74話 まるでお父さんみたい……
星見ヶ原学園は小高い丘の上に建設された学び舎である。
地名がその実態を表すかのように、空が一番見える場所に建てられたその立地はお世辞にも人気が高いとは言い難かった。
なにせ登校する際にとても長い坂を登らねばならず、特に自転車通学を選択している生徒は毎日が修行僧とでも言わんばかりの苦行を課される事になる。
実家が側にあり、徒歩で通うことができる生徒にしても、遊びに行くために一々坂を下って町にまで降りて行かなくてはいけないのであまりに不便だ。
住めば都とは誰が言った言葉だったか?
気の持ちようをいくら変えようとしても実際の立地まで変わるわけでもないだろうに。
「それにしても、今日はちょっと混んでるなー? 流石は連休明け」
「みんなも久し振りに会った友達とおしゃべりしたいんでしょうね」
俺たちがやってきたのは星見ヶ原学園から一番近くにあるファミレス『エデン』
味はそれなりだが量とコスパに優れ学生に人気の高い全国にチェーン展開している店舗だ。
今日も昼時ということもあり、授業終わりの小腹を空かせた生徒達で大いに賑わっていた。
特に連休で過ごした旅行や遊びなどを会えなかった友達とおしゃべりして共有すべく腰を据えて滞在できるファミレスだの喫茶店だの、カラオケだのはどうしてもこの時期は学生に占領される傾向にあるように思う。
「この分だと席がすぐに埋まってしまうな。俺が一足先に場所を確保してくるとしよう」
家の手伝いでよく接客をする小太郎は周囲の席を見渡しながら素早くどの陣地に居座るかを吟味したようだった。
足早に行動する小太郎の挙動に迷いはない、真っ直ぐ自分の見定めた席に移動するその背中には頼もしさすら感じた。
「頼む。その間、俺たちはこいつらのこと見てるからよ」
俺は小太郎にそう告げると、入店早々にふらふらと歩き回っている二人組に目を向ける。
そこには先ほどまで警戒しあっていた赤と白の少女が肩を触れあわせんばかりの距離で同じものを見ていた。
「おおっ、すごい! すごいですよ! 機械の中から飲み物が出てきてますよ!?」
「ほほーん、こいつは確かに興味深い光景だな……一体全体どういう仕組みなんだーありゃ?」
人で混雑した店の中でも特に目を惹く存在……異世界からの来訪者である二人のプリンセス達がドリンクバーから流れる液体を、物珍しそうに見つめている。
店に入るや否や面白そうなものがないかと物色した二人は、今は目新しい機会に興味津々という様子だった。
「楽しんでるなー、二人とも」
ルールで保護されている期間限定とはいえきゃいきゃいはしゃぐ二人を微笑ましく思う。
今でこそ敵として歪み合ってるがもしも試練なんてものがなく普通に出会っているならこんな風に普通の友達みたいになれたんだろうか?
「神無君? 二人がどうかしたんですか?」
「え? ああ、いや悪りい……なんでもねえわ」
……考えるのはよそう。
折角の穏やかな時間に水を射すのは趣味じゃない。
どうせこのルールに保護されている期間が過ぎれば二人は嫌でも戦わなければならない間柄なのだから。
「おーい、二人とも。一回席に座って注文済ませるぞ。その機械も後で使い方教えるから」
面倒なことを考える前にひとまず腹ごしらえが先であると判断した俺は二人を呼び戻すべく声を掛けた。
「分かりましたー、えへへなんか楽しみですね」
「俺様、あのシュワシュワしてる奴にするぜ」
メチアはそういって他の客がトレーに乗せている黒い液体。
みんな大好き炭酸水、コーラを指差した。
「ええ!? もう何にするか決めたんですか?」
「即断即決! これが上に立つ人間の義務ってもんだ。お前もあんまトロトロしてっと下の奴らに見切りつけられんぜ?」
「うぐっ、否定できない……」
メチアの歯に衣着せぬ物言いにナニィのメンタルがゴリゴリ削られる。
うーうー唸りながらもナニィは自分の飲み物をどうするか思案しているようだ。
「ったく何やってんだか?」
他の客もいるのに自由に動き回る二人には困ったものだ。
一応知識は世界扉を潜った時に供給されたらしいが、そもそも文字通り世界の価値観がお互いにズレてしまうのはしょうがないのだろう。
あれの手綱を取っていかなければいけないのだと思うと頭が痛い限りだ。
「あはは、神無君。なんかお父さんみたいですね?」
「……勘弁してくれよ委員長」
そう言っておかしそうに笑う委員長に俺も苦笑いで返すと、未練がましくドリンバーを見る二人を引きずりながら、一足先に席を取ってくれていた小太郎のところへと向かうのだった。




