になる計算だね。あれ? そっちも朝だったの?』
端末の時間を合わせたら、朝と言って良い時間が表示された。
『そっち『も』って、あら、時間がほぼ同じだったの? ……そう言えば前回通信が来た時刻は、七刻半前だったわね』
セタリアの言う『七刻半』の『刻』は、地球で言うところの『七時半』の『時』に相当する。時差が三十分以内だったとは、意外な真実だ。これなら、時間の計算もやり易いだろう。
『セタリア。十二刻までに一度通信するかもしれないから覚えておいて』
『分かったわ。それじゃぁ、またね♪』
最初と同じウィンクを飛ばしたセタリアとの通信は、これで終わった。
空中ディスプレイを操作して通信画面を閉じる。松永大佐は、絶望と諦観が綯い交ぜになった、透き通った神妙(?)な顔をしている。去り際の投げキスも、ポロリも無かったので、今回の通信は『比較的マシ』だったけど、松永大佐には刺激が強過ぎたか。
この分だと、支部長は大丈夫かな? 心配になって来たけど、そこは頑張って貰うしかないか。
一人で考えを纏めて納得していると、松永大佐の目が死んで逝くのを見た。大慌てでコーヒーを淹れて戻り、松永大佐に勧める。出したコーヒーを少しだけ飲んで、松永大佐は少しだけ回復した。天井を仰いで目頭を揉んでいる松永大佐を見るに、今後のセタリアとの接触は、極力控えた方が良いな。松永大佐の精神衛生的の為に。
「大丈夫ですか?」
「……あぁ、姿と行動を記憶から削除したから問題は無い」
別の意味で問題しかない気がするんだけど、松永大佐の声の死にっぷりを考えると……これ以上考えるのは止めよう。
「支部長に連絡は、どうしますか?」
「八時半に一条大将と執務室で合流するから、今からの連絡は不要だろうな。二度も同じ事を連絡する必要は無い」
そう言うなり、松永大佐は残りのコーヒーを一気に飲み干し立ち上がった。
「少し早いが、支部長の許へ向かうぞ」
「あー、はい」
返事をし、食器を回収口に持って行き、食洗機に入れながら思う。
……何時かのように、支部長がギックリ腰で倒れなければ良いな。
祈りは届かないものだけどね。




