75話 憑いて行く……
「うほっ、キタキタキタァアア」
それから俺たちは注文を済ませて、席に着いた俺たちに料理が運ばれてきた。
おいしそうな肉やスープが湯気を立てて食欲をそそる。
小太郎などは奢りということもあって嬉しさのあまり奇声をあげていた。
「あんまりはしゃぐなよ、恥ずかしいんだからな?」
ナニィは三種グリル、委員長はきのこのパスタ、俺と小太郎はハンバーグステーキセット大盛りをそれぞれ注文していた。そしてメチアは……
「それ、本当に食い切れんのか?」
お肉大盛りDXプレートにご飯大盛り、野菜サラダとコーンスープ付き。
部活帰りでお腹を空かせた野郎ども向けに考案されたそのひたすらにボリュームを追求したメニューは決して名ばかりではない。
俺はメチアの前に並べられた肉・米・野菜などの大量の料理を目前に食いきれるのかどうか心配になった。
「はっ、育ち盛り舐めんな。これぐらい余裕だっつーの、何なら後でデザート追加してやってもいいぐらいだぜ」
そんな俺の懸念を他所にメチアはにやにや笑いながらフォークを肉に突き刺した。
ぷすりと刺された箇所から肉汁が溢れ出す、それをそのまま口に放り込むと美味そうに咀嚼し始める。
実に気分が良くなる食べっぷりだ。
「あはは、でも本当においしそうですね。太らないように気をつけないと」
ハンバーグ・ウィンナー・チキン。プレートに盛られた三種の肉を前に、ナニィはウィンナーをひとまず選択すると、それを美味しそうに頬張った。
「そうですか? ナニィさんは別に太ってないと思いますけど……一部を除いて」
委員長がじーっとお腹から上へと視線をあげて、やがて二つの膨らみで止まった。
「あ、あの、恥ずかしいのであまり見ないでください」
「いやー、無理じゃね?女でも一目見ちまうだろ。まして野郎共じゃなあ?」
メチアがナニィの胸を一瞥すると、話題をこの場にいる男衆に振ってくる。
「そう言われてもなあ……」
突然振られた下ネタにどうしたものかと考える。
気楽に答えてもいいが後からセクハラとか言われないだろうか?
この困惑を共有しようと隣に居る小太郎に同意を求めた。
「ん? 悪いな、俺は貧乳派なのだ」
しかしその視線を受けた小太郎は涼やかに受け流すと、興味は既に料理へと移っているようだ。
小太郎は良いやつなのだが、こういう淡白な態度で損をすることが多い気がする。
「おーおー、小太郎はハッキリしてて格好いいじゃねーか。お前もそう思うだろー?」
お前は日和って誤魔化すの?だっせーとでも言いたげな口調で急かしてくる。
安い挑発と頭では分かっては居ても舐められるわけにはいかない。
「まあどっちかというと大きいほうが好き……かな?」
一応は俺も健全な日本男子、そういうことに対する興味は人一倍あるつもりだ。
特に胸部の膨らみはつい目線が行ってしまうのは男の性なのだと、仕方がないのだと常々思うことにしている。
「そ、そうなんですか?なら、私も襲われないように気をつけないと」
「安心しろ、俺はそれ以上に大人っぽい感じのが好きなんだよ」
もちろんナニィに搭載された二つの武器に目を奪われたことがないとは言わない。
しかしそれ以上に面影に幼さが残る少女に邪な気持ちを抱くには罪悪感が強すぎる。
「なっ!?わ、私を子供扱いしないでもらえませんか!?」
言葉とは裏腹に可愛らしい顔を膨らませるしぐさは子供のそれにしか見えない。
俺はナニィからの講義を無視して、ステーキを一切れ口に放り込んで咀嚼する。
噛むたびに溢れ出す肉汁がとても香ばしくて美味い。
「ふーん、じゃあ委員長はどうよ?胸もでけーし、そこのちんちくりんよりたっぱもあって大人びた感じしねー?」
「え、ええ!? 私ですか、私なんてそんな……」
委員長は謙遜しながらもこちらへ期待の目を向けてくる。
「そうだなー、確かに委員長はストライクゾーンかもなー」
綺麗な黒髪に知性を感じさせる大人びた風貌、そして制服を押し上げる胸部の膨らみは確かな存在感を発揮していた。
「あ、悪い委員長。じろじろ見て失礼だったよな? 」
「ううん、全然そんなことないよ?魅力的って言われたらやっぱり嬉しいし、それに……神無君だし」
「いいえ!ムクロさんは失礼です。無礼千万です!女の子を捕まえて『お前、子供っぽいよな?身体は大人でも中身はガキじゃん』とか許せません!」
「いや、誰もそこまでは言ってない」
「言いましたー、ムクロさんにそんなつもりがなくても私にはそう聞こえましたー」
先ほどの軽口を根に持っているのかナニィが頬を膨らませてお冠の様子だ。
「ほう、そこまで言うならお前が子供じゃないってことを証明してくれるんだろうな?口で喚くだけならそれこそガキにだってできるぞ?」
今の俺はナニィの身元引受人のようなものだ。
ほとんど手ぶらでこっちの世界に留まることになってしまったナニィには家もお金もない、身内はこっちにいるらしいが現状行方不明だ。
俺がいないと、こちらで暮らすことも難しい奴が何をもって証明するのか、見せれるものなら見せてもらいたいものだ。
「ふっふっふー、そんなこと言っていいんですか?今宵の私は一味違いますよ?」
「うん、まだ昼間だけどな」
しかし今日のナニィは普段見ないほどの自信に包まれているように見えた。
もしかしなくても本当に何かあるんだろうか?
俺の疑念を他所に、ナニィはポケットに手を突っ込むと何か紙切れのようなものをテーブルの上に置いて、差し出してくる。
「普段お世話になっているムクロさんに私からプレゼントです。一人前の淑女たるもの、施しを受けるだけではいけませんからね!」
胸を張ってどや顔を決め込むナニィ。
俺は紙切れを受け取ってそこに書かれた文言に目を通す。
「な、なんだと?こいつは遊園地のペアチケットじゃねーか!え?マジで?めちゃくちゃ懐かしいんだけど!」
驚きと共に目を見開く。
その紙切れは星見ヶ原から少し外れた郊外にある遊園地『スターランド』のチケットだった。
「本当に懐かしいな。確か小学生の頃に、遠足で言って以来か?」
小太郎が昔を懐かしむように唸る。
スターランドは星見ヶ原とは距離が近いこともあって小学校では定番とも言える遠足コース。
もちろん俺も小太郎も、恐らく委員長も一度は行ったことがあるはずだ。
「近場だけど、俺らこういうところは全然縁がなかったもんなー。それにしてもどうしたんだよこれ?」
「当てました! 福引で」
フンスと鼻息を荒くする少女に苦笑する。
どうもこの少女には不思議と人から物を与えられる幸運に恵まれやすいらしい。
伊達にプリンセスはやっていないということなのか?
多分、本人はそんなことを意識してるわけではないのだろうが。
「有効期限いつまでだ? 今週いっぱいか? じゃあ次の休みに一緒に行こうぜ? ナニィ、お前時間大丈夫かよ?」
「へ? 確かに今は時間ありますけど、私でいいんですか?」
「何言ってんだよ、お前が持ってきてくれたんじゃねえか。それとも興味ないか? 遊園地」
せっかく敵から狙われないのだし、どこか遊びに連れて行ってやりたいとは思っていたのでちょうどいいかと思ったのだが。
「えっとムクロさんがいいなら、私も行ってみたいです……遊園地」
「おし、じゃあ決まりだな!」
遠慮以上に興味が湧いたのかそう呟くナニィ。
最近は問題続きで息の休まらない日が多かったが久しぶりに純粋な遊びが出来そうだ。
「遊園地ですか。いいですね、それならみんなで行きませんか?大人数で行ったほうが楽しいですよ」
そこで委員長から待ったの声があがる。
委員長はそういって小太郎と、メチアを見渡してそういった。
この時、俺は知らず知らずのうちに失態をやらかしていたことを悟る。
遊びの計画を練るのならば、少なくともメチアはいない時にするべきだったのだ。
「悪いが今週の休日はパスだ、仕事がある」
小太郎は都合が悪いらしく残念そうな顔をしながら辞退した。
「それは残念ですね、メチアさんはどうですか?」
「ちょ、ちょっと委員長?」
そいつが来ると気が休まらないという思いを、まさか口に出す訳にもいかずに代わりに冷や汗を流す。
一方で、委員長の問いかけに、メチアは俺たちをじーっと見つめて……
「そうだな……面白そうだしついて行ってやるよ」
面白そうな玩具を見るような笑みを浮かべてそう答えた。
……付いて行くという単語が憑いて行くに聞こえたのは、俺だけだろうか?




