37話 選定官
あれからどれほどの時間が経っただろうか。
ナニィが経緯を語っている間、アリスは無言でその話を聞いていた。
いつしか外には雨が降り始め、窓ガラスには水滴がポツポツと流れている。
「そして、私達はジャウィンに渡されたチケットを持ってここに来ました。私達の試練で、この世界の人達を傷つけないためにも」
粗方話し終えると、ナニィはジャウィンから受け取ったチケットを取り出してアリスに渡す。
手渡されたチケットを一瞥すると、アリスはナニィにチケットを押し返した。
「確かに……魔力の残滓が残ってるわね。間違いない、私が間違えるはずない。これはジャウィンの魔力だわ。貴方の言葉を信じるより他はないみたいね」
アリスは先ほどまでの話を信じたくない様子だった。
ジャウィンの話が始まってからというもの、流石に目を離すということはしないにしても硝子越しに見ているだけで、直接視線を合わそうとしない。
「アリスさんは……その、やっぱりジャウィンの仲間なんですか? ジャウィンもアリスさんも選定官って言ってましたけど、そもそも選定官って何なんですか?」
「そう、ね」
「お願いしますアリスさん! 私、何が起こっているのか知りたいんです。何にも知らないまま他の誰かが試練に巻き込まれるなんて絶対間違ってます」
「っ!?」
バッと頭を下げるナニィに驚いたのか、話が始まって初めて肉眼でナニィを見つめるアリス。
「分かったわ。私の知ってることも話す。私が話せる範囲で、だけど」
ややあって観念したように、アリスはその重い口をついに開く決心を固めたようだった。
「さて、どこから話そうかしら? ナニィ……貴方はこの試練が始まったのはいつだと認識してるかしら?」
「はぇ? そんなのついこの間のことじゃないんですか?」
アリスの問いかけに、ナニィは小首を傾げながら答える。
俺がナニィと出会ったのはGWが始まる前の4月28日だから、まだ数日程度しか経ってないはずだ。
だが、これについては俺も前からおかしいと思っていた。
他でもないジャウィンが斬原を支援していたのは一月以上も前の話だというのを斬原本人から聞いている。
あの時は相手が相手だったので事情を聞くことはできなかったのだが……。
「私がこっちの世界に来たのはね……今から大体一年位前の話なの」
「えぇっ!? あ、でもそういえば私、四葉ちゃんからアリスさんと出会ったのはずっと前のことだって聞いてました!」
ナニィは驚きながらも、アリスの言葉が真実であることを確信する。
「で、でもそんなのルール違反じゃないですか! 試練はルール違反者には即退場っていう厳しい罰則があるはずなのに!」
俺は以前ナニィに見せてもらったルールを脳内で思い出す。
ルールの数は合計で7つ。
それぞれ勝利条件・ルールの同一性・カード・課題・準備期間・アイテム・ルールの絶対性についての文言だったはず。
「ん? いや、待てよ。あんまり気にしたことなかったけど、カードに記された7つのルールの中に時間と場所についての記述はなかったはずだぞ」
「え? 嘘?」
「本当よ。その証拠に、このカードが貴方の元に届いたのって一年前だったんじゃない?」
「確かに、カードが届いたのは一年前でしたけど……でもそれは候補者に参加資格を知らせるためだったんじゃ」
「誰もそんなことは言ってないのよ。本国に居た時は政治的な関係で誰も手出しできなかったというだけで、試練事態はカードが配られた時点で有効だったという訳ね。私も最初に説明された時は口が開いて塞がらなかったもの。そんなのありーってね?」
アリスが苦々しく回想しながら気持ちは分かると言う。
「ま、まだありますよ! こっちに来るために避けて通れない問題があるじゃないですか。世界鏡をどうやって調達したんです? あれはつい最近になって各国に配備された最新技術ですよ? 一年も前に世界鏡を準備することなんてできるはずない!」
「さて、ね。そこばっかりは私にも分からないわ。選定官にスカウトされた後、承諾して案内された場所には世界鏡は設置されてたから」
しかしナニィは納得いかないようで必死に食い下がるが、そっちの理由はアリスも知らないらしい。
選定官と言ってもアリスは中心人物ではないのかもしれない。
嘘は言ってない様子だったが、話のところどころが虫食いな印象を受けた。
「それで? それだけ用意周到に準備して試練に臨むお前達の目的は何なんだ? 選定官とかいう奴らの中から女王を排出するにしては足並みが揃ってないみたいだが」
今まで出逢った選定官。
ジャウィンにアリス。
身内から勝者を出すための組織だとしたら、どちらも単独行動を取っている理由が思い浮かばない。
「簡単な話よ。私たちはね、そもそも女王になるつもりなんてないの」
「え? じゃあ何で試練に参加なんてしてるんですか?」
あっけらかんと女王に興味はないと言い放つにナニィが戦う理由を問う。
勝ち残る気がないのなら、確かにこんなことを続ける理由はない。
自分のカードを薪にでも放り込んで燃やせば解決するからだ。
「私達、選定官の目的。それはね……真に女王となるべき候補者を見定めることなの」
そんな俺達の疑問に、アリスは真剣な様子でそう答えるのだった。




