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プリンセスセレクション  作者: 笑顔一番
第一章 白銀の忘却姫
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14話 動かざること山の如し

 穏やかな昼下がり、商店街を俺達は進んでいた。

 ゴールデンウィーク中で普段より賑やかな街並み、今こそかき入れ時とばかりに熱気が発せられている。

 そんな人混みの中、フェアで客引きをする着ぐるみよりもなお、人の視線を集めている存在がいた。さらさらと流れる銀色の長髪に、幼さが目立つも整った顔立ち、小柄な体躯に似合わず胸に実ったふくらみが激しく自己主張している。そんな百人いれば百人全員が振り返るだろう美少女が人の首根っこを捕まえて、引きずって歩いているのだから注目されない訳がない。

 休日に親子揃って買い物に来ていた子供が、こちらを指差して母親を見上げた。


「ねー、ママー。あのお兄ちゃんどこに連れていかれるのー? ドナドナなのー?」


「しっ、あっちを見ちゃいけません!」


 親が汚物でも見るかのような視線を向けて、子供の目を隠していた。

 そんな衆目の視線を集める中、俺は最後の抵抗を試みている。


「くそぅ、嫌だ! 俺は絶対に行かないからな!?」


 商店街通り、活気あふれる街並みに雲一つない晴れやかな陽射しの中、俺は足を暴れさせながら、時には郵便ポストにしがみついてまで抵抗する。

 その様はきっと木に一生懸命しがみつくコアラのような可愛らしさだったと思うが、ナニィはそんな俺を見ては嘆かわしいとばかりに、嫌がる俺を郵便ポストから引きはがしにかかる。

 絶対に負けるものか。この郵便ポストは俺が見つけた最後の命綱なんだ!


「何、駄々こねてるんですか? ほらさっさと行きますよ」


「俺が、俺が何をしたっていうんだ!? この世界には神も仏もいないのか?」


「そんなご利益もないものにすがるくらいなら、とっとと大人しく病院に行って下さいよ、もう……ほら、そんな抵抗しても無駄ですよ? ついてってあげますからいい加減観念してください、じゃあ引きはがしますからね? 3,2,1……ていっ!」


「うわぁあああああ!? この鬼ぃ! お前はナニィじゃない今度からオニィと呼んでやる」


「パッと聞いた感じ男の人と間違われそうなんでやめてくださいね?」


 しかし抵抗虚しく、ナニィを振り切ること敵わずに市中引き回しの刑と相成った。

 この少女、見かけによらず馬鹿力を発揮してくれる。昨日何も出来ることなどないと流した涙は一体なんだったのか? 純粋に比較する人間が悪かっただけなんじゃなかろうかと疑ってしまうんだが……それとも異世界人というのはみんな、こちらの世界の住人より膂力(りょりょく)に恵まれているんだろうか?


「よせえええ!! お前には人間としての良心がないのか?」


「もう、昨日あれだけ格好の良いこと言っておいてなんて様なんですか? ムクロさんのこと、ちょっと格好いいかもとか思っちゃった馬鹿な私を、忘却せし記憶の泉(レーテーション)してやりたくなります」


 そんなこと言われても嫌なものは嫌なんだよ。

 だって、だってね?だってだってね?


「下剤だぞ? 下剤飲まされるんだぞ? 劇ファックじゃねえか!」


 何が悲しくて、下剤飲みに病院へ行かねばならんのか。


「それで治るなら安いものじゃないですか。宝珠なんて得体の知れないものを飲み込んだんですよ? 今はなんともなくても、明日、明後日は分からないんですからもっと緊張感を持ってください」


「いーまぁ! 大切なのは今現在進行形!」


「なおさら今の内に見てもらうべきじゃないですか、屁理屈こねても現実さんは変わりませんよ」


「くそぅ、他人事だと思ってるからそんな気楽に言えるんだぁああああ!!」


 俺の必死の説得? も聞き入れることなく病院へと歩を進めるナニィ。

 もはや何を言っても通じない現実に俺は項垂れる。

 これからどうしたもんかと、ずりずりと引きずられながら考えていると、道行く人の中に見知った顔を見つけた。


「ん? おーい、マル! 奇遇だな、お前も今から病院か?」


「あれ? お姉ちゃんと……何してるのお兄ちゃん?」


 人混みの中をかきわけて出てきたのは昨日、病院で会ったマルだ。

 短く切り揃えた茶髪と、威勢の良さから活発的な印象を受ける。


「聞いてくれよマル……ナニィの奴が嫌がる俺を無理やりに、ぐすっ……汚されてしまった」


「ちょっ!? なに人聞きの悪いこと吹き込んでるんですか!? 冗談じゃないですよもう!」


「……えっとけんかしてるの? けんたいきってやつ?」


 マルは俺達のやりとりを困惑して見ていた。


「マルちゃん、これはね? 喧嘩してるんじゃないんです。病院に行きたがらないムクロさんを連行している最中なんです」


「へぇ、お兄ちゃんって、やっぱりお姉ちゃんのお尻にしかれてるんだ」


「しかれてる訳じゃねーんだよ。むしろ振り回されてるんだよ……今日だって朝起きたらいつの間にか俺のベッドで寝てるし」


「そ、それについてはもう謝ったじゃないですか! 過ぎたことをいつまでもねちねちと」


「朝の目覚めが床とキッスから始まるとか痛いんだよ色々と」


 結局俺は寝ぼけたナニィにベッドから蹴り出されたのだ。

 あの時初めて知った床の味は二度と忘れない、思い出したくもないけど。


「お姉ちゃん達って同じベッドで寝泊まりしてるんだね……ふ、ふぅん。まあ、でも最近の若いのはふーきが乱れてるってこの前TVでやってたし、合意ならいいんじゃない?別に……」


「おい待てエロガキ。何を勝手に妄想してやがる」


「そ、そうですよ! 私とムクロさんはそんないかがわしい関係じゃありません!」


 マルの誤解を招く言い方に、揃って抗議するが当の本人はどこ吹く風だ。


「わーい、怒った怒った。二人とも顔真っ赤だよ? けんかするほど仲が良いってほんとなんだね、息ピッタリなんだもん」


 屈託なく笑うマルに思わず毒気を抜かれる。

 マルは相変わらず座り込んだままの俺に手を差し出した。


「ほら、病院行くんでしょ? 僕も今からお見舞いだからさ。一緒に行こうよ? ね」


「はぁ、分かったよ。俺もいい加減覚悟を決める時が来たようだ」


 知り合いの子供の眼前でみっともない真似は流石にできない。

 そう思って俺はマルの手を取り立ち上がると、すっかり汚れてしまったズボンの尻を叩いた。


「なんか格好良いこと言ってますけど、病院に行きたくないって駄々こねてたのムクロさんですからね?」


 そんな俺を見て、呆れた顔をしているナニィはこの際見なかったことにしようそうしよう。


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