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プリンセスセレクション  作者: 笑顔一番
第三章 紅の残虐姫
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77話 星野家

 星見ヶ原市。

 そこは豊かな星見ヶ原分島にある星見ヶ原アリーナやレジャースポットで親しまれるスターランドを始めとした観光資源に恵まれ、再開発が進む区画である。

 都市部とは距離のある土地柄だが、地方の若者離れを食い止め、時代に合わせた再開発・再発展を続けている。その発展を強力に推進できるのはひとえにこの町には独裁政権とでも言うべき絶対的な支配者が存在するからだ。

 戦国時代より古くからこの地に根付く名家であり、星見ヶ原でその名を知らぬ者なしと呼ばれている。その家を出自とした市長は数知れず、名声だけに留まらず地元に根ざした産業をいくつも抱える実力をも兼ね備えていた。


『星野』


 星見ヶ原と共に発展し、力を示してきたその家に表立って刃向える者などこの地には存在しない。

 そんな古くから続く星野には本邸だけでなく別荘も点在しているのだが、その別荘の一つの中で一人の少女が寝転がっていた。


「ふー、ようやくゆっくりできるぜー。まったくああいう窮屈な場所は俺様のいるべき場所じゃねーつの」


 赤い髪を畳みに垂らしながら大の字になって転がっている少女の名はメチア・ブラッディ・スカーレット。

 異世界の高貴なる者の一人ではあったが、そのだらしなく寛ぐ姿に威厳を感じる者はいないだろう。


「あんな小さな部屋に赤の他人と一緒に詰め込まれて糞みたいな話を延々と聞かせやがってふざけてんのか? なぁ、マスターもそう思うだろ?」


 メチアはそういってこの部屋の本来の主人に話しかける。

 形式上とはいえ敬称で呼ぶことはあまり好きではないのだろう……言葉とは裏腹に敬意といった感情が宿っていないことはその声音を聞けば明らかだった。


「もっともマスターにとっては誰と一緒に居たのかが重要なのかもしれねえけどなーケケケ」


「……ふふっ、随分とこちらの世界に馴染めたようでなによりですよ」


 しかしマスターと呼ばれた少女は無礼を咎めることもなく今まで着ていた学園の制服を脱いで行儀よくそれを畳むと、着物に袖を通していく。


「初めて通う学園はどうでしたか?」


「そうさなぁ、いい場所なんじゃねーの? 未来ある若者があんなに集まって机揃えて行儀よくお勉強だもんなー、20を前にした奴らがあんな呑気にしてられるんだからこっちの世界は天国みてえなもんよ」


 メチア達の世界では成人は男女共15歳とされている。

 自分基準では既に成人をいくつか過ぎてるような人間が、それも裕福な王族・貴族・商家ではない一般的な家庭で育ってきた人間が何の生産的な活動にも従事せず、勉学に励んでいるという現実に驚きを隠せない。


「ま、俺様から言わせて貰えば退屈の一言だがな」


 だからこそ、いい子ちゃんで溢れかえっている学園は刺激を求めてやまないメチアからすればあまりにも温く見えるのだった。

 彼女が求めるものは闘争、血が沸き立つような痺れる戦いのみ。


「それに関しては私も同意ですね。頭の足りない人達が表面だけの学業を修めたところで勘違いして増長するだけだというのに」


 少女は同級生に対して手酷い評価を下すと、着物の帯を締めてゆったりと立ち上がる。


「ははっ、やっぱあんたはそっちのほうが似合ってると思うぜ? 」


 黒髪を降ろした少女は先程までの人好きする笑みを消すと、憮然とした表情を作る。

 メチアはこの姿こそが彼女の本当の姿であることを知っていた。

 それ故に友達と和気藹々と楽しそうに話す姿を見て内心気味悪く思っていたのだ。


「うるさいですよ? こっちにも色々事情があるんです」


 メチアがからかうように委員長だった少女を嘲笑う。

 委員長だった時とは表情・態度だけでなく口調もすっかり変わっていた。

 その姿からは物腰の低く丁寧な大和撫子とは程遠い、むしろ女帝のような印象を感じる。

 その威風堂々とした振る舞いはメチアでさえ一目置くほどであった。


「あまり調子に乗らない方がいいですよ? 貴方は私がいなければ今頃不審者として塀の中に放り込まれててもおかしくなかったんですよ? そうすれば課題とやらもこなせないまま本国へ強制送還されていたのでしょうね?」


 メチアもそれを言われると自分の失態を晒した上に尻拭いまでさせてしまったので立場がない訳だが。


「しっかし何で俺様がこんな薄ら寒い茶番に付き合わなきゃいけねーんだ?」


「元はといえば他所様の庭で覇権争いなんてしている貴方達が悪いんですよ? こっちは毎日が忙しいのに面倒ごと持ち込まれて本当に良い迷惑です」


「それについてはぐうの音も出ねえな!! だははははっ!」


 自分の世界でやると都合が悪いからという理由で他所に迷惑をかけるのは別に気にしないというのだから現地の人から見れば印象が悪いのも頷ける。


「しかも魔法やら何やらお伽話みたいなことが出来るとなると、笑い話にも出来ません。そんなもの、こちらで対処できるのかどうかも分かりませんし。ならば自分たちの安全を守る意味でも協力者がどうしても欲しい……と言うわけで取引なんです」


「わーってる。俺様の身元を引き受ける代わりに、てめえらの身辺を警護してくれって話だろ。で、それがどうしてあんなファミレスだかで飯食う話になったんだよ」


 そもそも身辺を警護するのなら、学校が終わったら真っ直ぐに家に帰った方がいい。

 あんな不特定多数が入り乱れた場所での警護などいたずらに危険度を上げるだけなのだから。


「神無くんからのお誘いを私が断る訳ないじゃないですか?」


 しかし当の本人からはそれがさも当然のことであるとばかりに一蹴する。


「かーっ、乙女は恋のためなら例え火の中、水の中ってか?」


 正直恋だの何だのというのはメチアにはよくわからない。

 愛だの恋だの言っても要するに自分の子孫を繁栄させるための手段に過ぎず、強い雄を見繕って生殖活動に従事するに過ぎないと思っている。


「『委員長、デザートにはお前が食べたい』『駄目ですよ神無くん、私たちまだ学生なのに』『大丈夫だ、必ず責任は取る』『そんなに強く求められたら私……』『委員長……愛してる』『神無くん……私も大好きです、世界で一番愛してます』……なーんて、なーんて」


 そんな自分の考えを放置して妄想の世界へと入り込んだマスターを見てメチアは頭を抱える。


「……その三文芝居いつまで続くんだよ、見てるこっちが恥ずいんだよ」


 自分の雇い主が頬に手を当てながらくねくねする姿の気持ち悪いこと。

 辟易しながらメチアは己の主人に侮蔑の視線を送っていた。


「で、でも一緒に遊園地行くんですよ!? 終わった後で近くのホテルにお持ち帰りされるかもしれないじゃないですか!」


「お前のその自信どっから湧いてくんの? 俺様どんびきだわー」


「はぁ、あの牛女さえいなかったら神無くんも独り占め出来るのに」


 自分の好いた男の隣にさも当然とでもいうように居座っている少女に嫉妬の炎が燃えないということがあるだろうか?


「だったらさくっと排除しちまえばいいんじゃね? 今はルールで手がだせねえがそれはあくまでも俺様に限った話だ。兵隊集めて送れば数次第じゃ勝てると思うぜ?」


 魔法やアイテムといった要素のおかげで現地の人間がプリンセスに勝つことは極めて難しいだろうが、数さえ揃えられるなら逆転もあり得る。

 とりわけナニィという少女にはこれといった能力がないのも手合わせして分かっている。

 決して出来ないことはないと思うが、委員長はその提案に対して首を横に振った。


「それが出来たら苦労はありません。これを聞いてください?」


「あん? なんじゃこりゃ?」


「神無くんの家に仕掛けた盗聴器の音声です」


 盗聴器を仕掛けることに対してメチアはこれといって何かを言うつもりはない。

 世界扉から得た知識によると、こういった行為は法律というこちらのルールでは禁止事項とされているようだが、外来であるメチアには関係のないことであるし、そもそも敵の情報を得るために必要なことだと理解しているからだ。

 もっとも、マスターにそういった意図は恐らくないとは思うがそれは言わぬが花というものである。

 そうこうしているうちマスターが再生した音声には確かに神無という現地人と自分と同じくプリンセスであるナニィの二人の音声が入っていた。

 どうやら二人はこのプリンセスセレクションについて話をしているようだった。


「これで傍受した話の中に神無くんのお腹の中には牛女が持ち込んだアイテムがあるらしいんです。確か聞いた話ですと持ち主が脱落してもアイテムはそのまま残り続けるんでしたよね?」


「間違いねえよ。持ち主の脱落と共にアイテムが消えちまうのなら、ひたすらに籠城ってのが最善策になるんだろうが、そうは問屋が下さねえって寸法だ」


 待ち一辺倒を続けると他のプリンセスが敵を倒してより強力なアイテムを手に入れる危険性があるのだ。それを解消するにはこちらからも撃って出るしかない。


「アイテムだけを抜き出す手段があればいいんだが、生憎と俺様はそういう小技とは無縁だぜ?」


「そうですか、残念ですがそうなると神無くんのお腹からそれを抜き出す算段がつかないうちは、泳がす以外に選択肢がありませんね」


 録音の中にはエミィとかいう少女の姉がその手段を握っている可能性が高いという話が出ていた。そうなると必然的に彼女に手を出すのはその後にするのが賢明だろう。


「ふーん、偉く随分とあいつのこと高く買ってんだな」


「……私にとって神無くんは王子様なんです。辛い現実に打ちのめされて、一歩も動けなくなった囚われの姫。そんなお姫様に優しく手を差し伸べて城から無理矢理連れ出してくれるような、そんな人なんです」


 そういってどこか昔を懐しむように微笑む少女は一転して覚悟を決めた表情を作る。


「だからこそ、今度は私が神無くんを守る番なんです。星野海の名にかけて」


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