79話 同じ魔法ではあるけれど……
神無家の朝食は和食である。
パンももちろん食べたりするがそれはあくまで昼以降。
朝はほかほかの白米にお味噌汁とおかずが何品か並ぶ質素かつ簡単なものだ。
俺は白米を口に運びながら眼前の少女をチラ見する。
やや丸顔ながら可愛らしい顔立ちの少女がムスッとしながら黙々と箸を動かしている。
今まさに卵焼きが少女の小さな口に放り込まれたが、無言。
感想の一言もないのは作り手としてやや不安な気持ちになるが少女の怒りもごもっともなのでこちらとしてはあまり強く言える立場ではないのだが……
「ナニィ、もう機嫌直せよ。今朝のことは俺が悪かったからさあ」
居間に流れるテレビの音声だけが響く空間に耐えかねるように改めて謝罪した。
「ぷくーっ、ムクロさんには反省が足りません!謝って済んだらお奉行も詰所もいらないんですよー」
「そんなこと言うなよな、せっかく今日作った卵焼きは甘めにしてやったのに……俺は塩っぽい方が好きなんだぜ?」
「むぐぐ、確かにこの卵焼きはおいしいですけど……なんか釈然としません!」
「じゃあどうやったら許してくれんだよ?」
「簡単な話です、ムクロさんが私にレーテーションされればいいんです! そうですよそうすればいいんですよ! そうすれば綺麗さっぱり記憶なんて消してあげられるんですから、問題は何もなかったことに……」
「それだけは絶対に嫌だ! だってお前に任せると何が起こるかわかったもんじゃねえもん!」
「ええ!? なんですかそれ、私のことが信用できないんですか!?」
「それに関して信用なんかできるかーっ! 今まで自分のやってきたこと胸に手を当てて考えてみろ?」
ナニィは大きすぎるその巨峰に手を当て、ゆっくりと深呼吸する。
「ふ〜んだ、記憶にございません〜」
「なーにが記憶にございませんだ、お前はお偉いさんか? お偉いさんなのか?」
「プリンセスですけど何か?」
「俺、お前らプリンセスのこと嫌いだ」
上級民は下々の人の気持ちがわからないのだ。
「そういえばさー、お前の魔法って無くなった記憶を元に戻すことは出来ないって言ってたじゃん?」
「そうですけど……それがどうかしたんですか?」
「じゃあさ、自然に記憶が回復したりすることってあんの? ほら、ついさっきまで忘れてたことを突然思い出すってことあるじゃん」
「もちろんありますよ、例えばこの前だってへカテアさんの時もそうだったじゃないですか?」
「ヘカテア? あいつがどうかしたのか?」
「ほらあの時、私はヘカテアさんの隙をついてレーテーションを当てましたよね?スペルキャスターって私は呼んでて、あれは相手の言語能力にレーテーションを仕掛けて魔術師の生命線である呪文を封殺する魔法なんですけど」
「なんで同じレーテーションなのに区別してるんだ?」
「だ、だって私使える魔法これしかないし、なんか一つしか使えないと恥ずかしいかなって」
「つまらん見栄だなー」
「放っておいてください! どうせ私なんてウジウジ」
「ああもう分かった! 分かったよ! お前の魔法には何度も助けられたし、それでヘカテアも倒せたんだし……あれ? でもヘカテアって起き上がった後は普通に喋ってたよな?」
「うー、普段日常的に使い続けている記憶に干渉して消すというのは私には出来なくて、かなりの魔力を消費しても自失状態にするのが精一杯なんです。だからヘカテアさんもすぐに言語能力を回復できたんです」
まあ、仮に完全に忘却出来たとしても戻せないんじゃ人には使えませんけどねーとナニィは自嘲する。
「じゃあ、俺もいずれ思い出す可能性があるってこと?」
「うーん、それはどうなんでしょう? 魔法を使った時って手応えみたいなのを感じる時があるんですけど、ムクロさんに掛けた時は完全に成功した手応えがありました。あの感じで、魔法の効力が切れるなんてこともそうそうないとは思うんですけど」
「そうなのか、そりゃー残念だな。まあ可能性がゼロじゃないってことが分かっただけでも良しとするか」
「ところでどうして突然そんなことを聞いたんですか?」
「いやな、最近妙な夢を見るっていうか。それがどうも身に覚えがあるようなないような感じでよーもしかしたらレーテーションで消えちまった俺の記憶なんじゃないかと思ってな」
「夢っていえば最近私も夢見がいいというかこの前も……」
ナニィはこちらを見て、何故か頬を染めた。
「俺の顔になんかついてるか?」
「え? あ、いえ別に何も……そ、そんなことよりも! もしかしたらへカテアさんが何かしたのかもしれません。ほら、ヘカテアさんが消える前に何か魔法みたいなものを私たちに使ってましたしそれの影響かも」
そういえばヘカテアは消える直前に何か魔法を使っていた。
具体的な効果を知っているのは今はここにはいないヘカテアだけだ。
「そうかー、でも本人がもういないしやっぱり気にしてもしょうがないんだろうな」
贈り物って言ってたしそう悪い効果がある訳ではないだろう。
現にナニィは別になんともないみたいだし。
「ところで今日はどうするつもりなんですか?」
「どうするって何がだ?」
「決まってるじゃないですか、学校ですよ学校!」
「……どうも何も行くしかねーだろ」
放っておけば何をするかわからないのだから。
「メチアさん、今でこそおとなしくしてるみたいですけど何を考えているんでしょうか?」
「さーな、あの女は暴れることだけしか考えてなさそうたとこあるし」
もちろんルールに行動を規制されているってのもあるんだと思う。
しかしそれを抜きにしても学校に編入してきたり、やり方がメチアっぽくないような気もしていたのだ。
「もしかしたら居るのかもしれねえな」
「居るって何がですか?」
「ナニィにとっての俺、メチアと組んでる協力者って奴がだよ」
俺は食後に緑茶をすすりながらそう答えるのだった。




