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「そうなんだ…綺麗すぎるとダメなんだ。
こんなに綺麗で、住みやすそうに見えるのにな。」
「人の住む世界と同じだよ。
多少の汚れが必要になる。」
「多少の汚れか…私もお祖父様のようになれるかな。」
「陛下のように?」
「そう。お祖父様が貴族の不正をある程度見逃してたのは知ってる。
この国を強く、豊かにするためには甘くすることも必要だったって。」
「そういうことも必要な時代だったんだろう。
戦後はうまみが無ければ貴族なんてやってられなかっただろうし。」
「綺麗ごとだけじゃダメなのはわかってる。
時には犠牲を容認することも必要になるんだって。」
そこまで深く考えていたわけじゃないのに、するっとそんな言葉が出た。
考えすぎだよって言われて流されるかと思ったら、
二人とも思い当たることがあるのか真剣な顔になった。
「私、変なこと言ったね…笑われるかと思った。」
「いや、笑ったりしないよ。
姫さんがどうしてそう思ったのか聞きたい。」
「何となくというか、犠牲を出さないで平和を守るのは難しいよね。
この国も何度となく戦争になって、いろんなことを犠牲にしてきた。
これからも綺麗ごとだけじゃ守れないんだろうなって。」
「この国の歴史は戦争史と言ってもいいくらいだもんな。
穀倉地帯だから周りの国からは狙われ続けているし。
ここしばらく平和なのがめずらしいくらいだ。
だけど、姫さんがそんな風に考えているとは思ってなかったよ。」
私があんな育ち方をしたせいだろうか。
人の悪意を感じさせるものから遠ざけられている気がする。
大事に大事に守られて優しいものに囲まれている。
だけど、女王になるにはそこから目をそらしてはいけないと思う。
「この国の歴史、表側の歴史だけしか書かれていないの。
裏側、犠牲にされてきたことは無かったことになっている。
どうして全部書かないのかな…必要なことだと思うのに。」
王宮の図書室にある本を全部読んでみて、
この国の歴史は後ろめたい部分がすべて消されていることを知った。
誰がそうしろと命じたのかはわからない。
歴史の表側、綺麗な部分だけが残されていた。
「そういえば、そうだな。
辺境伯の屋敷にはチェルニア国時代の資料がたくさん残されていた。
その中には敵国だったユーギニス国の歴史も書かれていた。
チュルニアは食糧難になる度にこの国を奪おうとしていたから。
この国を守るため多くのものが犠牲になったはずなのに、
王宮の図書室に置いてある歴史書には書かれていなかった。」
「そうなのか?
…俺も綺麗な部分だけでは国は守れないとは思っているが、
歴史書を改ざんしているとは知らなかった。」
そうか、カイルのいた辺境伯領地はもともと他国だった。
この国に残されている歴史書を直しても、
他国からみたユーギニス国の歴史を直すことはできない。
「たとえば、結界の乙女…。」
「なんだ、それ。」
カイルの口から出た言葉に、時が戻ったのかと思った。
「辺境伯がチェルニア国だった時代、ユーギニス国は何度も戦争が起きていた。
チュルニアとココディアに狙われ、侵略されそうになっていた。
その時、ユーギニス国と他国との境に結界がいくつも作られた。
魔女と呼ばれていた乙女たちが魔石の代わりとなって張られた結界だ。
…魔力が尽きても命を燃やして結界を張り続けるものだ。
一人ずつ塔に閉じ込められ、死ぬまで結界を張って国を守った。
その犠牲になった魔女たちを「結界の乙女」と呼んでいたんだ。」
「ちょっと待て。魔女って、魔術師の女性ってことか?」
「そうだ。だが、今の魔術師とはかなり違っている。
魔女の家と呼ばれる場所に預けられ、魔女として育てられる。
魔女は生涯を魔女として生き、結婚することも子を産むこともない。
国を守るために生き、その命をも国に捧げてきた。
なのに、この国の歴史書には一言も魔女のことが書かれていなかった。」
「魔女という存在がいたのは知らなかったな。
魔石が無かった時代、人柱ってやつか…
国を守るために犠牲が必要だとはわかるが、さすがに吐き気がするな。」
「当時、貴族や平民もそう思ったらしい。
国を守るためとはいえ、王族は非情すぎると。
だからじゃないか。歴史書から消されたのは。
あまりにも体裁が悪いと思ったんだろう。」
王族が非情だったわけじゃない。
陛下が望んでそうしたわけじゃない。
それでも、そうしなければ守れないほど国が弱かった。
叫び出しそうになるけれど、両手で肩を抱きかかえるように押さえた。
…わかってもらえるわけがない。
…あの時代の悲しみを言ったところで、もうどうにもならない。
「…どうした、姫さん。
話を聞いて怖くなったのか?」
「…ううん。大丈夫。」
「顔色が悪い。無理するな。」
カイルに抱き上げられ、膝の上で横抱きにされる。
頬にふれたカイルの手が熱く感じられた。
「身体が冷えてる。寒かったのか?」
「姫さん用のひざ掛け持ってきた。ほら、掛けておけ。」
カイルの腕とひざ掛けで、少しずつ体温が上がってくる。
ゆっくりとこの時代の私を思い出すように、周りの音も戻ってきた。
あの頃の私とは別だ。私は…もう魔女じゃない。
…大丈夫、少し気持ちが引き戻されただけ。
渡された温かいお茶を飲むと、気持ちが落ち着いてくる。
「…どうしてカイルはそんなに詳しいの?」




