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謁見室から私室に戻り、夕食を食べ終えてもカイルとはぎこちないままだった。
湯あみを終え、寝室に行こうとしたら、しびれを切らしたクリスに叱られる。
「あぁ、もう。これ以上こじらす前にちゃんと二人で話せ。
ほら、カイル。姫さんを寝室に送り届けて、ついでに話してこい!」
「え?」
「…わかったよ。ほら、姫様行こう。」
「う、うん。」
差し出された手を取って、カイルと一緒に寝室へと向かう。
もうすでに夜着だし、寝室で話していいのだろうかと迷うけど、
カイルは私の夜着姿なんて見慣れているだろうし今さらかと思う。
リサとユナもすっといなくなってしまっただけでなく、
天井裏にいた影たちの気配も消えた。
二人きりになってしまうと、またカイルが黙り込んでしまう。
「……。」
「あのね、カイル…昨日はごめんなさい。
なんだかイライラしちゃってて…
知らない間に酔ってたせいかもしれないけど…、
自分でも何がどうしてああなったのかわからなくて。」
「全部、覚えてるのか?」
「全部かどうかはわからないけど、覚えていると思う。」
思い出せる限り思い出したと思うけど、
最後はカイルに抱っこされたまま寝ちゃったから、
どこが最後かはわからないけど…ずっと困らせてたのは覚えてる。
「…何がそんなに嫌だったんだ?イライラしてたって。」
「多分、カイルが令嬢たちに囲まれてて…。
クリスがきっと愛人希望の令嬢たちだろうって。」
「あぁ、見てたのか。
そういえば愛人がどうのこうの言ってたな。」
寝台のすみに座ったカイルの横に座ると、
引っ張り上げられるように膝の上に乗せられた。
後ろから抱きかかえられるとやっぱり子ども扱いなんだなと寂しくなる。
「夜会でカイルを囲んでた令嬢たち、辺境伯の人だよね。
わざわざ夜会に来たのはカイルに会うため?」
「そうらしい。上の兄二人に子どもができないから、
俺の子どもを跡継ぎにするって…父上が言ったらしい。」
「え?」
「俺のことを息子だと思ってなかったくせに、
陛下から手紙が来て王弟の孫だってわかったら手のひら返しだ。
あの令嬢たちを孕ませて辺境に戻せってさ。」
「そんな…。」
不貞の子だと忌み嫌っておきながら、そんなことを言うなんて。
…それが貴族の考えなのかもしれないけれど、納得できない。
今までカイルを蔑ろにしていたのに、自分たちのいいように利用しようだなんて。
「もちろん断った。もう俺のほうが父上よりも身分が上だ。
命令されても言うことを聞く必要はない。
そう言って断ったから、もう来ないと思う。」
「そっか…。カイルは愛人必要じゃない?
あ、辺境伯の人は関係なくてね…。」
令嬢にもててると聞いて、やっぱり心の中が落ち着かない。
もし愛人を持ったとしても、王配でいてくれることに変わらないと思うのに。
「愛人は持たない。」
「いいの?そういうことしたいと思わないの?」
性的な欲求を感じないクリスと違って、
カイルはそういう欲求あるんじゃないだろうか。
私のせいで我慢させてしまっているのは良くない。
カイルのためにも愛人を認めなくちゃいけないんだと頭ではわかっている。
…なのに、どうしても嫌だと思う気持ちを捨てられない。
「そうだな…思わないわけじゃない。
そういうことをしたい気持ちはあるよ。」
やっぱり。カイルだって男性なんだし、それが普通だよね。
認めてあげなきゃいけないんだよね…。
「ただし、誰とでもしたいわけじゃない。
俺はソフィアができるようになるまで待つ…つもりでいる。」
「え?」
「ソフィアが子どもだから待つっていう意味じゃないからな。
ちゃんと心の準備が整うまで待つ。」
「私の心の準備?」
思わず振り返って見上げたら、額に口づけされる。
「えっ。」
「…驚いてるってことは、昨日したのは覚えてないな。
こうして何度も口づけしたら喜んでたんだけど。」
「おぼ…えてない…何度も?」
「うん。もっとしてっていうから。」
そう言いながら、今度はこめかみ辺りに口づけされる。
ちゅって音が耳元で聞こえて、どうしようもなく恥ずかしくなる。
「ほらな、これくらいで真っ赤になってる。
…ゆっくりでいい。だけど、もう婚約者になったんだ。
少しずつ俺に慣れていってほしいい。」
「…うん。」
額に、頭のてっぺんに、両頬に、少し硬いカイルの唇があてられる。
自分が大人扱いされていることに混乱してめまいがしそうだ。
「そんなに不安そうな顔しなくていい。ゆっくり、な。」
「ん…。」
なんだかカイルが急に知らない人になったみたいで少し怖くなる。
それに気が付いたのか、ふわりと笑ったカイルはいつもの雰囲気に戻った。
もうおしまいといった感じで横抱きにされて、包み込むように抱きしめられる。
大きくて暖かい腕の中が気持ちよくて、そのまま力を抜いて目を閉じた。
「今日はここまでかな……おやすみ。」




