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カイルを下敷きにして、上に乗っかる形で転移先に落ちた。
何が起きたのかわかっていないカイルは、周りを確認しようと起き上がろうとする。
それを無理やり押し倒す形で力を込め、ソファと背中を魔術でくっつけておいた。
これなら押さえているのが非力な私でも簡単に起き上がることはできないはずだ。
「えっ。ちょっと、姫様!どういうことだ?
勝手に転移させたな?…っ、ここ姫様の私室か。」
どこでもいいと思って飛んだけど、一番落ち着く場所、
私室のソファの上に転移したらしい。
自分たちがどこにいるのか確認したせいか、
カイルはようやく落ち着いてため息をついた。
「勝手に部屋に戻っちゃったから、クリスに怒られるぞ…。
リサもユナも突然消えたから驚いてるだろうな。
廊下にいる近衛騎士に頼んで広間にいるみんなに早く知らせないと。
どうした?やっぱり体調悪かったのか?」
「カイルも…やっぱり胸が大きい令嬢のほうがいいの?」
「は?」
「ねぇ、やっぱり大人のお姉さんのほうがいいの?
愛人にしてって、言われたんでしょう?」
「うわっ。ちょっと待って、落ち着けって。
…もしかして酔っぱらっているのか?」
「酔ってなんて無いよ!お酒なんて飲んでないもん!」
カイルの上に乗ったまま騎士服の胸の辺りをつかんで詰め寄ると、
慌てたように後ろに下がろうとしたが、
ソファの上で横になっているカイルには行き場所が無い。
そのまま動けずにあわあわしている。
「やっぱり私って色気も胸も無いし、
いつまでもやせっぽっちで…子どもみたいだよね…。」
自分で言ってて落ち込んでくる。
優しいカイルにこんなことを言ったらそんなことないって慰めてくれると思うし、
愛人なんて作らないでって言ったら断ってくれるかもしれない。
…私が子どもで、わがままだから。
「なんでそんなこと言うんだ?
色気とかなんのために欲しいんだ?」
優しく慰めてくれるはずと思っていたのに、
カイルから聞こえてきたのは低くて少し怖い声だった。
「え?」
「だから、急になんでそんなこと言い出したんだ?
前も馬車の中で似たようなこと言ってたけど、
なんのためにそんなものを求めているんだ?」
「え?…なんのため…?」
「そうだ。誰のために胸が大きくなりたいだなんて思ったんだ。
そいつを説教するから言うんだ。
誰がソフィアをそんなつらそうな顔にさせたんだ?」
「…誰のため…?」
「…違うのか?
俺はソフィアが好きな男でもできたのかと思って…。
そんな馬鹿なことを言う奴ならぶん殴ってやるつもりで聞いたんだが…。」
誰のために大きな胸と色気が必要って聞かれて、
そういえばなんで胸や色気を欲しがってたんだろうと思う。
イライザに馬鹿にされて、ハイネス王子にも好みじゃないって言われて、
確かに腹は立ったけれど…二人のために欲しいと思ったわけじゃない。
私は…どうしたかった?
「……カイルは大きい胸や色気がある令嬢がいい?」
「そうだったら今まで好きなだけ手を出してきただろうな。」
「…もしかして、今までも令嬢に言い寄られてた?」
「あほみたいにな。断っても断っても別な奴がくる。
嫌がらせかと思うくらいだ。
しかも、なんでかあいつらはクリスにはいかないし。
クリスにも行けば被害は半分で済むと思うのに。」
「…。」
それについては多分クリスが令嬢よりも美人だから寄っていかないんだと思う。
自分よりも綺麗だから勝てないって思っちゃうんだろうな。
それと…もしクリスに言い寄ったとしても半分にはならないと思う。
おそらくそういう令嬢は両方に言い寄ると思うから。
なんてことを考えていると、
いつのまにか起き上がったカイルに両頬をはさむように掴まれる。
「好きな奴のためにそんなこと言ったんじゃないのなら、
そんなにハイネス王子がイライザを選んだのが嫌だったのか?」
「ううん、そのことはどうでもよかった。
ハイネス王子嫌いだし、イライザと結婚するならそれでよかったし。」
「じゃあ、なんでこんな事こだわってたんだ?」
「…なんでだろう?」
間近で私の目をのぞきこんでくるカイルに、
自分がどうしたかったのかわからなくなっていく。
カイルの目、綺麗だな。
私の両頬にふれる手が、同じように誰かにふれることがあるのかな。
少し硬そうな薄い唇で優しい言葉をかけたりするのかな。
…誰かにこの唇をふれさせることがあるのかな…私以外の誰かに。
いつか、それを知るのは嫌だな…。
「ソフィア?」
「私が大人になったら、カイルは私を抱くの?」
「は?」
「王配になるって、そういうことでしょう?
…ずっと子どものままだったら、そんなことできない…?」
「…いや、ちょっとまて。ちょっと離して?な?」
驚いてめずらしく目を見開いているカイルに身体を離されそうになって、
少しでも離れたくなくて首にしがみつく。
「やだぁ!離れちゃやだ…。」
「わかったから!離さないから…落ち着けって。」




