66(カイル)
自分で言いながらも陛下とは血のつながりが無いことを思い出したのか、
イライザの顔色が悪くなっていくのがわかった。
「だって…私は愛されている姫で、
この国を継ぐのは私だって…お父様とお母様が…。」
「今はもう、公爵夫妻もそんな馬鹿なことは言ってないだろう?」
第三王子だった公爵夫妻が野望を持っていたのは、
王都から追放される前の話だ。
今はもう、そんなことを考えるような余裕もない。
次に何かあったら秘密裏に処刑されて病死ということにされるだろう。
今頃はイライザのことを聞かされ、震えあがっているに違いない。
「……ソフィアのせいで王都から追放されて、
お父様もお母様もおかしくなっちゃって…。
お祖父様は私を愛しているはずなのに、目も合わせてくれなくなって。
全部全部全部、ソフィアのせいなのよ!!」
我慢しきれずに叫び出したイライザに、あぁと思う。
イライザも親の犠牲になった子なんだと。
洗脳されるように「お前は王女だ、イライザ姫だ。」と言われ続け、
誰からも愛されていると信じ切って育ってしまった。
父親と女官長がするのを正しいと思い、ソフィアを虐げ続けた。
イライザも可哀そうな子なのかもしれない。
だけど、それは九歳までの話だ。
そこから抜け出せたのに、抜け出そうとしなかったのはイライザだ。
「結局、最後まで周りの話に耳を傾けることはない、か。」
「なによ!みんなが私の話を聞かないんじゃない!」
「平行線、だな。もういいだろう。魔力封じをつけよう。
そのまま押さえておいて。」
これ以上話しても仕方ないと、女性騎士に押さえつけてもらって、
魔力封じの首輪をイライザにつけて俺とデイビットとヨルダンの魔力を流す。
首輪が変形して、留め具が溶けて見えなくなる。
もう一度魔力を流さなければ留め具は出てこないし、
刃物で切ろうと思っても切れるようなものではない。
「魔力を封じるとともに、これには国外追放の魔術も込められている。
一度国境を越えたら、二度と戻ってこれない。」
「え?…国外追放……?」
きょとんとした顔のイライザに、そういえば国外追放の話をしていないと思い出す。
「…夜会で陛下に結婚の許可をもらっただろう。
イライザはハイネス王子とともに、ココディアに移送される。」
「はぁ?…え?…ハイネス王子と結婚?ココディアに!?
嫌よ!ハイネス王子と結婚なんてしない!
私よりソフィアを選んだハイネス王子と結婚なんてするわけないじゃない!」
そういえば、ハイネス王子はイライザに王位継承権が無いと知ると、
ソフィアと結婚すると言っていたな。
イライザにしてみれば裏切られたってとこか。
だが、そう言ってもな…。
「ハイネス王子との結婚もココディアに行くのも確定している。
イライザ、お前が処刑にならないのは、
お前の腹にハイネス王子との子がいるからだ。
ココディアの王族の血を処刑するわけにはいかない。
お前が助かったのはそのおかげだからな。」
「え……子?」
「レンキン医師から聞いてないのか?」
「うそ…子なんて…いや…いやよ…。」
「おい、どうした。」
「いやぁぁぁぁ。いや、気持ち悪い。殺して、お願い、お腹の中の子を殺して!
ココディアなんて行かない。お父様とお母様のところに帰して!
いやよ!いやぁぁぁぁぁぁああ。」
泣き叫んで首を振り続けるイライザに、女性騎士が数人がかりで取り押さえる。
それでも暴れ続けるイライザに、仕方なく眠る魔術をかける。
ぐったりと身体の力が抜けたイライザは、泣きわめいたせいで化粧が落ちていて、
その素顔は九歳のイライザと変わらないように見えた。
間違ったとわかっていても、そのまま信じるしかなかったんだな。
理解はしても、共感も同情もしない。
イライザが間違った道を進んだせいで、犠牲になった者たちがいるのだから。
それにイライザの言葉を信じ、人生を狂わされた者もいる。
イリアたち学生三人も、ハイネス王子とイライザの計画を手伝ったと認定された。
学園内でソフィアの悪評を広めていたことがわかったからだ。
三人は学園を退学することになる。
イリアはそのまま辺境伯に移送され、辺境伯領地から外に出ることは許されない。
「イライザ様は… 最後まで自分の罪を理解しませんでしたね……。」
近くにいたヨルダンがそうつぶやいた。
ヨルダンは父親のオイゲンから保護された頃のソフィアの状況を聞いている。
今泣き叫んでいたイライザよりも、過去のソフィアに同情しているようだ。
「…後はもうココディアに移送するだけですから、
これでソフィア様が悩むことが少なくなると思うとほっとします。」
学園での悪評を消すのに一役買っていたデイビットは心からほっとしたように話す。
ヨルダンとデイビットを立会人に選んだ陛下は正しかったと思い、
三人で貴族牢と出て謁見室へと報告に向かう。
後味が悪いままではあるが、この役目をするのがソフィアじゃなくて良かった。
あの悪意をぶつけられたのが自分だったことで、少しは守れただろうかと思う。
「ココディアの王妃は末のハイネス王子を一番可愛がっているそうだ。
この件でハイネス王子は表に出られなくなるだろう。
…お腹の中にハイネス王子の子がいるとはいえ、
大事な息子の将来をつぶしたイライザをどう思うか…。
優しく迎え入れられることは無いだろう。」
「そうでしょうね。…そう思えば少しはすっきりします。」
「このまま国外追放だけなんて納得しませんからね。」




