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理想郷で恋を編む  作者: 稲井田そう
天才の初恋
29/35

当日

「どしたの……めーちゃん、すっきりした顔してる……めーちゃんもおトイレ行った?」


「ううん、ただ……、沖田くんに、色々気づかせてもらったっていうか……」


「むぅ……嫉妬の意……」


 真木くんは緩やかな動作でリュックを背負い直した。ずるずると肩紐のベルトを緩めて、調整している。私は意を決して、彼の手を取った。


「真木くん」


「なあに」


「……明日の文化祭、お話したいことがあるんだ。聞いてもらってもいい?」


 話をするのは、明日だ。やらなきゃいけないことがあるから。それを終わらせて、私は真木くんと話がしたい。彼の返答を、まるで判決を待つような気持ちで待っていると、「いーよー……」と、彼は肩の力を抜いて歩き出した。


「ありがとう、真木くん」


「どういたしましまし……」


「もう、変なふうに言葉覚えちゃ駄目だよ」


「ひゅーん」


「真木くん!」


 私は、真木くんと一緒に教室の電気を消して、歩き出す。廊下はまだまだ賑わっていて、明日の文化祭に向け、皆楽しそうにしていた。


◇◇◇


 文化祭当日、雨が降ったらどうしよう。そう思う私の心配はよそに、天気は今までにない快晴、そして10月の下旬とは思えないほど温暖な気温に恵まれた。そのためか、お客さんはひっきりなしにやってきて、アリスだけではなくチェシャ猫、ハンプティダンプティにハートの女王、帽子屋の衣装に身を包んだ生徒たちが、ドリンクを作ったり接客に追われていた。


 かくいう私も、アリスの衣装を着てドリンク作りをしている。真木くんはチェシャ猫の衣装を着て、「五番テーブルメロンソーダとケーキ……」と、注文を読み上げてくれている。


 あれだけ予算削らなきゃ……と困っていた内装は、椅子にカバーをかけたソファ型となっていて、お店を囲うようにトランプ兵の木製スタンドが並んでいる。園芸部に借りた植木鉢や花のポットも可愛い雰囲気を作っていて、このままの調子でいけば売上に問題はない。


 本当に、出来上がって良かった。一時はどうなることかと思ったけれど、お客さんも並んでくれて、アリス喫茶は盛況だ。並んでいるお客さんたちも、劇の合間に来ているのか衣装を着た生徒も見られるし、中にはおばけ姿の生徒もいる。安心して周囲を見渡していると、肩を叩かれた。視線を向ければ和田さんと吉沢さんで、和田さんはハンプティダンプティの格好を、吉沢さんは帽子屋の衣装を着て立っていた。


「園村さん、ずっといない? いつ休んだ?」


「え? えっと……トイレには行ってるよ」


「駄目じゃん! ご飯食べてきなよ! 店のもの食べるわけいかないしさ、なんか当番のたびにいるなって思ってたんだけど」


 吉沢さんの問いかけに答えると、和田さんが絶句した。そしてものすごい勢いでぶんぶん首を横に振っている。「でも忙しいし……」と、周りを見ると、吉沢さんが「園村さんが食べてないってことはさ、真木も食べてないってことなんじゃないの?」と、彼を見た。


 あ、そういえば。確かに一度休憩時間になったとき、真木くんに「御飯食べない?」と聞かれて、「待ってて!」と答えそのままにしてしまった気がする。慌てて真木くんをよく見ると「餓死する……」と恨めしげな目を向けられた。


「ほら、うちら交代するからご飯食べてきな!」


「でも」


「店で倒れられるほうが邪魔だって、ほら、どいたどいた」


 和田さんに続いて、吉沢さんが私からマドラーを取ってしまった。そのまま押し出されるようにして、私は二人にお礼を行ってお店を後にする。まず、お昼を取らないと……。たしか文化祭では、フランクフルトにクレープ、焼きそばにたこ焼き、お好み焼きと、比較的手軽に食べられるものが売られていたはずだ。確かサッカー部がおにぎりを出してる、なんて聞いたこともある。


「真木くん、何食べたい?」


「食べられたら何でもいい……でも、混んでてごわごわしてるし、めーちゃん疲れてるから、俺買ってくる……」


「え……だ、大丈夫?」


「うん。一人で出来る……たこ焼き買ってくるね……めーちゃんは……そうだ、美術室で、展示でも見てて……」


 真木くんは、校舎を指差した。たしか美術室は、だいちゃん先生の展示がある。


「皆ごはんたべてて……展示物とかお化け屋敷……今の時間……いないだろうし……。いってくる……」


 ふらふらと、真木くんは人混みに紛れて行ってしまった。不安に思うけれど、学校の敷地内から出なければ大丈夫……と思いたい。それに、今から追いかけても追いつける気がしないほどの人混みだ。それに、私はだいちゃん先生と話したいこともある。私は真木くんの無事をやや祈る気持ちで、美術室へと向かったのだった。

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