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もう少しで二学年も終わる頃、いつものように王太子室で仕事をしていた時だった。
読んでいた報告書に違和感を覚え、めくる手を止めた。
冬を越えたあたりからお祖父様の不調が目立つようになり、
王妃の仕事を本格的に任されるようになった。
今、読んでいたのは女官からの報告書だった。
王妃の仕事を任されるようになったのは二週間前からだが、
気になってしまって前の報告書を引っ張り出す。
突然決裁済みの報告書を引っ張り出したことで、
他の仕事をしていたデイビットが気が付いて不思議そうに聞いてくる。
「ソフィア様、どうかしましたか?」
「うん…ちょっと報告書が気になって。
あぁ、あったわ。うん、これも。これもそうだわ。」
「何があったんですか?」
デイビットに女官からの報告書を四部ほど渡す。
同じ者が書いた報告書ではなく、別々の女官からの報告書だ。
見た目はとても綺麗な字で、読みやすくわかりやすい報告書で、
理想論ではなく、実際の数字もきちんと調べて書かれている。
お手本にしたいくらいよくできた報告書なのだが…。
「これ、読まなくていいから、見てくれない?」
「…?」
「見て、何か気が付かない?」
「……。これ、筆跡が同じなのに、別々の者からの報告ですね。」
「だよね…。どう見ても書いているのは同じ者よね。
それぞれ、別件の報告書だったから気がつくのが遅れたわ。
どうして同じ者が書いた報告書が別の者の名前で報告されているのかしら。」
王妃の仕事も多岐にわたっていて、それぞれに担当の女官がいる。
文官は基本的に国王と王子につき、女官は王妃と王女につく。
本来は女官長は王妃について仕事をするのだが、この国には王妃がいない。
そのため、女官長も国王であるお祖父様について仕事をしていた。
王妃の仕事を任されるようになったが、
女官長は一度退職した高齢の女官を呼び戻したために、
あまり長時間の仕事をさせることができない。
前女官長があんな事件を起こして辞めさせられたせいで、
新たに女官長を選ぶにも信用がなく、仕方なく退職した女官長を呼び戻していた。
お祖父様が国王と王妃の仕事を見ているために、
どうしてもすべてに目を通す余裕がない。
それを補うのが文官の長でもある執務室長と女官長になるのだが、
どちらも高齢のために限界が来ていた。
新しい執務室長と女官長を探す。
これも私が女王になる前にしなくてはいけないことだった。
執務室長にはこのままいけばデイビットが就くことになる。
王太子室付きのデイビットと文官たちをそのまま執務室付きにすればいい。
問題は女官長だった。
前女官長から長い間虐待を受けていた私は、
女官の制服を見ただけで顔色が悪くなり身体が震えていたらしい。
前世の記憶を取り戻したことで精神的に強くなったと思っていたが、
七歳だった私の身体は苦しかったことを忘れなかった。
無意識に女官を避け、怯えているように他から見えていたらしい。
そのため、王女につくはずの女官はつけられなかった。
十二歳になる頃に王太子代理として仕事を始めたこともあり、
私につけられたのはデイビットたち文官だった。
おかげで東宮にいる文官たちの名は覚えているし、
誰がどんな仕事をしてきたのかもわかっている。
だが、女官になるとほとんど知らない者ばかりだった。
名前も顔もわからず、どんな仕事をしていたのかもわからない。
これでは女官長を選ぶことができない。
信用できる女官長を選ぶためには、
女官たちのことを知ることから始めなければならなかった。
報告書を読んで、一人一人の名前を確認する。
報告書は資料を見て作るだけではなく、実際に孤児院を訪問しているか、
教会の者に話を聞いているかなど、形だけの報告になっていないかを確認していた。
その報告書の中で特に素晴らしいと思った報告書。
それが別々の名前で報告されている。
いったいどういうことなのか。これを書いているのは本当は誰なのか。
「…これは、一度女官長から話を聞いたほうがいいですね。」
「そうね。ミランを呼んでくれる?」
「今からですと昼休憩になりますので、午後になったら来るように連絡しますね。」
「うん、よろしくね。」




