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プリンセスセレクション  作者: 笑顔一番
第二章 日輪を支えし歌姫
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46話 砂漠に埋もれた銀の針

 親の仕事の影響もあって私がデビューを果たしたのは、今から数年前のことだ。

 えこ贔屓なんて言われもしたけど、子供の頃からの夢だった音楽関係の仕事についた私は精力的に働き、その甲斐あってか人気もちょっとずつだけど出てきてる。

 少しずつ増えていくファンの人を見ながら、自分自身も手ごたえも感じ始めていた。


「今日もありがとうございました!」


 その日も無事にステージを終えてーー沸き立つ歓声を背に私はステージを後にする。

汗で肌にベタ付く服が今だけは誇らしい、達成感のせいか心なし軽い足取りで歩いていると、突然頭にタオルをかけられた。


「四葉!今日も良かったわよ」


「えへへ、ありがと!アリスちゃん」


 そこには舞台裏で待っていたアリスちゃんがいた。

 初めて会った時は自分とあまりにもそっくりな顔をしてたので驚いたが、今では無二の親友になっている。

 アリスちゃんが事務所に入ってからまだ半年しか経ってないのか、もっと昔から一緒にいるような気がしてるのに。


「私の顔に何かついてるかしら?」


「んー、可愛いらしいお顔がついてるよ?」


「ありがと、四葉もいつもより可愛いわね」


「えへへー」


 アリスちゃんはタオルで私の頭を拭くと、ペットボトルのお水を差し出してくれる。

 ステージを終えて喉がカラカラだった私はすぐさまキャップを外して喉を潤した。


「ふぅ〜、やっぱりステージが終わってから飲む一杯はおいしいね」


 まるで仕事終わりのサラリーマンみたいだと苦笑する。


「レモンも作ってきてあげたわよ、これも食べなさい?」


「やった!私、アリスちゃんが作るレモンの蜂蜜漬け大好き!!」


 タッパーに入れられたレモンを摘んで口に放り込む。

 柑橘系の爽やかな香り、蜂蜜の甘さとレモンの酸味がハーモニーを奏でる。

 これだけで無限に力が湧いてくるような気さえした。


「お疲れ様、調子いいみたいね?」


 アリスちゃん謹製のレモンに舌鼓を打っていると、声を掛けられる。

 その聞きなれた声に、思わず背筋を伸ばす。


「おふぁーふぁん?(お母さん?)


「口に物を入れたまましゃべらないの、ファンがみたら幻滅するわよ? アリスもお疲れ様、いつもこの子の面倒見てもらって悪いわね?」


「構わないわ、こっちも面倒になってるしこれくらいはね」


 アリスちゃんは今、家で下宿している。

 何でも遠くから来たらしく、女の子を一人で放り出せないとお母さんが強引に引き止めたのだ。


「そう言ってくれると嬉しいわ、この子引っ込み思案で今まで友達らしい友達なんていなかったから」


「お母さん!?変なことアリスちゃんに教えないでよ! もうっ、もうっ!」


 恥ずかしい秘密を暴露する母親に憤慨する。

 違うもん、仕事でちょっと忙しかっただけだもん!


「それよりも聞いて四葉! 次はもっと大きなところで出来るわよ!」


「え?」


「これに成功したら、うちの箱だけじゃなくて色んな場所で歌えるようになれるわ!期待してるわよ?」


 その言葉を当然嬉しく思ったけど、それと同等かもしくはそれ以上の重圧が肩に掛かったような気がした。


「う、うん私頑張るよ」


「よしっ!じゃあお母さんは折衝とかで忙しくなるからきっちり調整しときなさい、それじゃあね」


 それだけ言ってお母さんは背を向けて立ち去ろうとする。


「あ、お母さん!」


「ん?何?」


 不安で思わず声を掛けちゃったけど、どうしよう?

 まさか出来ないかもなんて言えるはずないよね。

 私以外にも歌いたい人なんていっぱいいるのに……。


「あ、いや、なんでもない、よ?」


 結局自分の悩みを告げることは出来なかった。

 お母さんはそんな私を見て一瞬怪訝な表情を作る。


「そう?なら私は残った仕事片付けてくるから、夕飯はアリスと二人で先に食べててね」


 しかしお母さんはそれに言及することはなかった。

 今度こそ仕事をこなすために事務所へと戻っていく。

 私は伸ばしかけた手を下げて、無言でお母さんの背中を見送った。


「どうかした?顔色悪いみたいだけど」


 そんな私を気遣うようにアリスちゃんが心配そうにしていた。

 やっぱり私とアリスちゃんは以心伝心だ。

 実の親にも伝えられないこともアリスちゃんとならきっと共有できる。


「ねぇ、アリスちゃん。私上手に出来るかな? 今でも結構いっぱいいっぱいなのに」


 お客さんが増えてくれるのはもちろん嬉しい、でも集まれば集まるほどにかかる期待も重圧も比例して増えていく。

 私は、こんな調子で仕事を全うなんて出来るんだろうか?


「そうね、確かに最近増えてきたわね。でも四葉の才能はまだまだこんなもんじゃないわ。貴方の歌には、聞いている人を幸せにする力がある。これからももっと――貴方の歌を求める人は増えると思う」


「あはは、買い被りだよ。私のことそんなに高く買ってくれてるのアリスちゃんだけだよきっと」


 駆け出しがいいところの私にここまで期待してくれている人なんて両親とアリスちゃんぐらいだろう。

 私よりすごい人なんてこの世界にはたくさんいる。


「そんなことないわ。今はまだ実感ないかもしれないけど、四葉は特別よ? 三つ葉にはない4枚目の葉っぱを持ってる」


「4枚目の葉っぱ? なにそれ」


「あえて言葉にするなら……カリスマよ。三つ葉(普通)にはない、思わず目を奪われる……四葉(特別)」 


 アリスちゃんはそう言って私の目を覗き込むように真っ直ぐ見つめてくる。

 毎朝鏡の前に映る自分とそっくりの顔、でもその強く熱い意志を秘めた瞳だけが、自分とはまるで違う。


「カリスマかぁ、でもそれなら私よりアリスちゃんの方がありそうだよね」


 その視線にドキドキして思わず照れてしまう。

 浮ついた感情を隠すように話題を逸らすと、アリスちゃんはちょっとだけ困ったような顔をして、どうなんだろ? と呟いた。


「ねぇ、四葉……私ね、本当なら他にやらないといけないことがあったの」


「やらないといけないこと?」


 その告白に、私は驚いて目を見開いた。アリスちゃんが自分のことを話してくれるのはこれが初めてのこと。

 面倒見の良く頼れる姉のような存在だけど、事情があるのか自分の出自に関してはぼんやりとしたことしかしゃべってくれなかったのに……。

 それが今、自分自身のことについて教えようとしてくれている。


「探してる人が居たの。といっても私はその人の名前も顔も性別も、何も知らないんだけどね」


「それって探す当てあるの? とても見つかりそうにないフレーズなんだけど」


 まるで砂漠の中に落ちた針を探すような話。

 人を探すなら、せめて顔と名前くらいの情報は必要だと思う。


「まあ、私も見つかるなんて思ってなかったわよ? 半分以上諦めてたくらいだし」


「……アリスちゃんは、その人を見つけてどうしたかったの?」


「支えてあげたかったの。傷ついた時に、悲しい時に、頑張ってる時に、私にもその人が……必要だったから」


 ちょっと意外だった。アリスちゃんはしっかりしてて何でも出来るから、一人でも大丈夫なんだって何でも出来るんだって勝手に思ってた。

 そんなアリスちゃんが頼りにする人がいる。

 それってなんだかとってもーー


「アリスちゃんにそんなに想ってもらえるなんて、その人は幸せ者だね」


ーーもやもやする。

 自分の好きな人が自分じゃない人に見せる信頼を見せられて、嫉妬に燃えて身体が灰になってしまうんじゃないかと思った。


「ふふっ、安心なさい。今は四葉一筋よ?」


「ええっ!? も、もうからかわないでよ」


 思わず狼狽してしまった。

 頬を膨らませて抗議するけど、アリスちゃんはクスクス笑うばかりだ。


「四葉ならきっと大丈夫よ。集まってくれたファンのみんなを幸せに出来るはずだから、次も頑張んなさい?」


「そ、そうだよね。私、出来る限りやってみる!」


 アリスちゃんの激励を胸に私は無邪気にそう答えた。

 あんなことが起こるなんて、まだこの時は思ってなかったのだ。






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