57(カイル)
一度だけ影の修行をしている時に夜会の警備もしたことはあるが、
こうして貴族の一員として出席するのは初めてだ。
それも王配候補、姫様の婚約者として紹介されるとあって、
さすがに緊張した状態で入場した。
開始直後のハイネス王子とイライザのやらかしは予想していたし、
これで周りが静かになるとほっとした気持ちでいた。
挨拶の最中に姫様に下心があるような発言をしたものや、
見下した言動があったものは名を覚えておいた。
陛下が数年かけて譲位する準備をすすめろと言っていたが、
こういったものたちを排除しろということなんだろう。
ただでさえ若い姫様が王太子となり、女王になるには、
古い体質のままで変わろうとしない者たちが邪魔になる。
陛下の力が使えるうちになんとかしなければならない。
どうやら最初の排除対象はバルテン公爵家に決まったようだ。
クリスの両親ではあるが、良い関係では無いのは俺でも気が付いている。
姫様はクリスから話を聞いているからだろうか、
公爵家のクリス扱いをされて怒りが収まらないようだった。
…ここで俺の父上と兄上たちに会うようなことがあれば、
陛下でも姫様を止められなかったかもしれないなと思った。
辺境伯領地からわざわざ夜会に出席するために出て来るとは思えないが。
退出させられてしまったが、イリアが代理で出席していたのだろう。
辺境伯の者は誰も挨拶に来なかった。
貴族からの挨拶を終え、陛下から姫様を休憩させるようにと指示される。
王族とはいえ、まだ十五歳の王女だ。
休みなしに挨拶を受け続けていれば疲れただろう。
姫様用に休憩室にケーキや焼き菓子が置かれているというので、
夜会の会場内に作られた王族の休憩室へと向かう。
姫様はソファに座るとやっぱり疲れていたのか、
深く沈むように力を抜いてソファに身体をもたれさせた。
ここ数日は準備に追われて寝不足だったようだし、早く休ませたい。
リサがお茶を淹れ、ユナがケーキを準備していると、
休憩室に置かれている菓子に氷菓がないとユナが言い出した。
食欲がない時でも氷菓ならなんとか食べてくれるので、
姫様が疲れている時に料理長が良く出している。
とりあえずケーキを食べるようだが、
料理長おすすめの氷菓が無いと知って姫様ががっかりしたのがわかった。
料理長が食べて欲しいと言ったのに休憩室にないとは。
急に人数が増えてしまったことで手違いがおきたのかもしれない。
貴族用の菓子台に置かれているかもしれないと広間を見渡すと、
端のほうにある菓子台のケーキの近くにそれらしいものがあるのが見えた。
「あぁ、あそこに置いてあるみたいだ。
俺が行って、取ってくるよ。」
誰かに頼んで取って来させればいいのだろうが、俺が行って取ってきたほうが早い。
クリスが姫様のそばについているし、近衛兵たちが囲んでいる休憩室の中なら安全だろう。
そう思って広間の端まで取りに行き、氷菓の皿を取ると後ろから話しかけられた。
「カイルか?」
「……。」
振り返ったら、ここにいるはずのない二番目の兄上が立っていた。
挨拶に来ていなかったから、夜会に出席していないのだと思っていたのに。
辺境伯領地のものを連れているらしく、そばにいる令嬢たちも黒髪だった。
「夜会に来ていたのか…。」
「到着するのが遅れてな。さっき着いたんだ。
夜会に出席するためというよりも、お前に会いに来たんだ。」
今着いたと言われ納得した。
イリアのことを知らないからこうして夜会に出席できているのだろう。
後妻の子とはいえ弟が取り調べを受けるために拘束されていると知ったら、
事情を聞きに行くか抗議するだろうと思う。
今ここで俺が言うのは騒ぎになるかもしれないとイリアのことは黙っておくことにした。
「俺に何の用なんだ?」
「…父様へ陛下から手紙が届いた。
お前が不貞の子じゃないと知って喜んでいた。」
「…は?」
俺を姫様の婚約者だと公表するにあたって、父上に手紙を書いたのは聞いていた。
父上が前王弟の息子であること、前辺境伯と騎士団長の結婚は形だけだったこと。
俺が銀髪碧眼で産まれたのは、前王弟に似たせいだということを書いたと。
それを読んで少しは後悔するだろうかと思ったが、喜んだ?
今さら、どの面でそんなことが言えるんだ?
呆れて何も言えずにいると、兄上はそんな俺にかまわずに話しかけてくる。
「実は兄様にも俺にも子がいない。
結婚して何年もたつのに、跡継ぎができなくてな…。
父上が、それならばお前の子に継がせてもいいだろうと。
分家の令嬢を連れてきた。
どの子でもいい。いや、全員を愛人にしてもかまわないそうだ。
とにかく子を作れ、との命令だ。」
「…は?俺に子を作れ、だと?」
あれだけ忌み嫌い、息子だと認めることも無かった俺に、
辺境伯を継ぐための子を作れだと?ふざけているのか?
「ああ。お前もうれしいだろう?
父様がお前のことを息子だと認めてくださったのだ。
この令嬢たちはお前の部屋に行くように言ってある。
全員を好きにしてくれ。
何、子ができたら辺境伯領地に戻してくれればいい。」
怒りのあまり固まっている俺が動かないのをいいことに、
兄上の後ろにいたはずの令嬢たちが俺の周りを囲んでくる。
「カイル様…分家のルルと申します。
こうしてお会いできて光栄ですわ。」




