70
「あら。アメリー夫人も出席予定だったのではないの?
体調が悪くて欠席されたようだけど。」
「…そうだったかもしれません。」
血の気がひいているのか真っ白な顔になった夫人に、
そういえばとお願いをすることにした。
公爵を呼び出した時に伝えるつもりだったけれど、
夫人が王家の血筋だとか使命だとか言うのならちょうどいい。
「そういえば、バルテン公爵夫妻に頼みたいことがあったの。」
「え?頼み、ですか?」
「ええ。ココディアを含め周辺諸国をまわって外交をしてくれている、
フリッツ叔父様たちが帰ってくるの。
代わりにココディアに大使を送る必要があるのだけど、
それをバルテン夫妻に行ってもらおうと思って。」
「え?わたくしたちが!?」
「大使って、王族か王家の血をひくものでなければならないのよね。
ほら、アメリー夫人は王家の血をひくのでしょう?
王家の血をひくものとして、使命を果たしてもらいたいの。
大丈夫、大使と言っても難しい仕事ではないわ。
ココディアの社交界に顔を出すだけでいいのよ。」
同盟国となった時の約束で、お互いに王家の血筋を送り合うことになった。
ココディアからは公爵家のお母様が、
ユーギニス国からは第二王子のフリッツ叔父様を。
お母様がココディアに帰った時点でフリッツ叔父様を戻しても良かったのだが、
ココディアを拠点に他国をまわって外交を続けてもらっていた。
「そ、それは…。」
「お母様もココディアの公爵家だったけれど、
サマラス公爵家はココディア王家の血をひいているからと。
味方がいないこの国に嫁いだのは王家の血をひくものとしての使命だったわ。
同じ公爵家のアメリー夫人にはできるわよね?」
「いや…え…あの…。」
「お母様が嫁いできたころ、お母様にこの国の社交を教えたのは、
前公爵夫人とアメリー夫人だったって聞いているわ。
夫人が大使としてココディアに行ったら、
今度はお母様が向こうの社交を教えてくださると思うわよ。
今はサマラス公爵家の兄嫁が亡くなったために、
お母様が女主人の代わりとして公爵家を取り仕切っているらしいわ。
ココディアの王妃の妹でもあるから、社交界の中心となっているみたいね。
良かったわね。アメリー夫人がココディアに行っても大丈夫だもの。」
うふふと笑って見せると、限界だったのかアメリー夫人は崩れ落ちた。
デイビットが笑いをこらえながら廊下に行き、近衛騎士を連れてきた。
「…公爵夫人はどうしますか?」
「そうね。公爵家まで送り届けてくれる?
ついでに呼び出し状を持って行って、公爵本人に渡してきてもらえないかしら。」
「ココディアの大使の話は本気だったのですか?」
「え?本気よ?いくらなんでもフリッツ叔父様とエディとエミリア、
王位継承権を持っている三人をこのまま他国に置いておけないもの。」
このまま私が王太子になると、フリッツ叔父様の立ち位置が危うくなる。
三人の誰かを祭り上げて他国が攻め込んでくることも考えられる。
そうなる前に呼び戻し、少なくともエディが成人するまでは国内にいてもらうことにした。
「わかりました。では、そのように手配します。」
「うん、よろしくね。」
振り返ったら、クリスが笑いをこらえきれずに笑い出した。
隣にいるカイルも苦しそうにしている。
「…もうアメリー夫人いなくなったから、笑っても大丈夫よ?」
「…くくくっ。いつから大使の話を思いついてたんだ?」
「んーとね、公爵夫妻はさっさとデニスに爵位を譲ってもらいたくて。
良い手はないかなーって思ってた時に、
フリッツ叔父様の帰国の知らせが届いてね。
じゃあ、フリッツ叔父様の代わりに人質になってもらおうって思って。」
「あぁ、そういうこと。ココディアとは開戦すると思っているのか?」
「そのつもりでいたほうが良さそうだと思って。
ハイネス王子の件で恨みを買っていると思うから。
…バルテン公爵夫妻を送り込んだら、お母様も仕返しすると思うし、
それで少しは気が晴れたりしないかしら?」
「その可能性はあるな。
かなり嫌がらせしていたらしいから。」
「ココディアから嫁いできたからって、
そこまで嫌がらせしなくてもいいと思うのに。」
「そうじゃないよ。あの人は自分が王妃になれると思っていたらしい。
公爵家の娘で、自分は一番美人だと思ってたから。
実際には王太子にかなり嫌われていて、
公爵家の一人娘だからという理由で婚約者候補にもなれなかったそうだけど。
結局、同盟のためにココディアからイディア妃が嫁いできただろう?
王妃になれなかった上に、イディア妃のほうがはるかに美人だった。
ただの逆恨みなんだろうけどね~。」
「そういうことだったんだ。」
そんな理由で敵国に嫁いできたお母様に嫌がらせをしていたのか。
…味方がいない場所に嫁いで、夫であるお父様には魅了の指輪のせいで嫌われて、
夫人や令嬢たちには受け入れてもらえなかった。
そのうえ愛人を殺されたとなれば…帰国したくなるのも無理はないか。
私を愛してくれなかったのはさみしいけれど、それも仕方ないかな。




