久し振りに基地内を歩く。そして知り合う
精密検査を終え、ガーベラを戦艦に戻し、着替えてから艦長に色々と報告した。
既に戦闘終了から、五時間以上も経過している。でも、艦内食堂に向かってもご飯を食べる事は出来ないし自販機類も存在しない。
そんな訳で月面基地に降りた自分は、食堂へ向かう前に、空腹を軽減させる為に炭酸ジュースか何かを飲もうと飲料自動販売機が設置されている無人購買部へ向かっていた。
元々、工藤中将から『検査が終わったら適当に飯食って休んでいろ』と言われていた。物言いを考えると少しの間、単独行動を取っても何も言われないだろう。念の為に松永大佐から渡されたボイスレコーダーを録音状態にして持ち歩き、何かに巻き込まれても対策はしたと主張すればいいだろう。自衛策は取っておくに限る。
最初に向かった日本支部区画内の無人自動販売機は、珍しい事に、飲料系だけ全種売り切れていた。仕方が無く別の設置場所を探す。地図アプリで現在位置から最寄りの自動販売機が置いてあるところを探し、一ヶ所見つけた。
「ここでいいっか」
少し離れており日本支部区画外だけど、リユースカップを使用する飲料系自動販売機が設置されている。蓋を開ける気力を惜しんだ自分はそこへ向かった。
戦闘終了から既に五時間が経過したが、月面基地内は未だに騒がしい。戦後処理に加えて、普段出撃しない守衛部隊まで出撃せざるを得ない状況だった。こんな状況は滅多な事では起きないだろう。その滅多に起きない戦闘のせいで、月面基地放棄の準備まで進めていたみたいだし。
ふらふらと歩いたが、日本支部の区画外から出ても誰とも遭遇しない。騒がしいのは各支部の区内だけらしい。自分と違って、皆仕事が割り振られているのかもしれない。戦闘終了後だし。
歓談室と言えばいいのか、それともラウンジと言えばいいのか。似ているからどっちでも良いか。そんな感じの場所に着いた。
ただし無人だったけど。
他支部も忙しいんだろうと適当に考えて、自動販売機の前に移動する。支部と支部の間に存在するからか、他国籍な自動販売機が並んでいる。
その中で、日本語記載の在る自動販売機を選んだ。種類豊富だけど、他支部に合わせているのか、別の理由があるのか。販売機は大きくて、ボタンの位置が高い。自分の胸の高さに、カップの受け取り口が存在する。
別の意味で失敗したが、空腹を紛らわす為にジュースを買って飲み、早々に戻ろう。
カップサイズと氷の有無を選択して、微炭酸葡萄ジュースのボタンに手を伸ばす。しかし、爪先立ちになっても指先が届かない。室内を見回して無人である事を確認してから、軽く跳んで再度手を伸ばすも外し、代わりに別のところを叩いてしまった。別のボタンを押していないので時間はある。この自動販売機は電子マネー決済を終えてから、カップに飲料が注がれるタイプなのだ。
ここに長居は出来ない。手を伸ばせば届くところのジュースで今は我慢するしかない。
そう判断して後ろに一歩下がると、背中が何かにぶつかった。
悪意敵意には敏感だが、逆にそれら以外のものには疎い。
振り返って背後を見ると、アメリカ支部の正規兵の制服を着た誰かがいた。視線を少し上に上げると、茶髪――いや、栗色(?)の髪の知らない男性がいた。松永大佐と比べてそこまで身長が高くないので、距離を取らずに顔を見る事が出来た。つり目気味の瑠璃色の呆れた瞳と視線が合う。
「手が届かないのか?」
「ええと、はい、そうです、けど?」
瑠璃色の瞳と視線が合うと英語で話し掛けられた。自分の場合は日本語にしか聞こえないが、その通りなので肯定すると何故か呆れられた。
「ジャンプしてまで高いところの奴が良かったのか?」
跳び跳ねていたところを見られていたらしい。この台詞から何時からいたのか推測すると、自分が無人か確認したあとに来たのだろうな。ここは適当に誤魔化しておこう。
「食事を食べ損ねて、自動販売機のところに行ったら売り切れだったから、ここに来たんですけど」
「飯を食べ損ねた? だったら、食堂に行けばいいだろう。何でここで飲み物を買うんだよ?」
「一人で食堂には行き難くて……」
「? あぁ、その見た目じゃ一人で行くのは流石に厳しいか」
食事を取り損ねた以外は合っている。それに、食堂へ一人で行くと高確率で耳目を集める。『耳目を集める=トラブルが発生する』と言っても良い。故に、一人では行き難い。
その辺を理解してくれたのか、栗毛の男性は納得の声を上げる。親切な事に代わりにボタンを押してくれた。頭を下げて礼を言う。
「こんくらいなら良いぜ。と言うか、中尉の奴が准尉の俺に頭を下げなくて良いぞ」
「多分、私の方が年下だと思うんですけど」
「周りに誰もいないから気にすんな」
「はぁ……」
謎の勢いで押し切られた。
「そこの二人、何をしている?」
そこで、もう一人やってきた。誰が来たのかと思えば、イギリス支部の制服を着た砂色の色素の薄い金髪の男性だった。左目が前髪で隠れており、右の青緑色の瞳が眇められている。
誤解を生む前に状況を説明して、改めて自己紹介をした。
アメリカ支部の男性はライト・バーネット准尉と、イギリス支部の男性はイングラム・ウォーカー少尉と、それぞれ名乗った。そして自分は中尉でイングラムに驚かれた。やっぱり、この外見年齢で中尉は珍しい模様。
購入した炭酸ジュースを一気飲みして去る訳にも行かず、そのまま三人でそれぞれが購入した飲み物を片手にベンチに座って雑談タイムに突入する。なお、二人は揃ってコーヒーだった。
自分が一番年下だけど、上官がいないので、階級が一番上だから敬語は無しでと二人に言われた。
話題は先の戦闘についてになった。
「くじ引きで当たりを引いて月面基地に居残りになったが、別の意味で当たりだったぜ」
「確かに先の戦闘は、様々な意味で予想外の事が起こったな。私も居残りだったが、増援が二度も来た時には肝が冷えた」
「俺のところの司令室から悲鳴が何度も聞こえて、耳が痛かった」
「そう言えば、昔に月面基地に敵機が迫った時も、今回のように二手に分かれていたって聞いたなぁ」
「へぇ、そうなのか」
「私も初めて聞いたな」
佐藤大佐が言っていた事を口にすると、二人は驚いた。あまり知られていないのかな?
「昔の経験を活かして今の迎撃態勢を取っているとしても、見直しが入りそうだな」
「今の迎撃態勢も結構ギリギリだよ?」
「もう少し離れたところで迎え撃つにしても議論で時間が掛かるから無理だろ」
「それもそうか。ま、飛翔ブースターに関して何かが決まるかもしれないが」
「それはあり得そうだな」
イングラムの言葉を聞き、頷いてライト共に同意する。
「飛翔ブースターで思い出したけど、日本支部のガーベラだったか? あの赤い機体は凄かったな」
炭酸ジュースを飲んでいた時に、ライトの口からガーベラの名が出た。驚きで動きが止まりそうになった。
「確かに凄かった。可能ならば、乗って見たい」
「それは難しいだろ。他支部の機体だし」
イングラムの口から、更にとんでもない願いが飛び出した。ライトが速攻で無理と言い出す。自分はカップから口を離して口を開く。
「……難しいよ。過去にテストパイロットで乗った人は全員負傷したって聞いたし」
「「負傷?」」
「知らないの?」
自分の知っている情報を口にすると、二人揃って顔を見合わせた。既知の情報だと思ったんだが、どうやら違ったらしい。
「十年前にもパイロット探しで何人か乗って、全員負傷したんだって。負傷者が十九人に上って、二十人目に誰が乗るか話題になったらしいよ」
「乗るだけで負傷するって、二十人目は良く無事だったな」
「なんか、加速で骨が逝っちゃうらしい」
「いやいや、加速するだけで骨が駄目になるって……」
「今のパイロットは無事なのか?」
「無事だよ」
現パイロットは自分だからな。五体満足だぞ。途中からライトの顔が引き攣り、イングラムは心配顔になった。けれど、無事と判ると揃って胸を撫で下ろした。
「ガーベラって重力制御機を積んでるよな? 積んでても負傷者が出たのか?」
「うん。搭載していたのに出たんだよ」
「それは、重力制御機をもってしても、加速が相殺出来なかったと言う事になるぞ」
「そう言う事になるね」
男性陣二人が揃って慄いている。
戦艦などは高性能の大型機を積む事が出来る。だが、戦闘機に搭載する重力制御機は、なるべく小さいものが選ばれる。大型過ぎて戦闘に支障をきたす訳には行かないから、しょうがないんだけど。どこの国でも重力制御機の小型化が進んでいるけど、性能の向上を少し置き去りにしている感がある。
「う~ん。では、ガーベラのパイロットとして人員派遣する話に、返事が無いのは何故だ?」
「派遣? そんな話聞いた事が無いよ」
唸ったイングラムの口から知らない情報が出て来た。ライトも知らないのか目を丸くしている。
「聞いた事が無い? ガーベラが初めて実戦投入された時に、各支部が情報の開示を求めたのは知っているな?」
イングラムの問い掛けの内容はあり得そうな事だった。話を腰を折らない為に頷く。
「その時に『更なる情報の開示を求めるのならば、乗りこなせるパイロットを派遣してくれ』と回答が在った」
支部長、何やってんの!? マダオ似は見た目だけにしてくれよ!
突っ込みが喉から出掛けた。唾と一緒に飲み込んで続きを聞く。
「それでそのパイロット派遣の候補に、日本語が出来る一点で、私が選ばれたんだ」
「ほーぅ、そんで日本支部から派遣を受け入れるって回答が無かったと?」
「そうだ」
ライトがイングラムの言葉の先を引き継いで確認する。イングラムは頷いた。
「あたしの上官は上の人だけど、派遣の話が在った事すら言っていなかったよ」
変だなぁと首を傾げる。松永大佐にそんな素振りは無かったし、支部長も何も無いみたいな顔をしていた。
「上で何かあったんじゃねぇの?」
「まぁ、考えられるのは、何かの基準に達していないか、トラブルが発生したか、支部では無く本国間での取引で無くなった、だろうね」
「トラブルと本国絡みで無い事を祈りたいな。しかし、基準に達していない可能性が有るのか」
「いや、乗ったら大怪我が確定しているのに、どーして残念そうなの?」
ライトが至極残念そうなイングラムに突っ込みを入れて、話題は終わった。その後、ライトとイングラムの上官と部隊メンバーへの愚痴聞きをしていたら、空腹を知らせる音が鳴りそうになった。驚き慌てて腹筋に力を入れるが、二人にはバレた。
「誤魔化しは効かなかったのか?」
「うん、炭酸ジュースだけじゃ無理っぽい」
イングラムの問いを肯定する。ライトからも質問が飛ぶ。
「どうするんだ? もう一杯飲むのか?」
「ん~、こうなったら食堂の持ち帰り用のパンを貰ってどこかで食べるよ」
トラブルを考えると単身で食堂を利用するのは控えた方が良いだろう。それに、仕事の手伝いを佐藤大佐辺りから依頼されるかもしれない。すぐに動ける状態でいた方が、困り事も無いだろう。
「そんな味気ない食事で良いのか? 食べ損ねたのなら、確りと食べた方が良いぞ」
「ん~、一回一人で利用して、他の利用者から変な目で見られたんだよね。それに、仕事の手伝いで呼ばれるかもしれないし」
「適当に飯食って休んでいろって言われたのに、手伝いで呼ばれるのが確定しているのか」
イングラムに返答したら、ライトに同情された。
実は事前に飯島大佐から、佐藤大佐の取り扱いについて簡単に打ち合わせをしている。その時に、佐藤大佐の書類仕事嫌いがどの程度かも聞かされた。必要な書類と資料を用意し、適当におだてればやってくれるんじゃないのかと思ったが、飯島大佐が言うにはそうでもないらしい。
そもそも佐藤大佐は、『椅子に座って黙々と作業をする』事自体が嫌なんだとかで、部下一同は椅子に座らせるところから始めるらしい。
訓練学校時代の座学はどうしていたんだろうね?
「だったらなおの事、食事を取らないと倒れるぞ」
「どうだろう? 加糖コーヒーをお供にすれば行けそうだけど」
「いや、駄目だろ」
前回利用した時に見た惣菜パンを思い出し、コーヒーとセットなら大丈夫だと思って口にしたが、揃って駄目出しされた。思わず首を傾げると、二人は一度顔を見合わせた。その隙に残りのジュースを飲み干して立ち上がる。
「あたしはそろそろ行くね」
「待て待て、俺も行く」
「そうだな。私も、いや、三人で行こうか」
「いや、一人で大丈夫だよ」
そう言って二人も立ち上がった。付き合わせるのは忍びないから断るも、揃って『丁度良い時間だから、ついでに朝食を食べる』と言い張り、結局三人で食堂に向かう事になった。




