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アーレンス国第二王子のクラウスから手紙が届いたのは、
あの話し合いから九か月が過ぎた頃だった。
王都でも肌寒く感じる季節ではあるが、王都はユーギニス国内でも南側に位置する。
アーレンスはユーギアスの北東に隣接する位置にあるため、気候はかなり違う。
この時期はミレッカー領との境にある山は雪が積もり、
ただでさえ他の地域との交流が少ないアーレンスは完全に閉ざされる。
ちょうど今頃が寒さが一番厳しい時期というのもあって、
その手紙はアーレンスの苦しい状況を訴えるためのものかと思っていたが、
読んでみたらまったく違う内容だった。
その手紙にはカイルと一度でいいので話がしたいと書いてあった。
カイルに直接手紙を届けても受け取ってもらえない、
そのため私宛に手紙を届けたとも書かれていた。
カイルと話したい理由はアーレンスを何とかしてほしいとか、
兄弟の情に訴えてお願いするという理由ではないとも書かれていた。
アーレンスの代表としてではなく、クラウス個人として会って話したいと。
独立して九か月。冬ごもり前に穀物を手に入れることはできなかったはずだ。
この時期を乗り越えられるかどうか、かなり厳しいはずだった。
それなのに国のことでは無く、クラウス個人の話?
それに、この時期に王都に来るのはかなり大変なはずなのに。
いったい何を話したくて王都まで来るというのだろうか。
夜会の時にカイルに愛人を作らせようとして拒絶されたクラウスだが、
国王代理としての話し合いの時にはそのような態度は見せなかった。
カイルからはっきりと拒絶されたことで何か考えが変わったのだろうか。
話し合いの帰り際に見せた、カイルを見る表情が気になっていた。
かと言って、他国の王子になったクラウスと簡単に会わせていいものだろうか。
断るにしても王族からの願いを拒否するには理由を考えねばならない。
私だけでは判断できず、カイルとクリスにも手紙を読ませ、
どうするかを相談することにした。
「ねぇ、どう思う?
カイルにお願いしたりすることは無いって書いてあるけど…。
何を話したくてわざわざ王都まで来るのかわからないんだよね。」
「第一王子は高圧的だったけど、第二王子はおとなしかったよな。
手紙は第二王子の方なんだろう?
夜会に来てたほうか…カイルと話したい事があるね…。
カイルは会いたいか?」
「俺としてはもうどうでもいい。
今さら話したところで何か変わるとも思えないし。
でも、ソフィアは気になっているんじゃないのか?」
「え?私が?」
「クラウスの話じゃなくて、アーレンスがどうなっているか。
俺たちが一度突き放したほうがいいって独立させたけど、
ソフィアとしては本当はそうしたくなかったんじゃないのか?」
「……。」
「アーレンスの領民たちが心配なんだろう?」
「…うん。」
アーレンスの甘い考えを変わらせて、
依存から抜け出させるためには仕方ないと思った。
それだけ辺境伯領だった頃のアーレンスはユーギニス国の負担になっていたから。
一つの領地だけを優遇し続けるわけにはいかない。
だけど、領地内で穀物の生産が難しい上に、魔獣の被害も多い。
冬の間、閉ざされてしまうような厳しい環境。
突き放してしまえば被害を受けるのは弱い領民たちだとわかっていた。
…どれだけ被害が出ているのだろうか。
子どもたちは食事ができているのだろうか。
こちらから手を差し伸べるわけにはいかない。けれど、気にはなっている。
「クラウスと会って話してみるよ。
アーレンスがユーギニス国に戻るとは限らないけれど、
もし戻ることになれば保護しなければいけない者もいるだろう。
被害によっては国が対処しなければいけない時もある。
その時にすぐに対応できるように状況は知っておいたほうがいい。」
「…ごめんね。」
「いいよ、ソフィアが悩むのをわかっていて独立させたんだ。
話を聞くくらいたいしたことではない。」
「ああ、話し合いには俺が立ち会うよ。
もし向こうが変なことを言ってくるようならすぐに打ち切る。
だから姫さんはそんな心配そうな顔しなくていい。」
「うん…わかった。二人に任せる。」
カイルとは個人的に話がしたいと書いてあった。
そこに王太子である私が立ち会えば非公式でというわけにはいかない。
むこうも私の立ち合いは望んでいないだろう。
クラウスと会うのはカイルとクリスに任せることになった。




