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アーレンス辺境伯領が独立し、アーレンス国となって三か月が過ぎた。
国王代理として話し合いに来た長男のヘルマンと二男のクラウスは、
ソフィアから渡されたユーギニス国に戻る際の契約書をアーレンスに持ち帰った。
その契約書を読み、ユーギニス国に戻る際の条件を確認した元辺境伯ハインツは、
激怒のあまり契約書を破り捨てそうになり、クラウスに止められる。
ハインツは無条件でユーギニス国に戻れると考えていたからだ。
それなのにソフィアから示された条件は今の生活を捨てろというもの。
支援を当然だと思っているハインツには受け入れられるものではなかった。
結果、未だにユーギニス国に戻るための話し合いはされず、
アーレンス国は孤立した状態となっている。
ソフィアたちはアーレンス側から何か言ってくるまで待つつもりでいる。
アーレンスの領民が困るのは予想されていたが、
それでもこちらから手を差しのばしてしまったら、
いつまでたってもアーレンスは自立できない。
アーレンスの本当の状況を知ってもらうためにも、
今は支援を打ち切るしかなかった。
何もできず、ただ時間だけが過ぎていく。
そんなもどかしい状態の中、エディの婚約者選びのお茶会が開かれた。
婚約者候補となり招待された令嬢は四人だったが、
お茶会が終わった直後に三人の令嬢の家から辞退の申し入れがあった。
その理由は三人とも同じように、
「ディアナ様がいらっしゃるので、わたくしなど…。」というものだった。
入学当初からA教室の三席のエディと次席のディアナは隣の席で、
首席のアルノーと三人で行動することが多かったらしい。
課題や実習などで話し合ううちに、ディアナの聡明なところと、
エディ曰く私に似ているということから話しやすく、
あっという間に仲良くなっていったらしい。
そのせいかお茶会でもエディはディアナとばかり話してしまっていた。
私も王太子として途中で顔を出したのだが、
社交慣れしていないエディをディアナが支えているように見え、
他の令嬢は二人の間に入っていけないでいるように思えた。
あれでは他の令嬢たちに辞退されてもしかたない。
令嬢たちには、ディアナが婚約者に決まっているように見えただろう。
エディとしては、ディアナ以外に気に入った令嬢はいなかったので、
そう思われても何も問題は無かったようだけれど。
フリッツ叔父様とアリーナ妃もディアナを気に入ったようだった。
優しくて真面目なエディだが、王族としては少し気が弱い。
それをしっかりと支えてくれるディアナは、
エディの妃として考えていた理想そのものだったという。
二度目のお茶会はディアナだけが呼ばれたが、
その場でエディがディアナに求婚し、ディアナも喜んで受け入れた。
侯爵家の次女で王族入りしても何も問題のない令嬢だったため、
すみやかに婚約が結ばれ二人が学園を卒業したら結婚することになった。
いつもよりも早めの時間、王太子室の小部屋で休憩にはいる。
リサが淹れてくれたお茶を一口飲んで、向かい側に座るエディに話しかける。
王太子教育で忙しいエディだが、時間がある時はこうして一緒に休憩する。
今日は今後の予定を話し合うために来たようだ。
エディの隣にはいつも通りアルノー。
私の隣にはクリスとカイルが座る。
ディアナは今日は王宮に来ていないようだ。
「じゃあ、夜会で正式にお披露目したあとは、
王子の婚約者としてディアナにも仕事を手伝ってもらうわね。
そう伝えておいてくれる?」
「うん、大丈夫だと思う。
ディアナは早くソフィア姉様の仕事を手伝いたいって言ってたし。」
「あら、それはうれしいな。
王太子と王太子妃の仕事はいずれ二人に任せられたらいいと思っているの。
あ、すぐにじゃないから。心配しなくていいわ。」
「あせった…うん。ゆっくりでいいなら頑張るよ。」
王太子教育が順調だと聞いて、そろそろ少しずつ仕事を任せてみようと思っていた。
婚約者になったディアナにも王太子妃教育を始めてもらっている。
正式なお披露目の後になるが、王族として仕事を手伝ってもらえたら楽になる。
お祖父様の負担を減らすために、
国王と王妃の仕事を少しずつ私がするようになっている。
それでもまだまだお祖父様の負担は大きい。
最近少し疲れやすくなっているようだとレンキン先生が言っていた。
できるかぎり早くお祖父様を休ませてあげたい。
そんなことを考えながら、エディと今後のことを打ち合わせていく。
エディとディアナの婚約発表が終われば、
この忙しさも落ち着いていくだろう。
そうすれば棚上げしていた問題も考える余裕が出てくるかもしれない。
「そうだ。ちょうどいいから返事をしておくね?」
「返事?何の?」
「以前、アルノーを王配にどうかって勧められたでしょう?」
「「「「え?」」」」




