65話 脅威の誘惑
「うわあ!?」
がばっと布団を押しのけて身体を起こす。
ぜえぜえと荒い息をしながら胸を押さえる。
ドクンドクンと心臓は激しく活動していた。
「なんだ?今の夢は?」
子供の頃だったの思い出だったと思う。
遊び盛りでそこら中を駆け回り、全身に擦り傷を作りながら遊び回っていた頃の自分が、でかい庭で誰かと遊んでいるようだった。
「だが、あれは一体誰だ?」
小太郎じゃないのは間違いない。
黒いモヤがかかって顔は見えなかったが、あんなに広い庭で小太郎と遊んだ記憶はない。
「駄目だ、思い出せねー」
無理に思い出そうとすると頭がズキズキしてくる。俺は思考を無理矢理切るため、他の事を考えることにした。
目が覚めたのは俺の部屋、母親が長い間留守にしてるためにちょっと前までは一人で住んでいた。
その一般的な家庭よりは少し広い家に、今では居候も住んでいる。
「えへへ〜、エミィ姉様〜、うへへ〜」
白銀の髪がベッドに広がる姿はこの世のものとは思えないぐらい美しい、そんな形容し難い魅力をにへらと締まりのない表情と煩悩に塗れた台詞が台無しにしていた。
居候の名前はナニィ・ワロー・テール。
こことは違う世界、ワロテリアという国の第二王女様らしい。そんな異世界のお姫様が平々凡々たる我が家に何故居候することになったのか?
それはナニィ達の世界で行われてきたとある儀式のせいだった。
プリンセスセレクション、各国のお姫様達を集め互いに競わせることで世界を統べる女王を選定するという習わしがあるそうなのだが、ナニィはその儀式に参加するため、もっと言えば姉と妹を補佐するためにこの世界へと派遣されてきた。
ところが出会い頭に遭遇した敵プリンセスに姉と連絡を取り合うための道具を破壊されてしまう。
住まう場所も当てもなく、途方に暮れていた少女をたまたまその場に居合わせ、少女の大切な持ち物を飲み込んでしまったという事情もあって俺が保護したのだ。
その後もこの少女と共に病院を根城にしていた道化師や、この世界で何故かアイドル活動をしていたプリンセス達との戦いに巻き込まれて、ついに先日襲いかかってきたプリンセスの一人を打倒して、見事予選を勝ち残ったのだった。
「で、こいつは何で俺の布団に潜り込んでんだ?」
当たり前だが俺たちは寝室を分けている。
間違いを起こす気はないが、社会通念上若い男女が同じ布団で寝起きする訳にはいかない。
それに元々無駄に空き部屋が多い家だ。
来客の一人や二人訳はなかった。
「それにしても何度見てもすごいもんだ」
少女の呼吸に合わせて静かに上下する胸を見てそんな感想が漏れる。
小柄な少女の栄養を全て吸い取りましたと言わんばかりに実った膨らみがはだけた寝巻きから今にも溢れ落ちそうになっている。
自分だって、生きていく上で大勢の女性を見たことがあるわけだが、ここまでの逸品にはお目にかかったことはない。
幼い容姿に、大人の色香。
そのアンバランスな組み合わせがこの少女の魅力に一役買っているのかもしれなかった。
「――さっさと起きるか」
変な考えが頭をよぎるが、朝の準備もある。
それに今、ナニィが目を覚ませば何かと面倒だ。
戦略的撤退を選択した俺はナニィを起こさないようにそっと身体を起こそうとした。
「ネミィちゃ〜ん? ぎゅっ♪」
しかしその前に寝ぼけたナニィがしがみついてくる。
(ぎゅっ♪ じゃねえ!! 離せ、離してくれ!?)
心の声は少女に届かず、俺の腕を抱き込みようにしてくる。
むにゅっと俺の腕が柔らかな肉に包まれた。
(柔らかっ!? いや、本気でやばいって)
俺だって男だ。女に興味がない訳じゃない。
こんな手の届く距離で無防備なところを見せられると平静ではいられない。
ナニィのあどけない寝顔に思わず生唾を飲み込んだ。
「ふふっ、この人が〜ムクロさん……変だけど、いい人……だから……すぴ〜」
耳元で囁かれた寝言に、煩悩が急速に冷めていく。
(ったく、どんな夢を見てんだか)
ちらっと時計を見ればまだ6時を回ったところだ。
(起こすのも、悪いしな)
腕をがっちり掴まれているので、抜け出そうとすればどうしてもナニィを起こしてしまう。
俺はもうしょうがないので、諦めて二度寝することにした。
(さっきの夢の続き、もう一回見れっかな?)
微睡みに身を任せて、瞼を閉じる。
願わくば夢の中にいた友人ともう一度遊んでみたかった。




