93(カイル)
話し合いを了承すると、一週間後にクラウスは王宮へとやってきた。
数名の護衛だけを連れ、馬車ではなく、
一番寒さが厳しいこの時期に馬で雪山を下りてきたらしい。
雪で閉ざされた道を馬車が通れなかったのかもしれないが、
馬で雪山を下りてくるのはかなり危険なことだ。
なぜ、ついてきた護衛たちはクラウスの行動を止めなかったのか。
普通であれば、周りの者や第一王子のヘルマンが止めるだろう。
クラウスがそんな無茶をするような性格には見えなかった。
九か月ぶりに見たクラウスは少しやせたように見える。
疲れているのか、やつれたと言ってもいい。
前回と同じように本宮の応接室に通したが、護衛たちは中に入って来なかった。
本当にクラウスだけで個人的な話をしたいらしい。
こちらも必要以上に人を入れるのはやめ、俺とクリスだけで話に応じることにした。
ユナもそれに気が付いたようで、テーブルにお茶を置いたら部屋から出て行った。
「…話し合いを受け入れてくれて感謝する。」
「カイルと二人で話をさせるわけにはいかない。
俺が立ち会わせてもらう。クリスだ。カイルの義兄になる。」
前回の話し合いの時にクリスも同じ部屋にいたが、挨拶はしていなかった。
ソフィアの隣にいたことで、王配候補だというのはわかっていたと思う。
フリッツ王子の養子になる時に、クリスが兄になるのはすんなり決まった。
ソフィアも俺よりクリスのほうが上に見えたらしい。
ここで義兄だと名乗ったのは、クラウスへの嫌味かもしれない。
だが、クラウスは嫌味だと感じなかったのか、
表情を変えずにうなずいてクリスへと名乗った。
「クリス様、アーレンス国次期国王のクラウスです。」
「…次期国王?決まったのか?」
「はい。そのこともゆっくり説明させてもらえたら…。」
「わかった。では、座って話をしよう。」
クラウスが一人で座る向かい側に俺とクリスが座る。
この部屋に入ってから、まだ俺は一言も話していない。
クリスができる限り俺とクラウスの間に入ろうとしてくれていた。
俺が一言も話さないことにクラウスは何も反応をしない。
挨拶すらしないことに不満を表してもおかしくないと思うのに。
少し震えた手でクラウスが茶器を取り、口をつけた。
ゆっくり息を吐いて、それから話始める。
「…つい先日、俺の娘が産まれました。
俺が次期国王に決まったのはそのためです。
正式に決定するのは春になってからになります。」
「春になってから?」
「アーレンスの冬は厳しい。
そのため、冬に産まれた子は春になるまで名前をつけません。
春になる前に亡くなることが多いからです。
そのため、俺が国王になるのは、娘に名がついてからになります。」
あぁ、そういえばそんな風習があったな。
俺たちが産まれた頃はユーギアス国からの支援があったからか、
冬の間に子が亡くなるようなことは少なかったけれど。
…今年の冬はわからないか。
「なるほど。子が正式に認められたら国王になると。
カイルに会いに来たのは、その報告がしたかったから?」
子が産まれたことや国王になる報告ならば、
俺ではなく陛下やソフィアにするのが普通だろう。
俺に報告されたからといって、どう反応すればいいのかわからない。
血筋だけは姪になるのだろうが、そんなのは今さらだ。
話しにくいのか、クラウスはもう一度大きく息を吸い込んだ。
顔色が悪い。体調が悪いのかと疑ってしまうほどだ。
長い沈黙の後、ようやくクラウスは話し始めた。
「……生まれた娘は銀髪でした。」
「「は?」」
「カイルと同じ、銀髪碧眼の可愛らしい娘です。」
俺と同じ銀髪碧眼の娘が産まれた!?
…俺と同じように苦労するのだろうか…あんな風に蔑まれて。
俺が置かれていた環境を思い出して、目の前が真っ暗になりそうになる。
クリスも動揺したようだが、クリスはすぐに立ち直った。
「あ、ああ。その可能性はあるだろうな。
王族の血が混ざれば、いつ銀髪の子が産まれてもおかしくない。
クラウス王子だって王弟の孫なんだから、娘が銀髪でもおかしくないだろう?」
「…俺は、そのことに気が付いていませんでした。
俺も王弟の孫だった、その事実から目をそらしていた。
妻との間に娘が産まれ、その娘が銀髪だったことで、
ようやく自分のしたことがどれだけ恐ろしいことだったのかわかりました。」
「ようやくわかった、だと?」




