65(カイル)
翌日、再度謁見室に向かうと、そこには王太子室付きの文官デイビットと、
もう一人の立会人として近衛騎士のヨルダンもいた。
近衛騎士のヨルダンは近衛騎士長のオイゲンの息子で、
将来は父親の後を継いで近衛騎士長になると言われている騎士だ。
侯爵家の二男で三十を過ぎているが、先日結婚したばかり。
専属護衛として俺とクリス、影の三人が姫様のそばに常時いるが、
その周りでは近衛騎士が王宮の廊下や東宮の警備を担当している。
ヨルダンは姫様が女王になった時には謁見室につくことになる。
つまり、デイビットとヨルダンは姫様に近い立場の人間だ。
陛下がこの二人を選んだのは、イライザに影響されないようなもの、
姫様を守る覚悟があるものを選んだということなんだろう。
陛下から魔力封じの首輪を受け取り、イライザがいる貴族牢に向かう。
貴族牢の中に入ると、そこは想像よりも荒んでいた。
牢と言っても、貴族が一時的に入る部屋で、通常の客室とさほど変わらない。
部屋の中と外に騎士が常時つくことになるが、部屋の設備は整っている。
なのに、カーテンは破かれ、物書き用の机と椅子は倒され、
テーブルの上には壊れた何かが散乱している。
イライザが暴れたのか、手足を拘束されて女性騎士に押さえつけられていた。
口には布が巻かれていて、声を出せないのかうめき声が聞こえてくる。
目はうつろなのに血走っていて、暴れていたせいか顔が赤い。
髪が一房ほど汗で頬に張り付いたままだった。
夜会の時に着ていた濃い水色のドレスは不敬だと思われたのか、
クリスの魔術でずぶぬれになったせいなのかわからないが、
茶色の地味なワンピースに着替えさせられていた。
「……何があった?」
近くにいた騎士に聞くと、うんざりしたように答えた。
「貴族牢に入れた時は静かだったのですが、
急に叫んだかと思ったら暴れ出して…周りの物を壊し始めました。
力尽きると倒れるようにして眠るのですが、起きるとまた暴れ出して…。」
貴族牢の中にも騎士を配置するのが義務付けられているとはいえ、
これだけの騎士が集まっているのはおかしいと思った。
女性騎士が四人、男性騎士が三人も部屋の中にいた。
既定の人数では押さえられなかったのかもしれない。
それほど広くない貴族牢の部屋に、俺たち三人も含めると十一人もいる。
熱気なのか、じっとりとした空気を入れ替えたいが、
窓を開けることは許されていない。
早くやることを終えて出たほうが良さそうだ。
「口の布は叫び出さないようにするためか…。
少し話をしなければいけないから、口の布だけ外してくれ。
イライザ、叫ぶようならまたすぐに布をまく。
言いたいことがあるのなら、叫ばないように。いいな?」
イライザから返事らしい対応はされなかったが、
うめき声がやんだので聞こえているのだと判断し布を外させる。
布を外した後もイライザは一言も話さず、ただこちらをにらみつけていた。
「イライザの処罰が決定した。
魔力封じの首輪をつけさせてもらう。
俺たち三人が立会人となる。」
「…どうしてよ。どうしてお祖父様はここに来てくれないの?」
「陛下が?罪人と会う理由なんて無いだろう。」
まだ陛下がなんとかしてくれるとでも思っているのだろうか。
ここには来ないと告げると、悔しそうに唇を噛んだ。
「じゃあ、ソフィアを呼んで。
最後に文句を言わなきゃ気が済まないわ。」
まだ自分は悪くないと思っているのか…。呆れるしかない。
いつまでソフィアをハズレ姫と呼んで、蔑めばいいのか。
学園でもイライザに苦言を呈するものはいたはずなのに。
「……寒さに強い小麦。」
「…?」
「通常の三倍軽く運べる水瓶。
強風で稲が倒れないように風を弱める結界。
広い範囲に水を撒くことのできる魔石。」
「…なんなの?」
「魔獣が近寄ったら鳴る警告。
警告が鳴ったら派遣できる騎士団の配置。」
「だから、なんなのよ!」
読み上げるように言い続ける俺にイラついたのか、イライザが声を張り上げた。
「これらはソフィアが平民のために作り出したものだ。」
「は?」
「お前が勉強をさぼり、自分の境遇を嘆いている間に、
ソフィアは王太子代理の仕事と学園での勉強を両立させ、
その上で平民の生活が少しでも楽になるようにと研究し続けている。
お前は自分が王女だと言い続けているが、
何か一つでもこの国のためになることをしたのか?」
ソフィアが何か動くたびに平民の暮らしは楽になっていく。
ただ平民の生活が楽になっただけではない。
死亡率が下がり、生産率が上がったことで国に治められる税も増える。
それをまた平民の生活のためにソフィアが使うことでまた国力は上がる。
知らないで使っていても、そのうちどこかでソフィアが作り上げたものに気づく。
この国の民は、ソフィアがしてくれたことを知り始めている。
…ハズレ姫が、どれだけ国のために努力しているかを。
その一方で、イライザ姫の噂は消えかかっている。
期待されていたのはとうの昔で、イライザ姫自身が何かしたわけでもない。
平民は自分に関わりのない貴族の話には興味を持たない。
忘れられたとしても当然の話だ。
「…する必要なんてないわ。
私はお祖父様に愛されて…いるのだから……。」
「まだそんなことを言って。陛下とは何の関係もないと言われたのを忘れたのか?」
自分で言いながらも陛下とは血のつながりが無いことを思い出したのか、
イライザの顔色が悪くなっていくのがわかった。
「だって…私は愛されている姫で、
この国を継ぐのは私だって…お父様とお母様が…。」




