71
アメリー夫人を公爵家まで近衛騎士に送り届けさせ、
ついでに公爵に呼び出し状を手渡ししてから二日後。
バルテン公爵が王太子室に来る日となった。
金髪紫目でずんぐりとした体型のヘルゲ・バルテン公爵は元は侯爵家の二男だった。
お茶会の一件をお祖父様に叱責され、前公爵は妻のしたことを深く謝罪した。
前公爵は真面目で贅沢を好まない性格だった。
だが、前公爵夫人は見栄っ張りで傲慢な性格だったために夫婦仲は悪かった。
前公爵は前公爵夫人を好きにさせすぎていたことを反省し、
すぐさま公爵領地へと夫人を送り、屋敷に幽閉することにした。
王妃になりたい、それが無理なら第二王子妃になどとわがままを言っていた娘は、
勘当するか婿を取るか選ばせ、すぐさま結婚させて屋敷に閉じ込めた。
バルテン公爵家の婿に選ばれたヘルゲは前公爵に従順で、
前公爵が生きている間はアメリー夫人もおとなしくしていたらしい。
それが十二年前、前公爵夫妻が亡くなった時から、
アメリー夫人の言動は少しずつ派手なものに変わっていった。
王都の夫人たちを集め公爵家の屋敷でお茶会を開くようになった。
新しいドレスを作り、贅沢なお菓子を用意させ、夫人たちを自分の傘下におさめた。
社交界で権力を握り、何一つ問題なくいっていると思っていたところに、
ココディアへ行く大使の話が来て焦っているのだろう。
公爵は顔色が悪いうえに汗をかいているのか、ハンカチでこめかみをぬぐった。
「呼び出しに応じ参りました。
ソフィア様…あの、用件というのは大使の件でしょうか。」
おそるおそると言った感じで尋ねてくる公爵に、ちょっと意外だと感じる。
こういう人は嫌な話はできるだけ誤魔化すかと思っていたのに。
「そうよ。夫人から聞いたかしら。
ココディアに夫妻で行ってもらいたいの。
年数はわからないけど…受けてもらえるわよね?」
「あの…ですが、今現在ユーギニス国にはココディアの大使がおりません。
わが国だけココディアに大使を送る必要はないのではありませんか?」
ふうん。公爵はそういう手で来たのね。
お母様が離縁してココディアに帰国し、それから新しく大使は送られてきていない。
そのことはわかっているけれど。
「向こうが大使を送ってこなくてもこちらが送らなくていいわけじゃない。
もし戦争になった時にきっかけを作ったのがどちらなのか、
周辺国に疑われるようなことがあってはいけないのよ。
こちらには非が無いと言えるようにしておかなきゃ。」
「戦争ですか!?同盟国なのに!?」
「何を驚いているの?
同盟国だからといって、戦争が起きないわけじゃないわ。
ココディアと戦争する前にも同盟を結んでたこともあったでしょうに。」
何を驚いているのかわからない。ココディアとは戦争と和解を繰り返している。
今同盟を結んでいるからと言って、これから戦争が起きないわけじゃない。
その時、こちら側は悪くないと他国に示さなければいけない。
そのためにもココディアへ大使を送らなければいけない。
もしココディアが我が国の大使を人質にとって戦争を始めれば、
他国へココディアが悪いと訴えることもできる。
「ですが…戦争するというのなら、なおさら大使になるのは…。」
「断るというのならそれでもいいわよ?」
断っていいと告げると、公爵はあからさまにほっとした顔になった。
よほどココディアに行きたくないか、夫人に断ってくるように言われたのか。
「そうですか…では、もうしわけ」
「バルテン公爵領からの税が納められていないのよね。
今年だけじゃないわ。去年も。ね、どうなっているの?」
「え?」
「私が王太子代理として仕事を始めてから、
バルテン公爵領の税は納められていないのだけど、大丈夫?
公爵領は三年税を納められなくなったら返上しなければいけないのではなかった?
デイビット、私が言っているのは間違っている?」
「いいえ、その通りです。
公爵領は他の領地よりも税を優遇されています。
そのため、他よりも厳しい制約があります。
災害もなく三年税を納められない場合は領地は没収され、
理由によっては爵位も取り上げになります。」
「わぁ、間違えてなくてよかった。
で、公爵はすぐに税を納められるの?
三年目の税を納める時期まで数か月しかないけど。」
「いや、あの、そんなはずはないのですが…。
補助金の申請もしてあるはずで、その補助金を税にまわすつもりで…。」
急に公爵領の税を言及されて動揺しているようだが、
公爵領から申請を出されている補助金を受け取れれば、
そのお金を税として納入すると説明する。
確かに申請は来ているし、その補助金の額なら税を支払える。
「それね、もう二年ほど申請を却下しているのに、見ていないの?
ちゃんと却下理由も書いて送り返しているのに。」




