60(カイル)
いったいどうしてこうなったのかと思いながら、
首に抱き着いたまま離れない姫様を、
しっかりと抱き直して膝の上に座らせる。
髪をなでたり、背中を軽くたたいたりしてあやそうとすると、
子ども扱いが気に入らなかったのか姫様が泣きそうになる。
大人を相手にするように泣きやませるって難しいと思いながら、
額に口づけるとおとなしくなった。
それが気に入ったのか、もっとしてと言われると、
こっちが泣きたいくらいだと思いながらも頬に唇をあてる。
そろそろ理性が無くなりそうだと思った時、
姫様の身体の力がぬけて眠ったのがわかった。
「…かんべんしてくれ。」
抱き上げて寝室へと連れて行き、とりあえず寝台の上に乗せる。
夜会用のドレスを着たままだし、化粧もしている。
あとはリサとユナがなんとかしてくれるだろう。
あ、広間に連絡しなければと思い出した時、
私室のドアが勢いよく開いてクリスが飛び込んできた。
「いたか!!」
「あぁ、姫様は寝ているから静かにしてくれ。」
「…良かった。どこに転移したのかと思った。
私室で助かったよ。
で、姫さんは寝たって…何があった?」
「俺がいない間、誰か姫様に酒を飲ませなかったか?
あれはどう見ても酔っぱらいだったぞ。」
「酒?そんなはずはないけど…後で確認しておくよ。
で、酔っぱらいの姫さんが何したんだよ。」
はぁ…転移した姫様をさがして走り回っていただろうクリスは、
汗をかいているがにやにやと楽しそうな顔をしている。
その期待に応えるのはしゃくだが、
こんなことを相談するとしたらクリスしかいない。
「俺も胸が大きいほうがいいのかと聞かれた。」
「は?あぁ、まだ気にしてたのか。」
「急にそんなことを気にしだすから、
姫様が好きな男が胸が大きいほうがいいとか馬鹿なことを言ったのかと思って、
そいつは誰だと聞いたんだが…。」
「はぁ?そんな男いるわけないだろう。
俺たちがずっとそばにいるのに、そんな馬鹿な男を近寄らせるわけがない。」
「ああ。結局は俺の誤解だったんだが…。
……大人になったら姫様を抱くのかと聞かれた。」
言った瞬間、顔に熱が集まる。
話したことを後悔しそうになるが、これを言わないと相談にならない。
おそるおそるクリスの様子をうかがうと、意外にも真面目な顔で悩んでいた。
「…他には?」
「子どものままだったら抱けないかと…ちょっと様子がおかしかったかな。
俺が離れるのを嫌がって、抱き着いてくるからいつものようにあやしたんだが、
子ども扱いされるのも嫌がって大変だった。」
「あぁ、なるほどね。
…事情を全部説明するのは嫌だが、これだけは言っておくよ。
俺は王配になっても姫さんを抱くことは無い。
これは姫さんも納得している。
つまり、学園を卒業してこのまま結婚した場合、
初夜はというか閨の相手は全部カイルになるから。」
「はぁ?」
「それに、姫さんがそういうこと言うってことは、
姫さんが閨の相手はカイルが良いって思ってるってことだろう。
姫さんは大人びているくせに、そういう点では成長が遅い。
少しずつ意識してきたってことかもしれない。
…素直に喜んだらいいじゃないか。
にやけた顔を真面目な顔にしようとしても変な顔になるだけだよ。」
「……うるさいな。」
「そろそろ自覚したんじゃないの。」
「自覚なんて、とっくにしてたよ。
ただ、俺は待つつもりだったんだ。
姫様が精神的に大人になって、そういうことを望むようになるまで。」
「そう?じゃあ、問題ないな。」
「…起きたら忘れているんじゃないか?
まぁ、その時は…また気長に待つけど。」
「気長に、ね。さすがに何年も待っているだけあるな。」
「うるさいよ…リサとユナに連絡してくる。
クリスは姫様のそばについていてくれ。
俺はちょっと頭を冷やしてきたい…。」
「いいよ。…まったく…姫さんに何をしたんだか。」
さすがに最後に口づけしてたのはクリスに言うつもりは無かったが、
何となく察したのかにやりと笑う。
それに答えることなく、軽く手を振って廊下へと出た。




