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プリンセスセレクション  作者: 笑顔一番
第二章 日輪を支えし歌姫
33/89

30話 ナニィ真っ赤っか

 有栖院プロダクション。東京に本拠地を置き、数多の芸能人を排出する知らぬ者などいない大企業であり、ここからデビューを勝ち得た者には成功が約束されたも同然と呼ばれるほどのところだ。星見ヶ原の、それも分島にその支社があったことには驚きだが響渡祭のことを考えればそれも当然なのかもしれない。

 扉を潜って入った建物の中にはところどころに宣伝のポスターが張られ、チラシが積まれ、放送用の器材などがところ狭しと置かれていた。


「おい! 機材の準備どうなってんの? リハ明日からだよ!」


「すんません、ちょっとトラブってて準備中っす! 明日までには間に合わせますんで」


「たりめーだ馬鹿! 間に合わなかったら承知しねーぞ!」


 黒部の引率で俺はオフィス内を歩く、やはりイベントが近いせいか事務所は大忙しのようだ。スタッフ証を首から下げた人たちが慌ただしく働いている。怒号が飛び交い、準備に余念がない、活気に溢れた熱にこちらが当てられてしまいそうだ。


「お疲れさん、黒部だが支部長さんはいるか?」


 俺が物珍し気に周囲を見渡している間に黒部がせっせと準備に勤しむスタッフを捕まえて尋ねる。


「あ、黒部さんお久っす。支部長なら衣装室でごちゃごちゃやってるみたいすけど、なんかあったすか?」


「ん、まあ野暮用だ。それにしても忙しそうだな」


 顔見知りなのだろうか? スタッフも厳つい黒部に対して警戒心を抱くことなく応対していた。とりとめのない世間話に華を咲かせる二人は祭りの準備などについて話をしているようだ。


「この時期はライブ会場の確認とかスケジューリングとか機材の確認とかエトセトラでてんてこまいっすからねー。だから黒部さんも冷やかしとかきちゃだめっすよ! 来るなら面倒ごとじゃなくて差し入れ持ってきてくださいっす!」


「相変わらず現金な奴だな。分かった次はなんか差し入れ持ってくるぜ」


 肩をバシバシ叩く度に「痛いっす! 暴力反対っす!」と悲鳴が上がった。悪意無き暴力から逃げるようにスタッフが丸めたポスターやらチラシやらが入ったダンボールを抱えたまま立ち去っていく。


「随分、慣れてるんですね。知り合いですか?」


 そのイジられたスタッフと入れ替わるように黒部に声をかける。


「ここの支部長さんと個人的な所縁があってね、何度か足を運ばせてもらってんのよ。そんな感じでここのスタッフとはみんな顔見知りだ」


「見かけによらず顔が広いんですね」


「はっ、褒めても何も出ねえぜ」


 そう言いながら照れた様子の黒部はこっちだと言って先を急ぎ始める。


「そうだ、先に断っておくが今から会う人は悪い人じゃねえんだがちょっと変わってる。少しばかり頭が湧いた発言があるかもだが大目に見てやってくれ」


「ん? それはどういう意味で?」


 苦笑いする様子に緊張が走る。


「会えばわかる。んっと、ここだな衣装室は」


 理由を問いただす前に目的地についてしまったようだ。

 簡素な作りの扉に、衣装室と書かれたタグがぶら下がっていた。


『ちょ、やめ……』


 中から聞こえてくる声に聞き覚えがある。俺の耳が腐っていなければ間違いなくナニィの声だ。何か戸惑ったような声に聞こえるが、中で何をしているんだろうか?


『あら? いいじゃない、似合ってるわよ』


『うん! ナニィちゃん可愛いから何着ても似合うよ! あ、次はこっちなんかどうかな?』


 何はともあれ無事で良かったと胸を撫で下ろした。衣装室だけあって着替えの最中だろうか?


『やっぱり胸が大きいと選択肢も増えてくるわね。胸が小さいとどうしてもキュート系に走っちゃうし』


『あ、あの出来れば露出は少な目で……』


『そんなに胸大きいのにもったいないと思うんだけどなぁ』


『ふ、普通に恥ずかしいからもう許してぇえええ!!』


 扉の中からは和気あいあいとした声が聞こえてくる。

 その姦しい様子に、黒部は咳を払うと、軽く扉をノックした。


「黒部です。例の少年を連れてきました」


 その呼びかけに、返事よりも早くバタバタと足音が聞こえてくる。


 バタンと勢いよく開いた扉から、少女が飛び出してきた。


「ムクロさん!」


「うおっ!?」


 華々しい衣装に身を包んだナニィが俺の胸に勢いよく飛び込んできて押し倒される。

 その鮮やかな真紅に染まったドレスは今までナニィに抱いてきたおとなしめな印象を覆し、別種の魅力を引き立てていた。


「よがっだぁあああ、無事だっだぁあああ」


 滂沱の如く涙を流して泣き叫ぶナニィ、慣れない世界で見知らぬ人に囲まれ心細い思いをさせたのを申し訳なく思い、次いで再会を喜んでくれることは素直に嬉しい。だが……。


「分かったから、ちょっと離れろ」


 涙と鼻水で汚されていく服を見ながら俺はそう呟いていた。


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