早朝のお願い事~飯島視点~
『――と言う訳で星崎からボイスレコーダーを取り上げて欲しいのよ!』
「うん。無理だな。他を当たってくれ」
十月十六日の早朝。
普段ならまだ眠っている時間に、通信機の着信音で叩き起こされた飯島は、通信相手の草薙の依頼を断った。一秒も考えずに即座の判断で断った。だって、星崎絡み=松永絡みと言う事になる。星崎関係で松永に何を言っても無駄なので、思考に時間を割く必要は無い。
「松永が絡んでいる以上、無理じゃねぇか? つぅかよ、何で俺なんだ?」
『だって、松永大佐にものが言える人って限られているでしょ? 支部長は逆に押し切られて役に立たなそうだし、一条大将にお願いするのは畏れ多いし』
「草薙。お前は支部長を何だと思っているんだ」
飯島の突っ込み通り、草薙の中での支部長の認識が駄々洩れていた。ついでに認識が逆だと内心で突っ込んだ。
確かに支部長の渾名に『首から下は役立たず』と言うものが存在する。だがこの渾名は、佐久間支部長のものでは無い。初代日本支部長のものだ。日本支部長になる前から同じ渾名を付けられた佐久間支部長が別格なのだ。確かに普段は色々とアレだが、現役時代は自身が立てた作戦で一度も撤退する事無く勝利で収めていた人物だ。運動が苦手で、頭脳労働職以外にこなせる事が無いから付けられたと言う輩もいるが、他支部から『引かずの佐久間』と呼ばれた名将だ。一条大将が畏れ多いと認識されているのは、元々五代目支部長候補筆頭だっただけに過ぎない。
三代目日本支部長は別の方向へ突き抜けていたから、この渾名を付けられなかった。けれども、初代日本支部を超える成果を叩きだした事から、『第一黄金世代の長』と呼ばれている。
ただ、本国の政治家共が三代目上層部の身内を殺して回る『真正の馬鹿』だとは思わなかった。
三代目上層部は、育てている人材を守り、幹部の身内でこれ以上の死人を増やさない為に降りる事にしたが、四代目は十年経たずに駄目になった。その負債は五代目になった今でも残っている。三代目上層部のお歴々が五代目支部長の後ろ盾を務めているのは、後悔が残っているからかもしれない。
支部長に関する事を少し思い出して、飯島はふと別の事を思い出した。
「そういや、星崎が持っているボイスレコーダーを一度見たぞ。アレは憲兵部からの貸し出しだったな」
『はぁ? 神崎が貸し出したの?』
草薙の声が一気に低くなった。ハスキーと言うには低過ぎる声だ。多分ボイスレコーダーを貸し出した神崎に苛立っているのだろう。その証拠に、ミシミシと、謎の軋む音が聞こえる。草薙は何時か通信機を握り潰しそうだ。
「多分な。憲兵部で使われているものを持っているところを見たら、誰だって『憲兵部の関係者だ』って思うだろ。多分、馬鹿避けとして持たせたんだろうな。その辺を考えると憲兵部から借りたのは、松永にとっても苦渋の決断だっただろうな」
自らボイスレコーダーを調達せず、憲兵部から借りている。つまり星崎の為だけに、『毛嫌いしている神崎に頭を下げて借りた』と言う事だ。『二度も同じ事が起きて欲しくない』と言う、心配からの行動だろう。それに神崎も藍沢と仲が良かった一人だ。つまり松永と神崎は、藍沢を挟んで互いに幹部になる前からの付き合いだったのだ。この事を考えると、松永の性格を最も理解しているであろう神崎は、二つ返事で貸し出していそうだ。
『ねぇ、何でそんな事が苦渋の決断になるの?』
「細けぇ事を気にするだけ無駄だ。松永は割と執着心が強いからな」
『何か今、変な副音声が聞こえた気がしたんだけど』
「考えても意味は無い。どうしてもって、言うなら俺じゃなくて大林に頼め。大林は松永相手でも堂々と文句を言うからな」
飯島は松永に対して文句が言える別の人物の名を上げた。大林にも趣味関係で問題が有るから適任とは言い難い。
『どうしてウチの支部は、人選の選択肢が少ないのかしらね』
「解決しない事を嘆くな。そう思うのなら、自分で言いに行け」
『ちょっとは星崎の心配をしてよ』
「いや、松永の下にいる限り無理だろ」
『諦めが早過ぎない!?』
「どうしてもって言うなら、貸し出した神崎に言え。切るぞ」
『ちょ、ま――』
飯島は問答無用で通信を切った。ついでに草薙を着信拒否リストに加える。飯島が時刻を確認すると、五時半だった。二度寝するには時間がギリギリだ。あと一時間遅ければなぁ、と嘆息した。
二度寝を諦めた飯島は身支度を始めた。
身支度しながらも星崎の事について考える。
草薙の言いたい事は理解出来る。だが、星崎は無自覚にやらかすから、軌道修正は難しいだろう。
飯島が思い出すのは九月に行われた演習中の出来事。
当時はガーベラを仮想敵として演習に参加させていた。飯島が思い出したのは、幾つも行われた演習の一つで事故が起き掛けた時の事だ。
演習中に整備不良――演習が終わってから調べたら、経年劣化と実際に動かした事による負荷が原因だった――で、一機のキンレンカの動きが止まってしまった。しかもその時、運悪く銃器を使っていた。訓練用の装備とは言え、当たりどころが悪ければ事故が発生しかねない。
演習時に使う司令室で全体を見ていた飯島も、別のところの不手際を叱責していた最中で、気づけなかった。
そんな中放った銃弾がキンレンカに命中する直前になって、漸く飯島も異変に気づいた。一時中断の声を上げるよりも先に、ガーベラが動けなくなったキンレンカを回収した事で難を逃れた。
事故が起きなくて良かったと、飯島は胸を撫で下ろしてから『演習の一時中断』を通達したら、今度は周囲が騒めき始めた。
何が起きたんだと思えば、モニターに映るキンレンカを横抱きにしているガーベラの映像を見て、周囲は騒めいていた。
……星崎よ。どうしてそんな風に回収したんだ? つーか、どうやってそんな風に回収したんだよ? 器用すぎやしないか?
内心呆れた飯島は視線をオペレーターに移動させて、動けなくなったキンレンカと通信を繋ぐように指示を出した。
そして飯島は見ていなかったが、通信が繋がるよりも前に、ガーベラが動いた。動いてしまった。
『あ、あ、ああああ、あたしは、こんな事で惚れたりしないんだからーっ!?』
そして繋がった通信機経由で、女性パイロットの意味不明な絶叫を耳にした飯島がモニターに目を向けると、ガーベラは器用にキンレンカの頭部を片手で持ち上げて覗き込んでいた。人間で言うと、『下顎に手を添えて上を向かせている』のと同じ行動だ。
性別はともかく、サイコパスに惚れるのは別の意味で危ないから止めなさい。そんな言葉が飯島の口から零れそうになった。
「ねぇ、噂だとガーベラのパイロットは女性だったよね?」「そうだけど、本当に女性なの?」「何か、イケメンみたいな行動を取ってるんだけど……」「戦闘機で、どうやったら、あんな操縦が出来るんだ?」「ああ、横抱き救助から顎クイ。今時、男でも出来ねぇぞ」「戦闘機同士じゃ、もっと無理だな」「ヤバい。ちょっと、ときめいたんだけどっ」「あれ、完全に男の行動だよな?」「誰だよ。『ガーベラのパイロットは女』って噂を流したのは?」「六月に月面基地に駐在していた奴らだよ。イタリア支部の野郎の犯行供述が『ガーベラのパイロットは女だって、又聞きしたから確認の為に女子更衣室に突撃した』んだった。みたいな言ってた」「それって確か、たまたま居合わせた中等部の訓練生の女子の下着姿を見たから、痴漢扱いされているって言うアレだっけ?」「ああ、そうだ。監視カメラが停められていた計画犯罪だったらしい」「日本人をロリコン呼ばわりしている奴らが、実はロリコンだったのか」「別の意味で最悪だな」
聞こえて来た周囲の声を聴いて、飯島は仏頂面になった。
搭乗しているパイロットが、十五歳の小柄な少女だと知ったら皆はどんな反応をするのだろうか。飯島はそんな疑問を抱いた。そして、月面基地から交代で戻って来た兵士達が噂を流している事を知り、飯島は支部長に報告して、箝口令を出すように具申しようと心に決めた。
「ガーベラのパイロットってどんな人なのかしらね」「草薙中佐みたいな、格好いい女性かしら?」「それだったら、男でなくても良いわね」『うん。そうだね』「良いなー。松永大佐並みのイケメンじゃなくていいから、顔の良い人に迫られたい」「十分贅沢でしょ」
女性陣は見る事の叶わない、ガーベラのパイロットについて、キャッキャッと語り合い始めた。
「これで女だったら、男の立場がねぇぜ」「そうだな。男である事を祈ろうぜ」「でもさ、男でも俺らの立場が無くね?」『……どの道そうなるな』「くっそ、イケメン無罪かよ」
一方、男性陣の大半は落ち込んでいた。一部は憤っていたが。
事態の収拾を図る為に、飯島はため息を吐きながら演習の中断を決めた。
演習終了後に本人に聞いて判明したが、横抱き救助は『ガーベラが下から上へ移動した』結果だった。頭部を片手で掴んでいたのは、単純にもう片方の手を使っていたからだった。本当は両手で頭部を掴む予定だったらしい。そして頭部を掴んだ理由は、パイロットが呆然としていてもモニターに映る映像が動けば何かしらの反応を返すだろうと考えた結果だった。
更に、頭部を掴んでいたように見えたが、裏拳の要領で持ち上げていただけだった。
非常に残念極まりない真実だった。いっその事、知らなければ良かったと言える内容だった。
その夜。
飯島は演習中に起きそうになった事故について報告するついでに、六月に月面基地に駐在していた兵士達に箝口令を敷くように支部長に具申した。
「放置で構わん。飯島大佐が気にする必要も無し、箝口令も必要無い」
「理由を尋ねても良いですか?」
「どれか一つを聞いて、星崎に辿り着くような内容の噂だったか? 私も諜報部経由で噂の内容を確認しているが、どれを聞いても、星崎を連想させるものは一つも無い。飯島大佐はあんな内容の噂を聞いて、星崎に辿り着く猛者が出て来ると思うか?」
支部長から逆に問われた飯島は噂の内容を思い出す。
飯島が今日聞いた噂はどれも、星崎と繋がらない。星崎の見た目から連想出来る事に掠りもしない。逆に遠ざかっている。
星崎の見た目は、小柄で幼い。無愛想だが、相手を選んで態度を変えないし、上の階級の人間に媚びへつらう事もしない。星崎に対して何かをしたら、返って来るのはサイコパスじみた拷問のみ。不幸にも遭遇した工藤中将が慄く程の内容だった。
これらの事を考えると、噂は真逆と言って良い。
「噂に関しては、松永大佐にも相談している。松永大佐が噂を聞いて星崎を連想しない以上、放置で問題無い。寧ろ、放置して噂に尾鰭を付けさせた方が良い。今日本支部内に出回っている噂で、星崎に辿り着くのは不可能だ」
確かに噂は独り歩きする。真実に辿り着く噂も稀に存在するが、松永が噂内容の確認を取っているのならば、問題は無いだろう。
九月に起きた残念なやらかしは『真実に近い噂』として、他所の部隊にも広まった。
噂は支部長の望み通りに尾鰭を付けて広まり、中でも広く信じられている噂は次の二つだ。
『ガーベラのパイロットは男女の二人が交代で務めていて、六月に乗っていたのは女性の方で、九月の演習の時は男性だった』と、『パイロット候補が二人いるのなら、女性の二人で、片方が六月の時に降りて、今はもう片方のスパダリ系の女性がパイロットを務めている』この二つだ。
確かに六月に乗っていたのは女性の方だ。九月に乗っていたのも女性だが、どこから『パイロットが二人いる』と言う尾鰭が付いたのか。やっぱり、女性が男のような行動を取るとは思わないと言う、先入観が影響しているのか。謎だ。
十月に入れば噂は少し落ち着いて、『パイロットは心身共に、男も嫉妬するイイ男』になった。何をどうしたらこうなるのか。本人に聞かせたい。
早朝から残念な事を思い出した飯島は、身支度を整えて食堂へ向かった。
今日の午後には試験運用隊で、久し振りとなる模擬戦を行う。ツクヨミの守衛部隊の殆どを纏める立場となってから、書類仕事がメインとなり、戦闘機を操縦する機会も減った。シミュレーターで操縦技術と勘が鈍らないようにして来たが、年々腕の鈍りが気になる。月面基地へ交代で駐在しなくても良いとは言え、実戦が恋しい。
とは言え、午後の模擬戦の相手は星崎が乗るガーベラだ。下手をすると一方的にやられる。松永との模擬戦も控えているが、搭乗する機体を考えると……こちらも怪しい。手加減してくれる事を祈るしかない。
けれども、午後に試験運用隊に赴いた飯島は『早まったかも』と内心で頭を抱えた。
この時点で飯島は、あのガーベラが想像の斜め上を行く魔改造を受けている事を知らなかった。




