60話 気に入られて良かったね☆
「それにしてもすごかったなあ、通りすがりの人みんなこっち見てたぜ?」
「ふふーん、ヘカテアちゃんくらいになるとこのぐらい朝飯前なのだ☆」
ヘカテアが出店で見せた演奏は通行人を瞬く間に虜にし、観客を沸かせた。
客の反応が良かったのことで気を良くしたのか、先程からヘカテアは鼻歌を口ずさむほど上機嫌だ。
「ったく行列整理するはめになったこっちの身にもなってくれよ、一応監視処分ってことになってるんだぜ?」
「えー、昨日取り調べ室ってとこでたくさん反省文とか書いてあげたじゃん☆ そうそう反省文っていえばあそこで食べたカツ丼ーーめっちゃ美味しかったよ♪」
ヘカテアはヘカテアなりに世話になっていることは自覚しているのか、黒部さんに感謝の意を伝えていた。
「それにしても始まる前からどっと疲れたわね」
「あはは、いっぱい回りましたからね。でも、とても楽しかったです!」
ナニィとアリスが和やかに談笑しながら後に続いていた。
「おいおいお前ら本日の目玉イベントはこれからだぜ? 疲れるにはちょっと早いんじゃないか?」
「言われるまでもないわ。四葉の大一番だもの、この目にしっかり焼き付けるわよ!」
「その意気や良し! なーんてな? おっと見えてきたみたいだぜ?」
俺達がついた場所は星見ヶ原アリーナ。
この響渡祭のメインステージにして本日の目玉、有栖院四葉のライブが行われる会場だ。
「うわぁ、それにしてもおっきいとこですねー」
ナニィが歓声をあげて、建物を見上げる。
「お前の家もこれぐらいでかかったりすんのか?」
「お城はもっと大きいですよ? でも私達の世界にはビルみたいな背が高い建物はあんまりなかったですね」
塔とかはもちろんあるんですけど、あそこまでじゃなかったかなーとナニィは星見ヶ原の街並みを思い出しながらそう答える。
「ふん、当然よ! 四葉が歌うんだからこれぐらいのステージは用意してもらわないと」
「さぁて♪ 勝負は勝負だし、今日はお手並み拝見といきますかー」
それぞれの想いを胸に、俺達は会場へと足を踏み入れていった。
「はい、これチケットね」
アリスが受付の人にチケットを手渡す。
それが3枚、黒部とヘカテアの分だろう。
「えっとじゃあこれもお願いします」
続いてナニィが取り出したのはジャウィンから手渡されたペアチケットだ。
俺たちがこの島にやってくることなった契機である紙切れに感慨深いものを感じる。
「はい、確かに受付ました。それではそのまま会場の中へお進みください」
案内に従って扉をくぐり、会場へと足を踏み入れた。
そこにはもう既にたくさんのお客さんが今か今かと開演を待ち構えている。
「さっきのアレがジャウィンから渡されたっていうチケット?」
「はい、病院でジャウィンさんと戦った時にくれたんです。ここで問題が起きるけどどうする?って」
アリスの問いに、ナニィがそう答える。
道化師のジャウィンと名乗る少女がこの事態で暗躍していたことは疑いようがない。
「ジャウィン、結局どういうつもりだったのかしら? あれから姿を現さないし」
「話を聞くと、大分回りくどい奴みたいだし、あわよくば共倒れでも狙ってたんじゃねえか?」
結局姿を見せることのなかった道化師の真意がどこにあったのだろうか?
「んー、ジャンちゃんがどうしたの?」
そこに割って入ってきたのはヘカテアだ。
会場で配られた、光る棒を振りながら遊んでいたが、会話に気づいて入ってきたようだ。
「そういえばヘカテアにはまだ言ってなかったわね。この子がこの島に来たのはジャウィンのせいなのよ」
そうしてアリスはナニィがここに来た経緯をヘカテアに伝える。
「半年前の事件の時にも現場に居たし……この子を差し向けたのはやっぱりジャウィンの妨害なのかしら? ヘカテアはどう思う?」
「んー☆ 今回の件については分からないけど、半年前の事件に関してはジャンちゃんは利用されただけだよ?」
「――どういうことかしら?」
「昔の不始末を話す訳だから気まずいんだけどさ♪ 最初はメルちゃんの指示でジャンちゃんと一緒にアリスちゃんとこに詰問しに行った訳なんだけど」
「ああ、アリスが任務そっちのけで四葉に夢中になってたって話か」
「そそっ、それ☆それ☆」
「う、うるさいわね、こっちにもこっちの事情があんのよ!」
アリスが気まずそうにそっぽを向く。
「でもほら、前にも話したと思うけどその時にはあたしってば事態をもっと深いところまで知ってた訳で☆」
ヘカテアが暴走した経緯は四葉に対する嫉妬だったことは既に聞いてる。
「何も知らないジャンちゃんに説得を丸投げしてあたしは会場に潜伏してたんだよね」
たははー☆とヘカテアはらしくもない苦笑いを浮かべる。
その後のヘカテアは、四葉を魔法で昏睡させてステージを台無しにしようとした。
同行者の突然の暴走は、恐らくジャウィンにとっても予想外の事態だったのだろう。
「えっと、つまりジャウィンさんは任務通りにアリスさんを説得してたらいきなり同じ任務についてたヘカテアさんの暴走に巻き込まれたんですか?」
「説得しなきゃいけない奴に敵だと誤解され、事態に介入しようにもどっちも同じ選定官。下手なことすると組織の問題になるから迂闊に手を出すこともできず……か。俺がジャウィンの立場なら泣くね」
俺は見ず知らずの道化の少女に密かな同情を捧げた。
「ジャンちゃんも選定官だからね☆ 利用された腹いせに、逆にあたし達の争いを利用してこの子を試したかったんじゃないかな♪ かな♫ まあ、今回の事件がどういう収束を迎えることを望んでいたのか? そればっかりはあたしはジャンちゃんじゃないから分からないけどね☆」
そうしてヘカテアはナニィに光る棒を差し出して微笑んだ。
「ナニィちゃん、よっぽどジャンちゃんに気に入られたんだね☆」
ヘカテアの口調からご愁傷様☆と言われているのが本人でもない俺にも分かった。
「うわー、人に好かれてこんなに微妙な気持ちになったのは初めてです」
言われたご本人はなおさらだったのだろう、ヘカテアから渡されたその光る棒を……ナニィはドン引きしながら受け取っていた。




