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「いいかげんにして!
なんで私とエディ様の邪魔をするのよ!
私と結婚するのがエディ様のためになるんだって、わからないの!?」
ディアナとの話し合いが決裂したのか、
感情的なアンナが大きな声で叫んだのが聞こえた。
アンナと結婚するのがエディのためになるという理由は理解できないけど、
本人は本気でそう思っているんだろう。
やはりカイルが予想していた通り、
辺境伯領が豊かな土地だと誤解しているのかもしれない。
隣のミレッカー領のほうがよっぽど豊かな土地なのだけど、
そのことに気が付いているとは思えない。
アンナに罵倒されたディアナは声を荒げることも無く、
涼し気に受け答えている。
小柄なアンナと長身のディアナという見た目のせいもあって、
子どもに文句を言われている大人という感じに見える。
何を言われても動じないというか、
駄々をこねている子どもに言い聞かせようとしているというか。
「だからね、その理由を教えて欲しいの。
どうしてあなたがエディ様と結婚するという話になるのか理解できない。
だって、エディ様の婚約者候補はすでに決まっているのよ?
その中にはアーレンスの名は無かった。
なのにそんなことを言うのはあなたにとって良くないわ。」
あぁ、そういうことか。
ディアナからすれば、エディの婚約者候補はもうすでに決まっているのだから、
余計なことを言って誤解されれば傷つくのはアンナのほうだと心配している。
結婚するだなんて騒いでいて、婚約者選びのお茶会にすら呼ばれなかったとなれば、
アンナに問題があって候補から落ちたと思われかねない。
だが、そのディアナの心配はまったくアンナには伝わっていない。
ディアナの言葉が意外だったのか、アンナは本当に不思議そうに答えた。
「それはおかしいわ。
どうして婚約者候補に私の名が無いの?
アーレンスの私が選ばれないなんてありえないわ。
エディ様の婚約者候補が決まっているなんて嘘ね。」
「どうしてアーレンスだから選ばれると思っているの?」
ディアナとしては本気でアンナの言っていることがわからないのだろう。
こっちのほうが常識としては正しいのだから。
ディアナも首をかしげて不思議そうにしている。
「だって私は唯一のアーレンスの姫なのよ。
お父様だって私がお願いしたら何でも叶えてくれるんだから。
エディ様が私と結婚したらアーレンスはエディ様に従うわ。」
「そう。アンナ様がアーレンス領の唯一の令嬢なのはそうよね。
それはわかったけれど、どうしてそれがエディ様のためになるの?」
「あなた馬鹿なの?ここまで説明してもまだわからないなんて。」
あーこれ以上話させてもダメそう。
本気でアーレンス領には価値があると思っているアンナと、
何も価値が無いと知っているディアナ。
このまま話を続けていても、意見が合うことはきっとない。
隣り合っている領地の令嬢たちをこれ以上揉めさせるのはダメだ。
これからのことも考えて、きちんとアンナに言い聞かせないと。
わからないようだったら、アンナはアーレンス領に送り返さなければいけない。
「…エディ、ここまで来たらあきらめましょう。
これ以上揉めたら令嬢たちだけの問題じゃなくなるわ。」
「…はい、仕方ないですよね……。
ソフィア姉様。僕が止めます。」
私が止めに入ろうかと思っていたのに、エディが止めるという。
大丈夫なのか心配ではあるが、確かにエディの問題でもある。
自分で何とかしたいというのならエディに任せてみよう。
「わかったわ。エディにお願いするわ。」
そう言うと覚悟を決めたように真剣な顔で頷いた。
「ディアナ嬢、もういいよ。」
エディが少し大きな声でディアナに話しかける。
生垣から姿を見せると、エディに気が付いたアンナがにっこりと笑った。
「エディ様!助けに来てくれたのね!
もう、この人が何を言ってるのかわからなくて!」
小走りで近寄ってきてエディに抱き着こうとしたのを、
アルノーがすぐさま前に出てアンナを手で停止させる。
「エディ様に近寄るな。」
「え。なんなのよ、あなた。邪魔よ!どきなさい!」
これは想像ではあるけど、きっとアンナの頭の中ではエディが助けに来てくれた、
うれしいと思って抱き着こうとしたのに護衛に邪魔された。って感じかな。
私たちがエディの後ろからぞろぞろ出てきているのにも気が付いていないようだ。
さすがにディアナは気が付いたようで、私へ深く礼をする。
その隙の無い綺麗な所作は第二王子妃候補に選ばれただけある。
「顔をあげていいわ。」
ディアナに近づいて声をかけると顔を上げて軽く微笑む。
その微笑みが少しだけ困っているように見えた。
「アンナ嬢、もういい加減にしてほしい。
今後は僕に近づかないでくれないか?」
「エディ様、どうして?
何度も言っているでしょう?
私と結婚するのがエディ様のためになるのよ?」
「ならないよ。」
ぴしゃりと言い切ったエディに心の中で拍手を送る。
優しいエディは令嬢に冷たくできないかと思っていたけれど、
少しは言えるようになったらしい。
「もう!どうしてわかってくれないのよ!」




