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プリンセスセレクション  作者: 笑顔一番
第三章 紅の残虐姫
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66話 インターバル

 ハプニング。それは突発的に予期せぬ状況に陥ることで人の脳が混乱状態になることである。私もこう見えて王女なので、それなりにはそういう状況を見てきたこともあるつもりだ。


(――な、何で目が覚めたらムクロさんの顔があるんですかー!?)


 だが、朝起きたら男の人と同衾していたという経験は初めてのことだった。

 慌てて自分の身体に触れて乱暴された形跡がないかどうか調べるが、特に異常はない。痛みも感じないし、衣服が乱されているなんてこともなかった。

 ムクロさんが私を襲った訳ではないなら、これはどういう状況なんだろう?

 困惑しながらも周囲を見渡してみると、私があてがわれた部屋ではないということが分かった。間違いなくここはいつも本来の家主が寝泊まりしている居間に備え付けられているベッドだ。

 寝起きのぼんやりした頭で昨日のことを思い出す。

 確か夜中に突然トイレに行きたくなって、部屋を出た。

 眠い眼をこすりながら用を足して、部屋に帰ろうとして……


(間違ってムクロさんの布団に入っちゃいました?)


 状況を整理して、顔から火が出るぐらい恥ずかしさがこみ上げてくる。

 幸い、相手は眠ったまま起きる様子はない。

 このまま黙っていればこの失態は隠蔽できる。


(起こさないように、そっと……)


 抱きかかえていた腕を緩め、静かに布団から抜け出そうとする。


「んー?」


 だが、突然腕が解放された違和感からか、寝返りを打った。

 その伸びて来た手が私の胸を鷲掴みにする。

 むにゅっと形を変える感触が、私の理性を焼き切った。


「う、うきゃぁあああああ!?」


「うおっ? なんだ? あべしっ!?」


 突然の大音量に驚いて飛び起きたムクロさんの顔を、私は全力で平手打ちにした。




☆ ☆ ☆ ☆ ☆




 今朝の朝食は炊いたご飯に、お味噌汁と目玉焼きに焼いたウィンナーが数本。

 男の一人暮らし、簡単に作れる朝食セットが神無家の食卓で湯気を立てていた。

 インスタントで作ったお味噌汁をすすりながら一息ついた。


「今回はさ、俺が悪い訳じゃあないと思うんだが」


「ごめんなさい、ごめんなさい、寝ぼけてたんです。私は無実なんです!」


 無罪を主張する咎人に、俺は自分の頬を指差して見せる。


「残念だったな、この俺の頬に残った赤い紅葉が動かぬ証拠よ」


 クククと意地悪く笑いながらナニィを横目で見る。


「ひぃいい悪かったですってばあああ!?」


 涙目になるナニィを見ながら、やっぱりあの時に引っ叩いてでも起きるべきだったと反省する。


「くっ、それにしても寝ぼけててどんな感触だったのか覚えてない!」


「悔しがるところそこですか!?」


「ナニィ、ちょっとおっぱい揉ませてくれ? これじゃあ殴られ損じゃねえか」


「ええっ!? な、何で私がムクロさんに揉ませてあげなきゃいけないんですか?」


 非があるとはいえ、流石にナニィが言い返してくる。俺はハンカチを取り出して目元を拭った。


「うぅ、俺何も悪いことしてないのに!ただ寝てただけなのに、それなのに殴られた!?お前はこれが理不尽だとは思わないのか?」


「う、それは……たしかにそうかもですけど」


 それに対して俺は全面的に被害者面しながらナニィの罪悪感を煽った。


「この理不尽を解消するには簡単かつ明解な方法がある、ここまで言えば分かるな?」


 自分から言えば角が立つので、あえてナニィが答えるようにもっていく。


「胸を揉んで殴られたんだから、殴られたことを正当化するためには胸を揉ませてくれないとおかしいってことですか?」


「そうだ、殴られるのならちゃんとした理由が欲しいんだ」


「ううっ、でもやっぱり恥ずかしいし……」


「直接じゃなくていいんだ。服の上からでいい。あくまで殴られたことのけじめをつけるためだと思ってくれ」


 ぐっと真摯な瞳でナニィを見つめる。

 明らかに狼狽しているナニィから目を離すことなく決断を急いた。

 始めに通るわけのない要求を突きつけ、それからひとつハードルを下げて要求を受け入れやすくする。そして、あくまでもセクハラ目的ではなくけじめをつけるためであると念押しすることで、まるで胸を触られることが誠意ある対応であるような錯覚を生み出していくのだ。


「ーーふ、服の上からなら、いいですよ?」


 進退窮まったナニィはついに首を縦に降る。

 真っ赤な顔をして俯く少女は、その白い肌を羞恥で赤く染めていた。

 それでも少女は自分の責任を果たすべく、俺と付き合った。


「じゃあ、触るぞ?」


「は、はぃ、ただ……別に大したものじゃないと思うんで、期待とかはしないでくださいね」


 ご立派なものを持ちながら謙虚な態度を取るナニィにゆっくりと手を伸ばす。


 少女がビクリと身体を震わせる。


 俺は少女の胸……ではなく、その白銀の髪を携えた頭を撫でた。


「ばーか、冗談に決まってるだろが何本気にしてんだよ?」


「ふぇ?」


「お前はいい奴だけど、だからこそ嫌な時はきちんと嫌だって言わないとな」


 優しいことはいいことだと思う。

 でも、自分のやりたくないことまでやるのはきっと優しさじゃない別の何かだ。


「あの、許してくれるんですか?」


「当然だろ? きちんと反省してる奴を怒鳴ったりしないさ。まあ、次から気をつけてくれ」


 それにナニィには言ってないが元々最初気づいていたのに、起こさなかった俺にも落ち度はある。


「はい、あの……ありがとうございます」


 それをどう解釈したか、ナニィは目を伏せながら礼を言った。


「さて、俺はそろそろ学校に行かないとだな」


 俺はそれを不問にしてもらった礼だと思った。

 朝の喧嘩はこれぐらいにしておこう。

 休みが終わって、今日から学校が始まるのだ。


「学校って確か多くの子供を集めて教育するっていうあの?」


「そう、その学校だ。今日は昼頃には戻れると思うけどナニィはその間どうする?」


「えっと、私も外を見て回ろうかと思ってるんです。何か見つかるかもしれないし、それに……」


 ナニィは自分のカードを取り出して画面を見せてくる。


「今なら、敵に襲われる心配もないですから」


 そこには『準備期間中です。プリンセスに対する攻撃は禁じられています』と表示されていた。


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