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話すたびに顔色が悪くなっていく二人に、ため息をついてしまう。
「あの、はっきり言いますよ?
辺境伯だった時代、税は一割だけだったんです。
しかも、国境騎士団にかかる費用は徴収していませんでした。
穀物も王領からわざわざ運んで無償で提供していました。
…辺境伯から入る税金なんてゼロです、完全にこちらの赤字だったんですよ?」
「「……。」」
「わかりますか?王弟の子だから、そうなっていたんです。
これは王女が降嫁した場合にも税金が安くなったりするので、
法律的におかしなことではありません。
ですが、その場合でも最長で五十年と決まっています。
本当なら超過した数年分は請求しても良かったんですけどね。」
思わずため息交じりになってしまうが、一つずつ説明していく。
「これだけ説明すればわかったと思いますが、
アーレンスがユーギニス国になっても何の利益もありません。
むしろ赤字が無くなるので、こちらとしては問題ないのです。」
「で、ですが。それではアーレンスの領民は生きていけません。」
それはそうでしょうね。
タダで配られていた魔獣と穀物が無くなるんだもの。
その上、国が変わってしまったらミレッカー領から食料を買うのも難しい。
どうやって領民が飢えずに済むか、かなりの難問になるだろう。
今まで苦労してアーレンスの面倒をみてきたからこそ、よくわかっているけれど…。
「それがわたくしに関係ありますか?」
「ええっ!?国民を見捨てるのですか?」
「アーレンス国の国民ですよね?
今はユーギニス国の国民ではありません。」
ほら、独立宣言しているの忘れちゃダメですよ?
にっこり笑って告げると、二人とも思い出したのか絶句している。
「今、わたくしが守らなければいけないのはユーギニス国の国民です。
その国民から得た税金を使ってまでアーレンスを守る理由はありません。」
これからココディアと戦争が起きるかもしれない。
そんな時にアーレンスだけが他領の税金で守られるなんてことがあれば、
他領の領主たちだって黙っていない。
「…お願いします。ユーギニス国に戻らせてください!」
「お願いします!」
深く深く頭をさげてお願いされるが、そういうことでもない。
「こちらをご覧ください。」
用意しておいた書類を二人に渡す。
それに目を通した二人が絶望するような顔に変わる。
「アーレンス国がふたたびユーギニス国に戻るとしたら、
このような契約に変わります。」
「こ、こんな契約できるわけない…。」
「この国の他の領地はこの契約なんです。
アーレンスだけ特別扱いする理由がありませんから。
戻るのであれば他の領地と同じ分だけ負担してもらうことになります。」
こんな契約というけれど、隣のミレッカー侯爵領と同じ契約だ。
税金は収穫の二割、国境騎士団の滞在費の半分負担、警備騎士団の維持費負担、
各領地で薬師を確保するために優秀な平民を学園にいれる費用の負担。
戦争になったとしたら、兵の派遣と食糧支援の負担。
こまごましたものは他にもあるが、大まかな契約はこんな感じだ。
「特別な理由…あるじゃないですか。
カイルの生まれた領地ですよ!」
第一王子のヘルマンがカイルを指さして叫ぶ。
夜会で冷たくあしらわれた第二王子のクラウスのほうは無理だと知っているのか、
それを聞いて目をそらした。
「カイルとは、わたくしの王配候補のカイルのことでしょうか。」
「そうです!」
「いくら第一王子であっても、
ユーギニス国の王族を敬称無しで呼ぶのは失礼ではないですか?」
「え?いや、ですが、アレは弟で…。」
「アレ、ですか?」
「あ、いえ、申し訳ありません。」
カイルに自分で答えるかどうか目で問うと、必要ないと答えがあった。
もう自分で相手をするほどのことでもないと思っているようだ。
「カイルはフリッツ叔父様の息子で、わたくしの婚約者です。
アーレンス国とは一切関係がありません。」
「…そんな。血のつながりというものは、そう簡単には…。」
「本当にそう思いますか?
血のつながりがあっても信じられず、
母親を罵倒して弟を拒絶したあなたがそれを言うのですか?」
「…っ。」
「カイルはアーレンスとは何の関りもありません。
二度とそういうことは言わないでくださいね?」
「…申し訳ありません。」
悔しそうなヘルマンに呆れてしまう。
自分たちがやったことを後悔していないのだろうか。
母親に向かってあばずれだの不貞しただの罵倒して、死ぬように差し向けた。
そのことをどう思っているんだろう。
少なくとも後悔していたのなら、カイルを利用できるなんて思わないはずなのに。
「今ここでお二人だけで決めるのは難しいでしょう。
この書類を持ち帰って、アーレンス国王に渡してください。
こちらからの条件が変わることはありません。
それを納得した上でユーギニス国に戻るというのなら、
また話し合いに応じます。」
「…わかりました。」
暗い顔をしたまま二人が応接室から出て行く。
第二王子のクラウスだけは、もう一度カイルを見ていた。
にらんでいるわけでもなく、助けを望んでいるようでも無かった。
どういう意味でカイルを見たのかわからず、不思議に思った。




