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「お茶を淹れますわ。」
「姫様、ケーキはどれにしますか?」
王族の休憩室は広間の中に半個室のように設置されている。
ソファに座りくつろぐとリサがお茶を淹れてくれ、
ユナがケーキを取り分ける前にどれが食べたいかを聞いてくれた。
台の上には色とりどりのケーキが並べられていて、どれもおいしそうに見える。
「えっと、黒いのと茶色いのと、ナッツが乗っているの。
あ、その黄色いのも食べたい。」
「ええ、たくさん種類が食べられるように小さめに切り分けましょう。
あら?ここには氷菓が置いてないのですね。
料理長が姫様にぜひ召し上がってほしいと言っていましたが。」
「氷菓?えー食べたかったな。」
私が食べそうな菓子がたくさん並べられていたが、その中に氷菓は無かった。
料理長は私が少しでも多く食べられるようにと、手を変え品を変え楽しませてくれている。
成長しても小柄で痩せすぎている私をどうにかして太らせたいらしい。
今の料理長は私に腐った食事を作っていた料理長とは別のものだ。
あの件で料理人はほとんどが入れ替えになったと聞いた。
今の料理人が作る食事は本当に美味しくて身体にも優しい。
わざわざ氷菓を食べて欲しいというくらいだから、美味しくて栄養もあるものに違いない。
「あぁ、あそこに置いてあるみたいだ。
俺が行って、取ってくるよ。」
広間を見渡したカイルが氷菓を見つけたようで取りに行ってくれた。
王族の休憩室は許可なく貴族が近づくことは許されておらず、
リサとユナ、クリスの他に近衛騎士が取り囲むように立って守ってくれている。
少しくらいカイルが席を外しても大丈夫だと思ったらしい。
「では、待っている間に先にケーキを召し上がりますか?」
「うん!ありがとう。」
ユナが大きなお皿に小さく切ったケーキを何種類も並べてくれた。
一つのケーキが三口で無くなるくらいの大きさで、
どのケーキも普段食べているケーキとは違う味がした。
「おいしい!いつもとは味が違う気がするけど…?」
「夜会用のケーキですので、種類も変えているのでしょうね。」
「そうなんだ。食べたことがないケーキもあるけど、どれもおいしい。」
もぐもぐと食べ続けていると、リサがお茶を置いてくれた。
そのお茶を飲んで一息つくと、クリスがなぜか険しい顔をしている。
クリスが見ている先を確認したら、カイルが氷菓の皿を持ったまま、
誰かに捕まって話をしているようだ。
「カイルがどうかした?」
「あれ…話している相手、おそらく辺境伯領地のものたちだ。」
「え?」
「髪色が黒い。…男性の隣にいるのは未婚の令嬢たちだな。
…どうやら愛人でも薦められているようだ。」
「愛人!?」
ソファから立ち上がってみたら、カイルを取り囲むように三人の令嬢がいた。
全員が黒髪なので、辺境伯領の者たちなのだとわかる。
やたら胸を強調したドレスを着た令嬢がカイルの腕をとろうとして避けられた。
それを気にせずに、反対側の令嬢はカイルへ笑顔で話しかけている。
「王配になるということは貴族家を継がないということになるが、
愛人を持つ権利を認められている。
嫡子だった場合は公妾という形で、妻として娶ることもできる。
女王の子を跡継ぎにするわけにはいかないから。
まぁ、カイルは嫡子ではないから愛人希望ということになるが、
お金と権力は持つことになるからね。
その辺の老人の後妻になるよりもずっといいと思う令嬢も多い。
あの手の誘いは今後増えていくだろう…。」
「愛人希望…。」
「大丈夫、すぐに戻ってくるよ。氷菓が溶けてしまうし。
姫さんはケーキでも食べて待っていなよ。」
「…うん。」
ぽすりとソファに座り直し、残っていたケーキを口に入れる。
さっきまであんなに美味しいと思っていたケーキの味がよくわからない。
黒いケーキを口に入れるとなんだか苦かった。
甘い気もするし、美味しいんだろうけど…飲み込むようにして食べきった。
「姫様。待たせてごめん。
氷菓、二種類あったから両方持ってきた。」
「…ん。ありがとう。」
カイルが持ってきてくれた氷菓は苺と林檎の二種類だった。
テーブルに置かれた氷菓を見たけれど、それを食べる気がしなくてぼんやりする。
…カイルに愛人希望の令嬢が……。
「…姫さん?」
「ん?姫様どうした?」
すぐ近くてカイルの声が聞こえ、見たら跪いて私の顔を覗き込んでいた。
「体調悪いのか?顔が赤い…熱?」
両頬を手で押さえて体調を確認してくるカイルになんだかイラついて、
その両手をぐっとつかんで…飛んだ。
「うわっ?」




