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学園も年度末を迎え、王太子の指名を待つばかりとなった頃、
バルテン公爵家のアメリー夫人が王太子室に押しかけて来た。
「バルテン公爵夫人がソフィア様に会いたいと押しかけてきてます。
東宮の入り口で止められていますが、どういたしましょうか?」
東宮を守る近衛騎士から報告を受けたデイビットが、
困惑した顔で告げたため、仕事の手を止めた。
「バルテン公爵夫人?」
思わずクリスを見ると、クリスも仕事の手を止め怪訝な顔をしている。
クリスの母親で、バルテン公爵家の一人娘でもあるアメリー夫人。
夜会の時に不満そうな顔をしていたのを覚えているが、
今さら何か文句を言いに来たのだろうか。
「…急に押しかけてきてソフィア様に会いたいだなんて無礼すぎます。
近衛騎士に追い返させましょうか?」
たしかに約束も無く東宮に押しかけて来るなんて公爵夫人でも無礼だ。
追い返したいところではあるのだが…。
「あのね、数日後にバルテン公爵に呼び出し状を送る予定だったの。
ここで夫人を追い返してしまうと、
王宮に出向いたのに追い返されたから行かないという言い訳されるかもしれない。
…問題はあるけれど、とりあえず会って話を聞いてみるわ。
公爵夫人をここに連れてきて。」
「わかりました。」
会いたくはないけれど、会わないと難癖付けられる可能性がある。
そう説明するとデイビットは外にいた近衛騎士に指示を伝えに行く。
「クリスはどうする?席を外す?」
「いや、ここにいるよ。
向こうがどう思おうが、俺はもう公爵家の人間じゃないから。」
「そう。わかったわ。」
しばらくすると廊下からざわめきが聞こえる。
静かに歩いてこれないのか、夫人が近づいてくるのがわかる。
近衛騎士が王太子室のドアを開けると、堂々と夫人が部屋に入ってくる。
入ってすぐに香水の匂いがわかるほど、強い香水をつけている。
むせそうになって、仕方なく風魔術を使い夫人の匂いを遮断する。
近くにいたクリスとカイル、デイビットにも匂いがいかないように遮断すると、
三人がほっとした顔になるのがわかった。
私だけじゃなく、三人もこの香水の匂いはきつかったらしい。
クリスと同じ銀髪緑目。
細身の長身美人ではあるが、クリスとはそれほど似ていない。
「ごきげんよう。ソフィア様。」
「ええ、バルテン公爵夫人、今日は何の用でこちらに?」
にこにこと微笑んで挨拶をしてきた夫人だが、
私以外の三人はそのまま仕事を続けていることに不満そうな顔をした。
公爵夫人が来たのだから、全員で相手しろとでも思っているのかもしれない。
だが、そんなことには気が付かないふりで、私も書類を手にしたままだ。
あくまでも仕事の合間に話を聞いてやるという姿勢を崩さない。
「そ、そうね。ソフィア様はまだ幼いですから、
これから王族としての仕事を覚えていくのも大変でしょう。
わたくしが公爵夫人としてソフィア様に教えなければいけないと思いましたの。」
「教える?夫人が私に?」
「ええ。まずはソフィア様はお茶会を開かなければなりません。
王都に屋敷を持つ領主の夫人と令嬢を呼んでお茶会をするのです。」
「お茶会…?」
急に何を言い出すのかと思ったら、お茶会?
しかも王都に屋敷がある貴族家の夫人と令嬢を呼ぶような大きなお茶会だと、
王家主催のお茶会ということになってしまうのだけど、
その意味をわかっていないのだろうか。
「そうですわ。本当なら王妃様や王太子妃様がこういうことを教えるのでしょうが、
ソフィア様にはどちらもいらっしゃらない。
わたしくは王家の血をひくものとして、
貴族の中で一番身分の高い女性として、ソフィア様に教えなければいけません。」
「王家の血をひくもの…ねぇ。」
王家の血をひくものというのなら、
この国のお茶会の役割くらい覚えていて欲しいのだけど。
呆れてしまっていると、私が大人しく話を聞いていると誤解したらしい。
夫人の声が少しずつ大きくなっていく。
「この国の貴族令嬢として、夫人として、
ソフィア様はお茶会で学ばなければなりません。」
「夫人や令嬢から教えてもらうことってあるのかしら。」
個人的に教えを乞うことはあったとしても、お茶会が必要だとは思えない。
いったい私に何を教えたいというのだろうか。
「まぁ、そんなことをおっしゃってはいけません。
皆、ソフィア様よりもたくさんの経験をしてきているのですよ?」
いや、それはわかるけれど。
令嬢として生きて嫁いだ夫人たちとは、私は全く別な人生を歩むことになる。
夫人のお茶会での話題は知ってるけれど、夫の浮気話や愛人を懲らしめた話…。
それだけならまだしも、夫人の愛人自慢となると…聞く必要ある?
「必要ないわ。少なくとも私は忙しくてそんな暇ないの。
見てわからない?今も仕事中なのだけど。」
手に持っていた書類をひらひらと振って見せると、
「まあ!」と夫人は大げさに驚いて見せた。
「ソフィア様がそんな仕事をする必要はありませんわ。
何のためにクリスがいると思っているのです。
政治なんて王配に任せておけばよいのですよ。」
「はぁ?」




