76話 赤の協力者
「食べた食べた。美味かったなー」
俺達はエデンでの食事を終えると、外に出てきていた。
楽しい時間はあっという間に過ぎるもの。
食後に談笑を重ねて気づけば数時間が経過していた。
特にメチアはその風貌に反して上機嫌に会話を続け、国元の話やここに来た経緯などを面白おかしく話していた。
もちろん内容の真偽は定かではなく、一般人用に話しても差支えがないように肝心なところはぼかしたり、嘘も多分に含まれているのだろうが、メチアの話は聞いていてとても楽しいものだった。
「うむ!育ち盛りの胃袋には満足の量だった、約束通りゴチになったしな」
小太郎はそう言ってハンカチで口元を拭う。
「でも良かったんですか?私たちまでご馳走になっちゃって」
「いいよいいよ、委員長にだけ払わせる訳にも行かないから気にしないでくれ」
約束していた小太郎はもちろん、ナニィもお金を持っていない。その横で委員長にだけ代金を支払わせるのは気まずかったのだ。
「そうそう、ご飯奢るのも男の甲斐性ってやつなんだろ?花ぁ持たせてやれよ」
「いや、お前はもうちょっと感謝しろ」
そして宣言通りパフェまで注文しやがったメチアもまた、お金など所持していなかったらしくしょうがなく俺が立て替えた。
「大体何故俺がお前の分まで奢らなきゃいけねえんだ」
「えー、でも俺様もう飯食っちまったしぃ? お前が払ってくれねえっていうんなら暴れるしかないかもなあ?」
「……お前ほんと性格悪いな」
「お褒めに預かり光栄至極……なんつってな? まあ今日はなんだかんだ楽しかったぜ、美味い飯も食えたしな。さて、じゃあ俺様はそろそろ行くぜ?」
赤い二房の髪をなびかせながら、少女は歩き去っていく。
「あ、あの行くってどこに行くんですか?」
「はぁー?そんなのてめえには教える訳ねえだろーが。俺様、こう見えて忙しいんだよ。今日の飯の礼だ。とりあえず今は見逃してやる。せいぜい寝首を掻かれないように気をつけるこったな」
「……そうさせてもらいます」
その背を呼び止めるナニィにメチアは鬱陶しそうにそう答えた。
「なんかメチアさんとナニィさんって仲悪いですよね?」
「確かにお互い警戒し合っている風にも見えたが……」
「ん?ああ……ま、反りでも合わねえんじゃねえかな?」
二人の雰囲気にただならぬ物を感じるのか小太郎と委員長が疑問を抱いているようだった。
まさか敵同士だからなとは言えずにとりあえずぼかす。
「いけない、もうこんな時間!?私これからお華の稽古があるので、失礼しますね?」
そうしてる内に委員長が腕時計を確認して慌て始めた。
「へー、委員長って習い事してるんだな」
「あはは、そんな大したものじゃないんです。家の方針で、子供の頃からやらされてるだけですから」
謙遜しているのか照れ臭そうに笑うと委員長は深々とお辞儀する。
「神無くん、今日は誘ってくれてありがとうございました。えっと、とっても楽しかったです。 また誘ってくれますか?」
「おお、俺も楽しかったよ。また明日学校でなー」
「はい、小太郎くんもナニィさんもまたね?」
「あ、はい。またよろしくお願いします」
「学校ではよろしく頼むぞ委員長」
人当たりの良い笑みを浮かべながら委員長はスカートをなびかせながら、帰っていった。
「大変なんだなあ委員長も」
「そうさな、良家のお嬢様というのも色々気苦労が多いのだろう」
「へぇー、委員長ってやっぱ育ちがいいんだな」
「なんだ知らんのか?委員長はあの星野の家の人間なのだぞ」
星野。その名を聞いて俺は驚く、この星見ヶ原においてその名前を知らない奴はいない。
「星野って確か現職の市長の?」
「ああ、そのお孫さんだそうだ」
それを聞いて納得する。
委員長の佇まいには一般人とはどこか違う清廉としたものがあるように感じた。
「そうか、偉い奴なんてプライドばっか高くて問題行動ばっかしてるイメージあったけど、委員長はしっかりしてるんだなー」
「……なんだ?お前は偉い奴に家族でも殺されたのか?」
「いや、最近ちょっと……な」
「あの、なんかすみません」
俺は最近出会った高貴な方々を思い浮かべて冷や汗を流す。
同じ世界の出身であるナニィが申し訳なさそうにしていた。
「良家のお嬢様といえば今日転校してきたメチアさんも少し変わった印象を受けたな。野性味の中にどこか気高さを感じるというか」
小太郎はメチアを見てそう感じたらしい。
だが、あの少女は可憐なだけでなく鋭い茨を持つ人間だ。
これまではあくまでプリンセスとの戦いだったが、そのプリンセスが学校という場所まで入りこんで来たとなると、事情を知らせないのは逆に危険かもしれない。
「なあナニィ、例の件のこと小太郎にも話してもいいか?」
「そうですね。小太郎さんになら大丈夫かなって思います」
ナニィもまた少し悩んだ様子ではあったが、情報共有を受け入れてくれた。
情報が漏れる危険性と情報を共有する安全とを天秤にかけて提案を受け入れてくれたことに感謝を抱く。
「小太郎、今から少し時間あるか?実はお前に折り入って話があるんだが」
「なんだ改まって?ここではいかんのか?」
「ああ、ここではちょっと……な」
「私からもお願いします!話を聞いてもらいたいんです!」
「ナニィさんまで?分かった、そういうことなら」
「あれ?何か俺の時と態度違くね?」
「お前は今日までの自分の行いを省みるのだな、俺が何度お前のわがままに振り回されたことか」
俺は自分の胸に手を当てて、過去に思いを馳せた。
「心当たりがないな?」
「ほらこれだ。ナニィさんもこいついると苦労するぞ?」
「あはは、すごく分かります。でもそれと同じぐらい助けてもらってますから、私もムクロさんのこと助けたいんです!」
「やれやれ本当に骸の奴にはもったいない子だ」
「二人して何分かり合ってるんだよ、ほら行こうぜ?俺の家でいいよな?」
これからのことを話し合うため、俺たちは家路へとついた。
ーーー
ーー
ー
とある裏路地を一人の少女が歩いている。
何か嬉しいことでもあったのか鼻歌交じりに歩く姿は今にもスキップしそうな印象を受けた。
「今日は楽しかったなーふふっ、一緒にご飯食べちゃった、デートの約束までしちゃったし、うふふっ」
先刻までの夢のような一時に思いを馳せて思わず頬を緩ませた。
これからある面倒な習い事もいつもより楽しくなりそうだ。
『おー、なんかめっちゃ可愛い子おるやん』
『ねーねー君ひとり?俺らと一緒に遊びに行かない?』
そんな楽しい時間に水を差すように、路地から柄の悪そうな少年が二人出てきた。
ここは家に行くまでの最短距離だったのでいつも利用していたが今日は運悪く軟派に絡まれてしまったようだ。
「あの、通してもらっていいですか?急いでいるので」
『まー、いいじゃないの?ね、俺らと遊んだ方が絶対楽しいって!』
少女は湧いて出たゴキブリを蔑視して内心で溜息をつく。
ここで退いてくれるなら見逃してやっても良かったのに。
「どけって言ってるのが分かりませんか?それとも日本語が分からないんですか?」
取り繕うのも煩わしくなって、そう吐き捨てる。
少年二人は突然の豹変にポカンとした表情を浮かべ、侮辱されたと分かるや顔を真っ赤にする。
『はぁー?こっちが下手に出てれば粋がってるんじゃねーぞアマ!』
『ったく身の程を教えてやるぜ、ちょっといたぶってやればすぐに詫びいれるっしょ』
二人は下劣な笑みを浮かべて近づいてくる。
表面上被っていた人の皮を脱ぎ捨てて獣の顔を顕にした。
「自分になびかない女は力づく、そういうところが馬鹿らしいって言ってるんですけどね」
『馬鹿じゃねーの、弱い奴はな。強い奴に何をされても文句言えねーんだよ、何されても、な』
強者気取りで他人から奪っていくことを当然だと思っている連中。それ自体はある意味では一面の真理かもしれない。だが、彼らは気づいていただろうか?
『なるほどね、そんじゃあまあ実践していただくとしましょーか』
背後から繰り出された紅い槍が少年の背中を貫通して腹から生える。
『あ、がっ!?』
『ひ、ひぃいいい!?』
隣にいた少年がいきなり倒れ、悲鳴をあげながら逃げようとする。
「あれ、どこに逃げるんですか?」
鞄から抜き出した鉄扇で少年の喉元を貫いて声を潰す。
ぐえっと蛙が潰れたような声をあげて路地に転がる。
「ひゅー、やるねえマスター」
「メチアさん、茶化すのはやめてもらえますか?いらいらして貴方まで殺してしまいそうです」
「おお、怖い怖い。俺様のマスターは血の気が多くて嫌だねー」
言葉とは裏腹にケタケタ笑いながら、メチアは上機嫌に槍をくるくると回す。
槍からは先程貫いた少年の血でベッタリと濡れていた。
「ところでこっちはどうすんだ?まだ生きてるみてえだけど」
喉を潰された少年は声を出せないので、首をふるふると降っていた。
死にたくないと声なき叫びをあげる少年をちらっと見下ろす。
「そうですね、生かしておいてもしょうがないし、消しておきましょうか」
「だってよ、せめて痛みなく行けよ?」
そうして下される死刑判決が、すぐさま執行と相成った。
槍が少年の心臓を一突きして者が物へと移り変わる。
「強い者が弱者から全てを奪う。そんな残酷な世界で生きる覚悟があるというのなら、恨まないでくださいね?」
裏路地に転がった二つの死体を見下ろして少女はそう呟く。
「マスター、後処理はどうするんだ?」
「すぐに家の者が来る予定です、抜かりはありませんよ」
「そうかよ。流石はマスター。委員長なんて呼ばれてるのは伊達じゃねえな?」
「ふふっ、ありがとうございます。星野の名を預かるものとしてこういう不埒者をのさばらせておく訳にはいきませんから、これも支配者の務めというもの」
綺麗事だけで統治はできない、こういった者はあらかじめ排除しておくのも大切なことだ。
「それにしても、折角の楽しい時間を邪魔されたのは、少々口惜しかったですね」
今後はこういったことのないように警備を強化するようにしようと方案を練るのだった。




