二人の攻防 後半佐久間視点
それは、月面基地からツクヨミへ出発する前の出来事。
支部長の執務室で、やる事が無くなった事を確認した松永大佐が自分を連れて退出しようとした時に、大林少佐に呼び止められた。
「思っていた以上に大きいわね。着痩せするタイプなの?」
「少し大き目の服を着る機会が多いので、そう見られる事が多いです」
何故か執務室内に衝立(組み立て式)を置き、上着を脱いだ状態で大林少佐から身体測定を受けている。スリーサイズを測る必要って何だろう?
「体重が軽いのに、胸が大きいって。世の女性達が羨むわね」
「胸は大きくても邪魔なだけですよ?」
理解が難しいだろうから、自分の経験談を大林少佐に語る。
胸は大きくても邪魔だ。
階段の昇り降りだけで揺れて鬱陶しいし、走る時には胸を押さえないと走り難いし、腕を上下に動かす時には引っ掛かるし、たまにだが下着を身に着けていないと重さで痛くなるし、あと太って見える。
それに、胸の大きさが身長と釣り合っていないと体のバランスが悪くなるし、何より着れる服が無い。服は胸の大きさに合わせて選ばなくてはないので、袖が余るし、丈も合わない。半袖ならローブTシャツとして誤魔化せるだろうが、これらは全て無地の場合だ。デザインと柄によっては、服の選択肢が狭まる。
自分が服を買う時、必ず無地のものを選んでいた。柄入りであっても、チェック柄やボーダー柄を選ぶ。胸の辺りに大きな絵柄が入っている服なら、胸が小さく見えるとアドバイスを貰った経験が在るけど、選択に時間が掛かるから無地を選ぶようになった。
ここに付け加える事になるが、下着類の選択も大変なのだ。上下セットは購入出来ないし、大きなサイズになると大人用しか無い。スポーツブラは意外と小さいものしかないし、似たようなもので大きいものだとおばちゃん用しかない。見せるものでは無いから、自分は色については気にしなかったが、同級生で自分と同じように胸の大きい女子は『色が地味過ぎる。可愛いデザインが無い。何よりババ臭い』と嘆いていた。胸の小さい女子は『贅沢な悩みだ。贅沢な脂肪と纏めて燃やしたい』と憤慨していたが、こっちからすると大事な問題なのよ。
例え羨ましがられても、『大きくても悩みは減らない。小さい時の方が悩みは少ない』と断言出来る。
「へぇ、今はシリコンを使わない豊胸手術が在るし、私は胸の大きさについては悩まなかったけど、この場で言うのは控えた方が良いわね」
大林少佐は感心しつつもそんな事を言い、自分のスリーサイズをメモ帳に書いた。
控えろと言うのはどう言う事だ?
首を傾げながら上着を着ている間に、大林少佐は衝立の向こうに視線を送る。
「まぁ、アレね。星崎には難しいかしら。松永大佐からその辺りについて教えて貰いなさい」
「……大林少佐。私を巻き込むのは止めて貰おうか」
衝立の向こうから、心底嫌そうな松永大佐の声が響いた。
「手伝わないでツクヨミに行くのでしょう。だったら、これくらいはして貰わないと」
「確かに手伝わないが、草薙中佐か和田中将か、女性陣の誰かに依頼すれば良いでしょう」
「何を言っているのかしら? これから星崎を連れて行くのでしょう。移動時間中の時間潰しの一つとして提案しているだけなのに、どうしてそんなに嫌がるのかしら」
何だろう。大林少佐が楽しそうな顔をしている。衝立の向こうに移動すると、眉根の寄った松永大佐と執務机に座って耳栓をしている支部長がいた。松永大佐は自分と目が合うなり、今度は微妙な真顔になった。
「……星崎。その、頭の上の物体は何だ?」
物体? スリーサイズを測る時に、大林少佐が自分の脇の髪が垂れないようにクリップで固定した。それを外していない事を、松永大佐に言われて思い出す。
「大林少佐が髪の固定でクリップを使用しました、が?」
「クリップ? その物体が?」
松永大佐の声が若干震えている。どうしたんだろう。クリップを手に取ろうとしたが、先に大林少佐が回収した。
「ごめんなさい。回収を忘れていたわ」
「お・お・ば・や・し」
「正真正銘、髪留めのクリップよ。おまけで装飾が付いていても、髪留めのクリップよ」
大林少佐は高笑いしそうなイイ笑顔になり、松永大佐は珍しい事に苦虫をかみつぶしたような顔をしている。
「大林少佐、測定は終わりですか?」
「ええ、終わりよ。月面基地へ出発しても大丈夫よ」
大林少佐は『ニコニコ』と言う音が聞こえて来そうな、それはイイ笑顔を浮かべた。大林少佐の背後から黒い靄が見える。
……何だろう。身の危険を感じる、ヤバい状況になったな。
松永大佐に声を掛けて部屋から引っ張り出し、ドアが閉まる直前に支部長に一声掛ける事も忘れない。支部長は耳栓をしたままだったが、この際無視しよう。大林少佐の耳には入っている。
このあと。
少し時間が経過した事で、機嫌が直った松永大佐と一緒に戦艦へ移動する。その途中で無人の購買所に立ち寄って、移動時間中に飲むものを購入した。戦艦に乗り込んだら、艦長へ挨拶する為に、ブリッジへ向かう。幸いな事に、艦長はブリッジにいた。
突然やって来た松永大佐を見て驚いていたけど、説明を聞いたら納得してくれた。
何時でも出発出来るように準備をしていたらしく、八時頃に出発する事になった。
でも、松永大佐はツクヨミに到着するまで、部屋に引き籠ったままだった。
暇になった自分は、部屋で端末内に残っているデータを眺めていた。
※※※※※※
一方、松永大佐と星崎が去った執務室では、耳栓を外した佐久間が机の上に伸びていた。
「大林少佐。星崎を使って松永大佐にちょっかいを出すのは止めてくれ。胃に悪い」
「支部長のやらかしに比べれば遥かに軽いです」
「そっかなぁ……。それよりも、そのクリップらしき物体は何なの?」
無表情の大林少佐に何を言っても通じないと判断した佐久間は、彼女が持つ物体――『猫の耳を模したもの』に視線を向けた。
「開発部が作った一品です。脳波を感知して動きます」
「あー、あそこは転用を視野に、小型化させる事に執着していたな」
佐久間は開発部本国部署の事を思い出して疲れた顔をした。ツクヨミ部署の方は駄目になっていたが、本国部署の方は『変態と変人と奇人』で構成されている。その為、本国部署に配属されると、『左遷』と勘違いして絶望するものがたまに出る。実際は左遷では無いが。
佐久間は本国部署で未だに現役として残っている、頭のおかしいガーベラの開発者達を思い出してげんなりとし、気分の入れ替え目的でふと感じた疑問を口にする。
「しかしまた、どうしてそんなものを作ったんだ?」
「脳波の感知速度を、可能な限り速めたそうです。これの技術はガーベラ弐式にも使用される予定です。ここに来る直前に、『事前に感知した星崎の脳波データを送って欲しい』と依頼されました」
「うわー……」
大林少佐が語った言葉から『身体測定の本当の意味』を知り、佐久間は両手で顔を覆った。
身体測定は方便で、猫の耳を模したクリップを星崎に装着させる事が目的だった。あれこれと星崎に話し掛けていたのは、感情の揺れだとか色々とデータを取る為だった。趣味に星崎を巻き込むつもりなのかと、一瞬だけ大林少佐を疑ってしまった。
「じゃぁ、松永大佐にちょっかいを出したのも、同じ目的なのか?」
「半分はそうなります」
「残りの半分は?」
「仕事から逃亡した事への嫌がらせです」
「あ、そう」
気分転換どころか、頭痛を感じる話のオチだった。
蟀谷を揉んだ佐久間は、月面基地に駐在している日本支部幹部達から丸投げされた仕事をこなし、十五時頃に大林少佐と共にツクヨミへ逃亡した。




