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プリンセスセレクション  作者: 笑顔一番
第三章 紅の残虐姫
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71話 DXセット

 学園の授業は休日開けということもあって今日は午前中までだ。

 授業が終わってすぐに荷物をまとめると、俺達もたくさんの生徒に混じって下校する。

 周囲には久しぶりにあった級友と談笑しながら休日にどこへ行っただの何をしていただの笑い合っている生徒達で賑わっていた。



「でも連休明けの学校って面倒くさいんだよなー」


 俺は椅子に座って固まった身体をほぐすように肩を回す。

 昔からじっとしているのが性に合わないので無駄に疲れるのだ。


「まったく休みだからと遊びまわっているからそんな無様を晒すのだ。俺など学校が始まるのを今か今かと待ち侘びていたのだぞ?」


 隣を歩く小太郎がやや浮ついた声音で答える。


「おいおい小太郎さんよ、お前いつからそんな真面目ちゃんになったんだ?」


「なんだ骸知らなかったのか?ーー学校が始まれば、働かずに済むのだぞ?」


 小太郎はどこか遠い目をしながら呟いた。

 周囲が大型連休で浮かれているところを目の当たりにしながら延々と稼業の手伝いをさせられていたのだ。

 遊び呆けていたそんじゃそこらの奴らとは面構えが違う。


「斎藤くんは偉いですよね、休日にもご実家のお手伝いをなされているなんて」


「あ、いえ、そんな大げさなものでもないんですが……照れますね」


 その隣を歩く委員長が小太郎に賞賛を送った。

 家業の手伝いと言えば品行方正である委員長から見ても評価が高いのだろう。

 実際的には良いようにコキ使われているのだとしても、委員長のような綺麗な女性から褒められて小太郎も謙遜で返しはするものの悪い気はしないといった様子だった。


「それでお前は一体何でついてきたんだ?」


「あぁん?」


 同行者の二人が話をしている隙に、俺はついてきた厄介者に小声で話しかける。

 メンチを切るのはこの場にはあまりにも場違いな少女。

 血を思わせる深紅の髪を二房に纏め、一見すると人形のような可愛らしい姿だが、肉食獣のようなギラついた瞳が少女を幼く見えるのを妨害していた。

 少女の名はメチア・ブラッディ・スカーレット。

 異世界出身のお姫様で、俺がナニィと初めて出会った時にこの少女から襲撃を受けている。

 その時は何とか撃退できたものの、決して油断出来るような相手ではなかった。

 そんな奴が何故か俺の通う学校に転入生としてやってきたのだから何かあると思って警戒するのは当然だろう。

 

「別におかしな話じゃねえだろー? 転校して早々右も左も分からない俺様がー、実りある学生生活を送るためにー、勇気を出してクラスメイトと親交を深めるべく、一緒に飯を食いに行くって訳だ」


 俺の問いにメチアはしれっとそう答える。

 だが、口調とは裏腹にこちらをからかうようなしぐさにはとても協調性など感じられない。


「お前どの口で親交を深めるなんて言いやがる、俺は腹に風穴を開けられたことを忘れるつもりはねえぞ」


「はあ? なんだお前腹に穴空いてんのか? その割にはいい腹筋してんじゃねえの」


 既に塞がっていることを知りながら意地悪くお腹をさすってくる。

 どうやらメチアは白々しくもすっとぼけるつもりらしかった。

 殺しかけた相手に対するこの態度、俺もいい加減怒っていいだろうか?


「あれ? メチアさんどうして神無くんのお腹を触ってるんですか?」


 こみ上げてくる怒りに拳を振るわせていると不審に思ったのか委員長が話しかけてくる。


「ん? ああ、いやな……こいつが身体鍛えてるから俺の腹筋触って見ろって言うもんでよ」


「そんなことは一言も言ってねーよ」


 変態か俺は。


「……何はともあれ、女子がみだりに男子の身体に触れるのはあまり良くないことだと思います、めっ!メチアさん、めっ!!」


「分かった、わーったから俺様の手を放せ、痛てえーっつの!」


 メチアが本気で嫌そうな顔をしながら委員長に捕まれた手を振り払っていた。

 委員長って見た目によらず力が強いんだな。


「そういえばスカーレットさんは住んでいた場所ではどのような物を食べていたのですか?何か食べられないものがあるのでしたら事前に教えてもらいたいのですが」


「そうだなー、何でも食えるとは思うけどやっぱ肉がいいね!こっちの世界の肉は脂が乗っててめちゃくちゃうめーんだわ、流石食用って感じでな!肉にソースみたいなのかける発想は俺様の国には無くってよ?大体捕まえて捌いたのに塩だけ振って焼いて喰ってたんだが、あのソースで味変えればいくらでも食えそうだな」


 舌舐めずりしながら、メチアは情熱的に肉への想いを語る。


「は、はあ、こっちの世界ですか?スカーレットさんの国では狩猟で糧を得たりしてるんでしょうか?ワイルドなところなんですね」


「ん、ああ……まあそんな感じだ。後、メチアでいいぜ眼鏡君、スカーレットってちょっと長えだろ?」


 夢中になり過ぎて、うっかりボロが出てしまったせいかバツの悪そうな顔をしながらも適当に取り繕って場を濁していた。


「ではお言葉に甘えてメチアさんと、俺のことも小太郎でいいですよ。眼鏡君では骸と区別つきませんからね」


「俺のは眼鏡じゃなくてモノクルなんだが」


 抗議の意味を込めて掛けられているモノクルをカチャカチャ上下して見せる。


「つまるところ片眼鏡ではないか?」


「そうかもしれねえけど、片眼鏡って字面が芋臭くね? やっぱモノクルのがいいだろ、分かんねえかなこの微妙な違いがよ」


 横文字にすればいいというものではないかもしれないが、片眼鏡という言い方には妙な抵抗があった。


「そういえば神無さんって右目の視力だけ悪いんですか? あまりモノクルを掛けている人って見かけないので前々から珍しいなーとは思ってたんですけど」


 委員長の指摘に俺は頷く。

 確かに視力の矯正で眼鏡というのは極めて一般的であるのは否定しようのない事実である。


「俺の場合は右目だけ視力がかなり良くてな。子供の頃は右と左で視えるもんが全然違うんで困ってたんだけど、母親がくれたこのモノクルのおかげで随分マシにはなったんだ」


 といっても未だにモノクルを外すと頭がクラクラするので、寝るときや風呂を除けばいつも掛けているが。

ちなみに本当にどうしても外さないといけない場面では右目は閉じるようにしている。

モノクルを眺めていると、母親と過ごした日々を思い出す。


(そういや、母親からもらった物ってこれだけだな)


 ほとんど家にいなかった関係でクリスマスやお年玉は愚か誕生日プレゼントも碌にくれなかったのに、何故かこのモノクルだけは重要なものだからと時間を作っては手渡ししてくれた。

 それも度が合わなくなったりサイズが合わなくなったりするとレンズやフレームをどうやってかピッタリに調整してくれたのだ。


『いいか息子、その眼鏡だけは絶対失くすんじゃねえぞ?お前に必要なものなんだからな』


 母親は口癖のようにそう言っていた。

 そんなに釘を刺されずとも、モノクルがないと生活に不便なので手放すつもりはなかったが、妙に真剣に話すのでよく覚えている。


「ふぅん、ちなみにどれぐらいのとこまでは見えんだ」


 メチアの探るような問いに俺は周囲を見渡す。

 星見ヶ原は名前通りに小高い丘のような地形になっており、その丘の上にそびえ立つこの学園からは下にある街並みを見渡すことも出来る。


「そうだなー、こっからだと今から行く店の日替わりランチのメニューなら見えるぞ。肉祭りフェア!ハンバーグ・ステーキ・唐揚げの三種の神器デラックスセット、ライスのお代わり無料だってよ」


 適当に今から行く予定の学生御用達となっている店に上がっている幟に書かれている文字を読み上げる。

 食べ盛りの学生には肉の塊とご飯のお代わり無料は実に魅力的に映った。


「ほう、そうなのか?では昼はガッツリいくとするか」


「お前もとからそのつもりだったろ?」


「バレたか、奢りとなるとついつい高い物を注文してしまうな」


「分かる、人の金で食う飯は美味いからなー」


 小太郎と他愛ない話を交わしながら歩き出す。

 最近物入りになっているので普段より多めにお金を持ち込んでいる。

 財布から感じる確かな重みに安心感を抱きながら今日は自分もおすすめランチにしようとほくそ笑むのだった。


「……こっから随分と距離があるんだがな」


 メチアはムクロが見ていたらしい店を見ながらそう呟く。自分も視力は良い方だが、青地の幟に白い文字が踊っているようにしか見えなかった。


「どうかしましたか?」


「ああ、いや何でもねえ。行こうぜ?置いて行かれちまう」


 メチアは頭を振って、二人の後を追った歩き出す。

 だが、ちょうど目の前を歩いていたムクロが突然立ち止まったため、その背中に直撃した。


「うおい!? いきなり止まるんじゃねーよ危ねえだろーが!」


「悪い、でもなんか前の方がなんか騒がしくないか?」


 言われて見ると校門の方で数人の生徒が集まってざわざわと外を伺いながらひそひそと内緒話をしているようだった。


『ねえ、あの娘超可愛くない?』


『あの髪、日本人じゃないよね? 外国人?』


 浮足立った生徒たちにこういうゴシップの類に目がない俺は当然のように渦中に足を運んでいく。

 そこで所在なさげに立っていたのは日本ではまず見ることのない白銀の髪をした少女で、とても見覚えのある人物だった。


「というかナニィじゃねえか!? 何してんだ、お前こんなとこで?」


「すみません、迷惑かなーとも思ったんですが来ちゃいました!」


 愛嬌のある笑顔を浮かべながらナニィが学園の前まで来ていた。


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