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「…どうしてカイルはそんなに詳しいの?」
あの当時、結界の乙女に関する資料は公表されていない。
他国から見た歴史書だとしても、魔女については知られていないはずだった。
この国にすら残されていないのに、どうしてそこまで詳しく知っているんだろう。
「昔は部屋に閉じこもって、何もすることが無かったんだ。
家庭教師も最低限しか教えてくれなくて、遊び相手もいなかった。
うちにあった昔の資料を読むくらいしかできなくて。
埃をかぶった資料を部屋に持って行って、読み漁ってたんだ。
その中の一冊にとても興味深いものがあって。
ちょうど辺境伯領と隣のミレッカー侯爵領との境に結界が作られた。
その塔に閉じ込められていた魔女はリリア。
まだ成人前の魔女だった。」
「え?」
どうしてその名を。
もう最後は誰も呼んでくれなくなった名前。
「結界の乙女たちはその命を使って結界を張っていた。
当然、一人二人と亡くなり、最後はリリア一人になった。
リリアは一人で五十年も結界を張り続け、
それなのに塔の中で魔術の研究を続けていたんだ。」
「は?魔石の代わりに魔力を吸い上げられていたんだろう?
よく魔術の研究なんてする気力が残っていたな。」
「リリアはもともと貴族の生まれだったらしい。
他の魔女よりもはるかに魔力量が多かったし、知識も豊富に持っていた。
結界の乙女として人柱になった時も国を守るためならばと、
少しも恨んでいなかったそうなんだ。
すごいよな。まだ成人前の令嬢がそこまで国のために生きようと思うなんて。
国を良くするため、民の暮らしを楽にするため、
最後まで魔術の研究を続けて、それを惜しみなく伝えていた。
俺が読んだ本はリリアに食料や生活品を届けていた商人が書いたものだった。
こんな素晴らしい魔女を忘れてはいけないと。
それがチュルニアに伝わって、そのまま残されていた。」
「なるほど、皮肉なもんだな。
国のために生きた魔女を忘れないために商人が本を残したのに、
それが敵国にしか残されていなかったとはな。」
あの商人の夫婦がそんな本を。
人に会って話すことがうれしくて、
届けに来てくれた時にはお茶を一杯飲む間だけ話していた。
あまり長居させると商人にも影響がでてしまうかもしれないから、
それほど話すことはできなかったのだけど。
いつも笑顔な奥さんとしかめっつらだけど優しい旦那さんだった。
そうか…あの夫婦ももう生きていないんだな。
「そうだな…俺はその本が好きで繰り返し読んでいた。
いや、その魔女の生き方が好きだったんだ。
正式に国から認められなくても、誰かのために生きた生涯が。
俺もあきらめないで生きようって、そう思えた。」
「あーカイルが学園であんだけ頑張ってた理由がそれか。」
「そう。親に認められたいって気持ちもあったけど、
それ以上に誰に認められなくても頑張り続けようって思ってた。
成人前の令嬢ができたことを俺ができないわけがないって。
あの本が無かったら俺も腐ってたと思うよ。」
「ようやくわかったわ。
カイルは誰かに評価されたくて努力してたわけじゃないのか。
そんなんじゃ俺が勝てなくても仕方ないな。」
「いや、クリスが最初から努力してたら負けてたよ。
最初の方、手を抜いてただろう。」
「…嘘だろ。バレてたのかよ。」
「クリスは最初から目立ってたからな~同じ教室だったし、わかるよ。」
少し不貞腐れたクリスに、半分からかうようなカイル。
二人の会話をただ聞いて、時間が過ぎていく。
誰にも認められなくても良かった、わけじゃない。
そんなに偉いものじゃない。
あがいていたことも、後悔しそうだったこともあった。
私のしていることがちっぽけに見えて泣いてしまった夜も何度もあった。
朝起きて誰にも挨拶できないことが苦しかった。
亡くなっていく仲間を見送ることすらできなかった。
なんのため産まれてきたんだろうって。
その答えは最後までわからなかった。
だけど、私を知っている人がいた。
この時代に、ここに。
カイルが私を知っていてくれた。
それがうれしくて。心の奥が震えた気がした。




