58(カイル)
「カイル様…分家のルルと申します。
こうしてお会いできて光栄ですわ。」
「カイル様、愛人はぜひ私、アミアにしてください。
なんでも好きにしてくださっていいのですよ?」
「ルル、アミア、独り占めは無理よ。
カイル様はこんなに素敵な殿方なのですもの。
三人で可愛がっていただきましょう?
カイル様、リリーナです。このままお部屋に参りましょうか?」
甘ったるい声と香水の匂いにうんざりする。
ユーギニス国の令嬢も、辺境伯領の者たちもこういうところはそっくりだ。
隙あらばさわってこようとする令嬢たちを避け、
面白そうにながめていた兄上をにらみつけた。
「どういうつもりなのかはわからないが、断る。
俺に愛人など必要ない。お前たちも離れろ。」
断られてもにこにこと笑いかけてくる令嬢たちに、
半笑いの兄上も全く理解できない。
どうして俺がそんなことを承諾すると思っているんだ。
「お前の意見などどうでもいい。
俺だって完全に納得したわけじゃないが、仕方ないだろう。
跡継ぎが誰もいないんじゃ困るからな。
父様の言うとおりにするんだ。いいな?」
「俺はもう王族だ。
辺境伯の命令など聞く理由が無い。」
「なんだと!父様への恩を忘れたのか?」
「恩なんてあるか。母様を無実の罪で殺したのはお前たちだ。
知ってるぞ。あんたも自分の母親を罵倒して殺した一人だ。」
「…っ。」
俺が産まれた時、一の兄は七歳。二の兄は五歳だった。
言っていることを理解していたどうかはどうでもいい。
周りの大人たちが母親を寄ってたかって責め立てるのを庇いもせず、
大人に言われるままに「ふしだらな女」「裏切り者」などと一緒に罵っていたらしい。
辺境の分家に産まれ、親の言うままに辺境伯に嫁いだだけ。
男子三人を産み、本当ならば何一つ問題ない結婚だったのに。
三人目の俺が王家の色だったことですべてが変わってしまった。
誰も味方がいないどころか、自分の息子たちにまで罵られるとは。
産後の身体を労わることなく、小さな部屋に押し込められるようにされ、
最後はみじめな死だったと聞いている。
「俺は忌み嫌われていたことを忘れない。
あんたは俺に石を投げつけてまで追い払っていたじゃないか。
お望み通り辺境伯領地から出たというのに、何が不満なんだ。
俺はもう二度とあんたらとは関わらない。
さっさと俺の目の前から消えろ。」
「か、カイル…。」
「あぁ、俺の部屋に女を寄こすとか言ってたな。
俺の部屋はソフィア様の私室にある護衛騎士の待機部屋だ。
入ろうとした瞬間、近衛騎士に捕まるだろう。
それでもいいなら、夜這いしてみるんだな。
俺は絶対に相手なんてしないけど。」
近衛騎士に捕まると聞いて、令嬢たちの顔色が悪くなる。
辺境伯に命令されてここまで来たのだろうが、ここは王宮だ。
辺境伯よりも国王の力が強いことくらい、彼女たちでも理解しているだろう。
話を終えても追いすがろうとしてくる兄上をにらみつけ、
すぐに姫様のもとへと戻った。
せっかくの氷菓が溶けてしまう。
急ぎ足で休憩室に戻り、姫様の前へと氷菓を置いた。
「姫様。待たせてごめん。
氷菓、二種類あったから両方持ってきた。」
「…ん。ありがとう。」
…喜ぶと思ったのに、姫様はうつむいたままこちらを見ない。
体調でも悪いのかと、姫様の近くに行って跪く。
顔を覗いたら真っ赤で、やっぱり熱があるのかと頬を押さえて確認を取る。
次の瞬間、両手をつかまれたと思ったら、目の前の景色が歪んだ。
は?強制転移だと?しかも姫様も一緒に??
何か柔らかいものの上に背中から落ちたと感じ、周りを見てみたら、
見慣れている姫様の私室のソファの上だった。
姫様は俺の身体の上に乗っかる形で落ちたから痛みはないだろう。
転移した先が王宮内だったことで一応はホッとする。
あのまま二人だけで知らない場所に飛んでいかなくて良かった。
護衛の問題もあるし、急に会場から消えてクリスたちも心配しているはずだ。
影すらついてこれていない。
何も告げずに強制転移したのだから当然と言えば当然だが。
今頃夜会の会場にいる近衛兵たちも必死で探しているだろう。
ここならすぐに近衛騎士に頼んで知らせてもらえる。急いで知らせよう。
起き上がろうとしたら、上に乗っている姫様に両肩を押さえつけられ、
ソファに背中を括りつけられてしまった。
…姫様ほど魔術の才能が高いと俺では抵抗できない。
さっきの強制転移といい、いったい何が起きている?




