76(カイル)
夕食はいつもよりも静かなまま終わった。
疲れていたのか、ソフィアの食事量は少なかった。
大好物なはずの鶏のきのこソースがけも半分くらい残していた。
という俺もほとんど残してしまったのだが。
空腹を感じず、何一つほしくなかった。
ソフィアを寝室に送る役目もクリスに任せ、護衛待機室でソファに転がった。
…今さらながらクリスに役目を任せたことを後悔していた。
だけど、今二人きりになってしまったら、何をしてしまうかわからなかった。
ソフィアを俺だけのものだと一瞬だけでも感じたくて。
そんなことできるわけがないのに、抱きしめて閉じ込めたいと思ってしまう。
ぼんやりしていたら、戻ってきたクリスが呆れたように言う。
「思ってたよりもへこんでそうだな。アルノーの件か。」
「……。」
「もしアルノーが王配候補になるとしても、まだ先のことだろう。
姫さんがそんな簡単に決めるわけがない。」
「わかっている…わかってはいるんだが。」
「まぁ、わかってはいるが、気持ちは別だってことか。」
「…。」
簡単にクリスに言い当てられ、何も言えなくなる。
頭ではわかってはいた。
クリスと俺だけではなく、もう一人王配が必要になるってことは。
だけど、いつのまにかソフィアを俺だけのもののように感じていた。
クリスが王配にはなるがソフィアと閨を共にしないと言った日からだ。
それまではクリスも当然そういうものだと思っていた。
クリスも男としてソフィアを愛しているのだと。
王配が三人必要だということは理解していたし、
その一人にクリスが選ばれるのも当然だと感じていた。
だけど、そうじゃないとわかり、思った以上にほっとしてしまった。
思い返せばクリスはまるで親のようにソフィアを大事に守ろうとしていた。
俺が男としてソフィアを欲しているのにも気がついて、
それを応援するような発言もしていた。
ソフィアを恋人として愛していいんだと言われた気がして、
周りが見えなくなるほど思い上がってしまった。
女王になるのだから、俺だけのソフィアではいられない。
俺と閨を共にするのと同じように、他の男とも…。
それを受け入れるのが当然だと、前は思っていたはずなのに。
いつからこんな風になってしまっていたのだろう。
「……まぁ、そんな深く悩むなよ。
その時が来るまで受け入れなくてもいいんじゃないか。」
「簡単に言うなよ。」
「お前が悩むと姫さんが苦しむ。
だから、悩むのは俺の前だけにしておけよ。」
「……あぁ、そうだな。すまない。」
俺が悩む以上にきっとソフィアが悩んでいる。
しかも俺たちにも、誰にも相談できずに。
それなのに、俺がこれ以上悩みを増やすようなことはしてはいけなかった。
以前ルリがソフィアに聞いていたことがあった。
王配を二人にすることはできないのかと。
法を変える、もしくは特例としたらいいのではないかと。
ルリが言うには俺とクリスが揉めることはないのだし、
無理にもう一人増やさなくてもなんとかなると思ったらしい。
それに対してソフィアは無理だときっぱり答えていた。
自分がそうしたいからといって簡単に変えてしまえるような法ではないと。
前例を作ってしまえば、次の女王が困ることになる。
たとえばイライザのような者が女王になることがあったら、
ハイネス王子のような他国の王子に国を乗っ取られることもありえる。
その時に止められるのは同じ王配にいる立場の者だけだから。
王配が三人というのはちゃんと理由がある。そう説明していた。
その話をしていた時はなぜルリがそんなことを聞くのかわからなかった。
今ならわかる気がする。ルリは俺とソフィアのことを考えてそう思ったんだと。
しっかりしなきゃいけない。
俺がソフィアを支えると決めたのだから、こんなことで悩むようではいけない。
大きく息を吐いて起き上がる。
ソファに座り直すと、クリスが冷たいお茶が入ったグラスを渡してくれる。
「とりあえず、疲れている時に考えようとするからいけないんだ。
お前も姫さんも、忙しすぎて疲れている。
明日は休みにして、のんびりしよう。
リサとユナも心配していたからな。ちょうどいい。」
「休みに?」
「ああ。明後日から学園が始まる。
その前日だからな。少し休んだほうがいい。
ほら、俺も連れて行ってくれるって約束していただろう。
ピクニックに行こうぜ。」
いつも通りのクリスに肩の力がぬける。
忙しすぎて疲れている、確かにそうかもしれない。
「そういえば今度は三人で行くって約束していたな。
よし、料理長に明日の昼食をピクニック用にするように言ってくるよ。」
「それじゃ、俺はリサとユナに予定変更を言ってくる。
ついでにデイビットにも連絡してくるよ。」
「頼んだ…あと、ありがとう。」
「いいって。」




